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あなたのための魔法2

 最初の方こそ、魔法使いが瞬く間に風を放って攻撃し、土の壁を作り上げて防御するような姿が見えていたが、無情な数の差のせいだろうか、骨を崩すより覆われてしまう方が早い。あっという間に視界から、骨の群れの向こうに消えてしまう。


 動く骨達は青年につかみかかるようになだれこみ、そのままむらがって重なり合い、みるみるうちに小さな塔を作り上げた。


(魔法使い様――!)


 フローラは心の中で思わず悲鳴を上げた。抵抗空しく四方八方から骸骨に襲われ、ひとたまりもなかったように見えたからである。白と灰色の髑髏塔は、まがまがしい墓標のようだった。


 彼女の前で、こらえきれないというようにディアーブル伯爵が身体を曲げ、高笑いを始める。


「フハハハハハハハ! なるほど、この空間に入り込めたということはなかなかの使い手なのだろうが、先ほどの奇妙な意思疎通法といい、呪を唱えられない魔法使いに一体どれほどのことができる!? 惜しげもなく複数属性を披露したり、随分と己の力を過信していたようだが、四大魔法の攻撃もさほど効かない死霊の群れには、対抗する術も――」


 調子のいい言葉が途中でピタッと止まった。


 何事だろうと首をひねったフローラの視線の先で、骸骨の塔がぐらりと一度大きく揺れたかと思うと、ばらばらと崩れ去る。


 内部から相変わらず泥砂まみれ、ぼろきれのようなローブを身にまといつつも、傷一つない様子で出てきた魔法使いに、フローラは密かに心の中で歓声を上げた。


 身にかかった骸骨の残骸を振り払うように一度首や身体全体を振って震わせて、魔法使いはついでに大きくぶんと腕を振る。


『なるほど、こいつらには火も水も土も風も効かないと。親切に教えてくれてありがとう、なら別の手を使うよ』

(わざわざそれを文字にするあたり、魔法使い様も大分親切ですね……!)


 この状況にあっても、地味に律儀に石版の文字を見せ続けることを諦めない彼である。本気で意思疎通を図っているだけなのか、挑発も入ってるのか、それは彼にしかわからない。


 フローラはその余裕っぷりにときめけばいいのか、シュールな状況に呆れればいいのか若干迷って結局、引きつった笑顔を浮かべるだけにとどまる。



 石版担当と逆の手には、淡く白い光をまとう、魔法の杖が握られていた。いつもはローブの中に隠すように仕込んでいて、少々大がかりな魔法を使うときに抜くものだ。森を散策中だった時は存在を説明されただけで、一度も使っているのを見たことはなかった。


 光が走る度にバチバチと音が鳴る――あのシルエットは、もしかすると小さな雷なのだろうか?


 まだ形の崩れていなかった骸骨達は、光を恐れているかのようで、ぐるりと円陣を描いたまま、先ほどのように輪を狭めようとしない。


 影の者は光が苦手だというのは古典的なセオリーだが、どうやらここでも通用するらしかった。


「ぐぬぬ……複数属性を次々と使いよって、こしゃくな! だが複数属性使いは一つ一つの強度や精度に劣るのが弱点よ!」


 ディアーブル伯爵はぎりぎりと歯ぎしりをしていたが、気を取り直したらしくばっと腕を振った。彼の腕から散った赤黒い液体が地面に落ちると、そこからぶくぶくと気味の悪い泡と臭気を立ち上らせながら塊が膨らむ。


 血を媒介にして呼び出された腐りかけの人形ゴーレムが、伯爵の前にまるで門番のように立ち、耳障りな吠え声を上げる。その大きさは五メートルは超えており、聖堂内の空間を圧迫する。咆哮が聖堂中に響き渡ると、さらに不快感と威圧感は増した。


 一方で、骸骨達が音を立てて崩れ落ち、ばらばらになった骨を組み合わせ再構成して、また別の形を作り出す。骨の塊共が作り出したのは巨大な剣だ。空中でくるくると回りながらみるみると大きくなり、やがて屍肉ゾンビの巨人の手に収まる。


 あんな大きさの剣を振り下ろされたら、真っ二つなんて生やさしいものではない。ぺしゃんこにつぶれて、跡形も残らないだろう。


 巨人はしっかり両手で骨の剣を握り、振りかぶる。勢いよく下ろしたときの勢いで、聖堂内に突風が発生し、参列席や辺りの装飾品達が破損したり吹き飛んだりする。


 だが今度はフローラもさほど慌てなかった。ディアーブル伯爵の使う術に対する嫌悪感は相変わらずぬぐえないが、この戦いの勝敗について奇妙な確信めいたものがある。


 果たして、もうもうと立ちこめる土煙の中、最初に骨の剣にみるみるうちにヒビが走り、砕け散る。巨人の方も同様に、煙を吹き出しながらぶすぶすと崩れ落ちた。


「馬鹿な……」


 魔法使いはぴんぴんした、この上なく最高に元気な状態で、煙の中から悠々と出てきた。


 ディアーブルはなかなか大がかりな術を使って、相手に傷一つつけられないどころか、消耗すらさせられていない様子に、ただただ驚くしかない。


 辺りの雑魚がいなくなったのを、ぐるりと見回して確認してから、彼は伯爵に石版をつきつけた。


『もうそろそろ、わかっただろう。私の方があなたより強い。戦いは無意味だ。こんな馬鹿なことはやめておとなしく出頭し、罪をあがなってほしい。あなたのためにも、あなたが手にかけてきた人たちのためにも』


