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嵐の夜2

 一通りノルマの家事をこなし、緩慢な動作で寝支度を整えていると、いつの間にか眠る時間になっていた。


 のんびりしすぎたと、少し慌てる。本とノート、ペンを出し、今日寝る前にやろうと思っていたノルマを終わらせようと机に向かった。


 一人でいると、勉強もいまいちはかどらない気がする。何度か自然と顔を上げて声を出しかけてからはっとして、というようなことが続いた。質問をする相手も、やった分を見てもらうことも今日はないのに。


(わたしったら……勉強は、元々一人でするものでしょう? 魔法使い様はお優しいけど、わたしにばかりかまけていられない。これからだってこういうことはあるかもしれないし、もしかしたらこの先彼と離れて暮らすようになることだってあるかも。……いまのうちに慣れておかなくちゃ)


 などと自分を鼓舞してみても、成果は大して変わる様子がない。


 人生の中で魔法使いと過ごしてきた時間の方がはるかに短いはずなのに、たった一月で当たり前のようになってしまっている。


 考えてみればこの家に来てからずっと、フローラは「魔法使いのため」を合い言葉に過ごしてきたし、魔法使いの目を気にして生きてきた。


(なんだか駄目ね、わたし。頼って、すがってばかりだわ。何か返せないかと、思っているけど……)


 魔法使いは森の散策に彼女を連れて行ってくれるが、フローラは精霊を見ることができるだけで、魔法が使えるわけではない。


 薬の調合ぐらいなら容量と手順を学べばできるようになるかもしれないが、魔力が絡んだらその時点で駄目だ。


 嵐の夜に出かけていく彼を見送って、帰りを待つ、そんなことしかできない。



 いつの間にかペンはすっかり止まり、頭の中はネガティブな思考にすっかり占拠されていた。


 彼女はため息を吐き、机の上を片付ける。自分の悪い癖が始まりそうになったら、別の作業をするか、休んでしまうのがいいのだとわかるようになってきていた。


(気がゆるんで、意識していない疲れが出てきたのかも。それならなおさら、今のうちに休んで、明日には調子を取り戻さないと)


 ところが戸締まりを確認し、家中の明かりを消してベッドの中に入ってはみたものの、どうにもその先がうまくいかない。一向に眠気が訪れないのだ。


 外の天気は真夜中を過ぎても相変わらず荒れたままでうるさく、それも寝入りを妨げる原因の一つだったかもしれない。


 だが、何より魔法使いの不在という状況が心を乱しているのだということがわかっていた。


(……駄目だ、全然眠くならない)


 静かに横になっていたフローラだったが、諦めてのそのそと起き出し、二階から降りてダイニング、キッチンに向かう。


 どうしても眠れない夜は、無理に頑張りすぎるより、温かい物でも飲んで落ち着くといいのだと聞いたことがある。


 体を、特に足を温めるといいのだ。もう一度今からお風呂を沸かして入るのはちょっとためらわれたが、ホットミルクくらいならすぐに作ることができる。


 問題なくケトルに入れたミルクを温め、この後どうやって眠気が来るまで暇をつぶそうか考える。


 本でも読むか、裁縫――は寝ぼけると針やはさみが危ないかもしれないから、刺繍はどうだろう。ちょうどタイミングよく、魔法使いがちょっとしたお守りの編み方の本を貸してくれていたのを思い出す。


 名案だ、すぐに用意しようと、ホットミルクをカップに注ぎながら口元をほころばせた瞬間のこと。


 カーテンの向こうが光り輝き、すぐ直後に轟音がとどろいた。落ちたのはかなり近い場所のようだ。


「きゃっ――い、いやあああああああ!」


 咄嗟に悲鳴を上げたフローラは、雷鳴が収まった後にももう一度、今度は別の鋭い悲鳴を上げた。雷に驚いた拍子に、手に持っていたマグカップを取り落として割ってしまったのだ。


「ああ、どうしよう……」


 床に散った物を片付ける方を、優先しようとしたが、ずきりと痛みの走った腕を押さえる。悪いことは重なるもので、熱くなっていた中身を自分の腕に引っかけてしまったようだった。


 火傷は初期に適切な処置をすることが大事だ。冷水で冷やしている間、鼻の奥がツンとなるのを感じる。少しの間だけなら我慢も効いたが、まもなくシンクにぽたりぽたりと水道以外の小さな水滴が落ちた。


(わたしって、どうしてこうなんだろう……)


 まもなくさらに抑えがきかなくなって、声を上げる。


 最初は小さく。誰も来ないのだということを実感してからは、子どものように大声で。



 腕の痛みがなくなって号泣の発作も少しはましになると、水を止めてこっそり魔法使いの作業場をのぞきに行く。


 このときだけは運良く、散らかっている彼の領域の中にすぐ、包帯を見つけることができた。やってしまったのは利き腕の方なので、巻き付けるのには少し苦労する。


 手がおおむね元通りに動かせるようになると、雑巾とバケツを探してきてダイニングに戻った。自分が被った分、床、特に敷物への被害は少なくて済んでいるのが不幸中の幸いかもしれない。


 割れ物の破片を注意深く集め、シミができないように処置をする。黙々と仕事を終わらせた後、ミルクをかけてしまった服も脱いで、今度はそちらを洗いに洗面所へと向かった。


 替えの寝間着はちょうど洗い場に出ていたので、いっそのこと昼の服を着た。先ほどの一連のことですっかり気力がそがれていたが、眠気も一層追い払われてしまったので大して問題ないとも言える。


 片付けがようやく終わってから、ダイニングに戻って呆然としていると、その間にカーテンの外が幾分か明るくなってきているように感じる。



 どうやらモタついている間に、夜が明けてしまったらしい。


 雷は聞こえなくなって風の音も弱くなったように思えるが、強い雨はまだ続いているようだ。包帯をした腕をさする。


(……魔法使い様、早く、帰ってこないかな。うまくいけば、朝には戻ることができるらしい、けれど)


 カーテンを引いて外の曇天模様を見つめながら、思った。


 冷静になってみると、昨日近くに雷が落ちたのだってかなりぞっとする。家に直撃したらと思うし、そうでなくとも森の木々が倒れたり、果ては何かの拍子に火事などに発展したら。


 一人でいると、マイナス思考を止めるのにも限界がある。なんとか修正しようとして起こした行動が立て続けに失敗すると、さらに心細さは加速する。



 けれど一度彼が帰ってくることを考え出すと、不思議と体に力が戻り、途端に気力が戻ってきた。自分でも現金というか不安定というか、落ち着きがないと思うが、感じる心は制御できない。


 家の中をいつも通り、いやいつも以上に張り切って走り回っていたフローラだったが、ふと気配を感じて振り返る。


 ちょうど、見たことのある鳥が空中に出現したところだった。魔法使いがメッセージを届けるときに使う物だ。


 目を見張る彼女の前に、鳥はぱっくり口を開いたかと思うと、そこから紙を吐き出し、広げて見せる。


 伝達方法そんなやり方だったのか、というビックリポイントもあるのだが、それよりも内容の方がインパクトが大きかった。


『すまない、もう少しかかりそうだ。夜まで戻れない』


 三度ほど読み直し、そこに書いてある言葉が偽りないことを悟ってから、フローラはがっくりと肩を落とした。


 確かに窓の外の雨はまだしばらく、止みそうにないままだった。

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