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嵐の夜3

 結局外の様子は晩より大分マシになったようだが、依然として雨が止む気配はない。フローラは忠実に言いつけを守り、家からは出ようとしなかった。


 彼女はいつも通り家の片付けをこなす。料理も自分一人用で済むとすぐに終わり、楽と言えば楽だが張り合いがない。


 降り続ける雨の様子に、洗濯物の中で必要な物を優先的に選ぶと室内干しをすることにした。


 空き時間ができると勉強をしたり刺繍をしたりしてみるのだが、ついつい作業の手を止めて玄関をうかがっている自分の様子を発見する。


(夜って、どのぐらいだろう……)


 時折うとうとやってくる眠気に負けて、ダイニングのテーブルで少し仮眠を取るとちょうど夕方も過ぎていた。昨日、ちょうど魔法使いが依頼を受けて出かけていったのと同じぐらいの時間帯になりつつある。



 掃除と洗濯は終わっているし、空いた時間に食材を初めとした家の中の在庫の状況確認も終わらせ、次の買い物用のリストアップも済ませてある。勉強の方はのんびりペースなりに一応ノルマ分まで終わらせたので、後は料理と寝る支度だけ考えればいいような状況だ。


(きっとお疲れで帰ってくるだろうから。すぐ、寝られるように――お風呂や、料理も準備して、すぐにリラックスできるように、最大限わたしのできることをしよう)


 ぱん、と一度自分の頬を叩いて気合いを入れてから、フローラはきびきび動き出した。


 キッシュは朝とお昼に温め直して食べてしまったが、スープはまだ少し余裕がある。魔法使いが帰ってきたら温め直そうか、それとも保温してすぐ出せるように準備しておこうか悩む。


 眉根を寄せ、時折うなり声を上げつつも、フローラはいつもより1時間程度遅れた時間に晩ご飯をそろえることができた。


 昨日は魚料理の予定だったが、今日は頑張った魔法使いのためにちょっと奥の方にしまい込んであったいいお肉を出してきた。


 サラダに彼が特に気に入っているドレッシングをかけて、一度貯蔵庫に入れる。他の物も、後はよそって食卓に出すだけと言うところまで作業を進めてから、家主の帰りを待つことにする。


 魔法使いの家は便利な物で、お風呂も保温機能を利用させてもらった。脱衣所に替えの服まで用意する。



 よし、これでもういつ帰ってこらえても大丈夫だ! と思った彼女だったが、家の中をぐるりと見回した際に目に入る、明るい照明と当然のように起動している保温機能にふと首をひねる。



 ……不思議に思っていなかったわけではないのだ。魔法使いがいなくなると、改めて疑問として浮かび上がってくる。



 ずばり、この家、どうやって動いているんだろうか。いや、魔法で動いているのはわかっているのだが、その魔法を動かす元――魔力は、どこから供給しているんだろう?


 初日こそ家のインパクトが強くて色々思考が飛んでいたフローラだったが、二日目以降この家で長期的に暮らしていくにあたって絶対に避けられない問題――家の数々の魔法を起動させている動力について、改めて考えを及ぼさずにいられなかったのだ。


 通常、魔法式道具を稼働させるには、魔力の籠もった何か――代表的な物として、魔石の利用が考えられる。でなければもっと単純に人の体内に宿る魔力とやらを利用するのだ。


 魔法使いの素質がある人間は、この魔力の量が一定以上あることと、それを自分の意思で引き出して別の力に反感できること、この二つの能力を基本として求められる。


 魔力だけあっても出せなければ魔法使いになれないし、出し方を知っていても元が少なすぎればすぐバテてしまうから使い物にならない、ということらしい。



 ともあれ、これまで学んできたそういう魔法の常識に照らし合わせると、この家のどこかに大量の魔力が収納されているか、魔法使い本人がどうにかして家中に魔力を供給してるのだろう。


 だが、さらに思い返してみれば、調合部屋で宝石をすりつぶしていたような魔法使いだ。予算の都合は、考えていないような気がした。



 それにしても今まであまり深く考えないようにしていたが、気がついてしまえば改めて不思議で仕方ない。


 ずばり、魔法使いの金銭感覚についてだ。フローラはこの家に来てから、彼がお金や物資に困っているシーンは見たことがない。


 最初に転移装置の前で必要な物を注文しろと言われた際、「ご予算はどのぐらいでしょう」とフローラからしたら当然の質問を向けてみたところ、「なんだそれは」という顔を確かに一瞬されたのだ。


 そのすぐ後、彼はフローラが何を気にしているのか彼なりに正確に察知し、「お金のことは気にしなくていい、お給料とかもよくわからないからとにかく好きな物を必要なだけ買ってくれ」と、どこのお大尽だと疑いたくなるようなことをのたまったのだ。