 魔法使いは終始一貫、至って真面目に言葉をかけ続けている。


 ところが今度の文字列の何かが、ディアーブル伯爵の琴線――というか、逆鱗に触れたらしい。


 伯爵はぎっとアイスブルーの目を鋭くつり上げると、祭壇上のフローラに手を伸ばした。つかまれて痛そうに顔をゆがめる彼女を無理矢理立たせると、首元に腕を回す。


「どこまでも気に障る小僧め。今までのことが遊びだとでも言いたげな言葉だな? だが、残念ながらそれはこちらの台詞だ。随分と暴れ回ってくれたが、この女が未だ我輩の掌中にあること、よもや忘れたわけではあるまいな」

『……それはさすがに、冗談にならない』


 今までほとんど涼しい顔しかしなかった魔法使いが、フローラの苦悶の表情を視界にとらえた瞬間、すっと深緑色の目を剣呑に細める。


 一気に空気がざわついてどこか怪しい雰囲気になるが、ディアーブルにとっては些細な環境の変化より、ゆとりのある表情を初めて明確に崩せたことへの暗い優越感の方が勝るらしい。


「形勢逆転、だな。その顔が見れて満足だよ。これだから人間という存在は下らない」

『彼女を離せ』

「誰に向かって口を聞いている? 女の身が惜しければ杖を離してひざまずけ。その目障りな板もだ」


 男の腕が細い喉に回って、ゆっくりと絞め上げる。フローラは思わずうめき声を上げた。びくりと彼女の声に反応した魔法使いが、すぐさま男の要求通り、手に持っていた物をその辺に放り捨てる。


 するとばらばらになってもう動かなくなったはずの骸骨の残骸が素早く集まってきて、彼の持ち物を奪い取り、壊して使い物にならなくしてしまう。


(まほうつかい、さまっ……!)


 自分のせいで一気に場の優位が変わってしまった。フローラは抵抗を試みるが、腕に込める力を強められると息も苦しくなって思考がぼんやりする。


(わたし……どうしていつもこう、役立たずで、人の助けになるどころか、邪魔しかできなくて……大切な人の、足手まといにしかなれないんだろう……)


 悔しくて歯がみした時、わずかに唇が歯で切れたのか、鉄の味が口の中に広がる。


 それを見た魔法使いが大きく目を見開いた。何か迷うような、考えるような、小刻みに揺れていた彼の目が、ぴたりと止まり、焦点を定める。


「おい、妙な真似をするなよ、さもなくば――」


 異変に気がついたディアーブルが牽制しようとするが、既にそのときには男の決意は固まっていた。素早く手首を爪で引っ掻き、腕に傷を作る。



 すっと彼が息を吸う。その瞬間、空気が変わる。



 フローラは直後、何が起きたのか当初わからないままだった。


 気がついたとき、彼女は空にいた。拘束から解かれ、苦痛から解放され、聖堂内をふわふわ浮かんでいた。え、の形に口を開けたまま見下ろせば、眼下に対峙する二人の男が目に入る。


 壇上の男はぽかん、とアイスブルーの瞳を見張っていた。彼もまた、驚いた顔のまま釘付けになっている。その驚愕の顔を、この一瞬の間に一体どうやって接近したのか、魔法使いはつかみ上げていた。


 彼の緑色の瞳が、淡く光を放って、揺れる。フローラの見たこともない、思わず心臓が凍えつきそうな、冷たい色を宿して。


「そうか……そういうこと、か。それがアルチュールの森の魔獣を殲滅させた、貴様の真の力というわけか」


 顔をわしづかみにされている形のディアーブルが、その下からくぐもった笑いと声を漏らした。


 フローラは何かがおかしいといぶかしげに首をかしげてから、ぱっと口元を覆った。


 ディアーブル伯爵の手が、足が――砂のようにさらさらと、身体の端から徐々に崩れてなくなっていく。あっという間に、五体は一体になり、身体も削れ、往生際悪くわめき散らす首一つだけが魔法使いの手の中に残る。


「触れた相手を無に帰す七つ目の魔法、から――おのれ、もっと早くその性質に、貴様の真価に気がついていればっ――!」


 悔しげに、憎々しげに、呪詛を吐きつつ、ディアーブルの顔も結局は砂になって跡形もなく霧散した。



 フローラの身体はいつの間にか、優しく大事に地面に下ろされる。


 けれど彼女は、動ける状態になっても、動けないままでいた。


 たった今、人一人を片手で触れただけで跡形もなく消し去ってしまった知人に、なんと声をかけていいのか――こういった場面に慣れておらず、争いごとの苦手な彼女は今、完全に頭が真っ白になってしまっていたのだった。

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