 あのとき、なんだか怖くなってそれ以上追求することができなかったが、であるからしてたぶん、魔法使いの金銭感覚は彼の生活力並に壊れているのではなかろうか、とフローラは推測している。



 そうなると、素朴な疑問が二つほど。一体彼はどういう出自の人間なのだということと、今現在どうやって生計を立てているのだろうということだ。


 これも聞くととんでもない答えが返ってきそうで怖いからあまり追求できないでいるのだが、そもそもあの倉庫の転移装置が便利すぎるのだ。


 注文の紙を送りつけたら一日程度でなんでも用意してくれる、あれは一体なんなのだ。たぶん転移装置の向こうに人間がいて、その人が色々と手配してくれているからこちらは不自由なく過ごせているのだが、ではその転移装置の向こう側の人間とは何者で、魔法使いとどういう関係なのだ。


 それから肝心の魔法使いという職業、魔法使いという仕事である。彼が労働しているのはわかる。


 毎日森を歩き回ったり、調合部屋に籠もったり、何か魔法を使っていたり、今日みたいに外出したり――だから、忙しそうに動いているのは、フローラの目にも散々見えている。


 だが、彼がお金のやりとりをしたところを見たことがない。彼がいつも持ち歩いているあの鞄の中に、財布という概念が入っていない予感しかしない。


 どうやって報酬を受け取っているんだろう、まさかの物々交換で転移装置の向こうの人たちは依頼者だったりするのだろうか。


 フローラの想像、もとい妄想は膨らむ。


 一月が経過しても、まだまだ彼について知らないことだらけである。これから少しずつ、知っていく機会もあるのだろうか。


 顔をほころばせたところで、腹の虫が鳴った。


(……今日も、遅いな。大変なのかな。お外で立ち往生してしまった人を助けに行くって話してらっしゃったけど、もしかして誰か怪我をした人がいるのかな)


 時間を確認して、フローラは大きなため息を吐き、椅子に深くもたれかかる。少しだけそうしてから、姿勢を正した。


(魔法使い様が、無事でありますように……)


 食卓に向かって両手を組んでお祈りを始める。


 飽きるまでそうしていても彼はまだ帰ってこない。


 とうとう時刻は日付変更にまで達してしまった。


(もしかして長引いて、今日も帰ってこられないのかな)


 ぼんやりとフローラの頭に不安がよぎる。


(それとも――このまま、帰ってこないのかな)


 最悪の展開がふとよぎる。慌てて頭を左右に振って追い払おうとするが、弱気な心を励ましてくれるのはただ魔法使いの帰還のみ、一分一秒が永遠に感じられるほどもどかしい。


 そわそわ立ち上がった彼女は、魔法使いがいつも作業をしている調合部屋をちらっとのぞいた。魔法使いに何かあったとして、家に変化があるとしたら、外の転移装置か、ここだと思うのだ。なんとなく、力がたくさんこもってそうだから、というか。


 そっとのぞきこんでみるが、出かけていったときと変わらない光景にちょっと肩が落ちる。


 落とした視線の先に、ふと魔法使いが脱ぎ捨てていったローブが映った。いつも着ているぼろぼろの奴だが、今日はどうも外で人に会うと言うことでもうちょっとちゃんとした格好に着替えたらしい。


 彼女はちょっと迷ってから、そろりそろりと調合部屋に侵入し、手に取ってみる。


 男物のそれは大きい。穴こそフローラが補修したが、年季が入ったシミがいくつかあるし、ところどころほつれかかってもいる。それでも彼が愛用しているのは、着心地がいいのか思い出があるのか。


(……ちょっとだけ。ちょっとだけ、だから)


 芽生えたるはいたずら心か心細さか、フローラはおそるおそる羽織ってみて両手を袖に通す。


 やせ形で小柄な彼女が着ると、男物のローブはひどくだぼついて少し重い。おお、とも、ほお、ともつかない声を漏らしてから、彼女はふふっと笑う。


(魔法使い様のにおいがする。温かくて優しい、森の香りが)


 ――ちょうど、そのときだった。


 玄関の方から音がする。待ちかねていた時がやってきたのだ、フローラははじかれるように顔を上げると一目散に駆けていって出迎えた。


「お帰りなさい、魔法使い様!」


 喜色満面で出迎えた彼女に、魔法使いはずぶ濡れの服の水を軽く払いながら案の定疲れのにじんだ顔を向けたが、住み込みの少女に焦点が合うと大きく緑色の目を見開いて固まった。



 フローラ=ニンフェという少女はそこそこと間が悪く、うっかりドジを踏むことも多い。


 魔法使いの帰還に真っ先に反応した彼女は、自分がその直前に彼のローブを着込んでいたことをすっかり忘れ、あろうことかそのままの格好で出迎えることになってしまっていたのだった。

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