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魔法使いと住み込みのお手伝い4

 二人が立ち止まった場所は、ちょうど季節なのだろうか、小さな花畑のようになっていた。


 魔法使いは持ってきた鞄から片手で持てるような小型のシャベルを取り出すと、何気なくそのあたりにかがみこみ、花の根元をいきなりざくざくと掘り出してしまう。


 てっきり花を摘み取るのかと思いきや、根こそぎ取りに行くアグレッシブな姿勢に、フローラは少々うろたえ、どうしたらいいのかと立ち尽くす。


 彼はもくもくと作業をした後、掘り出し終えた花をフローラに向かってつきだし――ちょっと体勢を整えて、片手に花を、片手に石版を持って見せてくれる。


『この植物は根の部分が薬の元になるので、掘って根ごと採集する。しかし茎から上、花や葉の部分は人体に毒だ、麻痺や呼吸困難を引き起こすためけして口に入れてはいけない。この季節だとちょうど咲いてしまっているが、花は薬には使えないし、根の栄養を奪うから、咲く前に掘り出してしまった方が薬としての価値は高い。ただし、このようにそれなりに花の見た目も綺麗だから、加工して観賞用にすることもできる』


 そこまで解説すると、何気なく鞄の中にポイッと花を放り込んだ。すると、ちょうど花が鞄の穴の中に収まったと思った瞬間、淡い光を放ってから消えてしまう。


 目を丸くしたフローラに、魔法使いは思い通りの反応を得られたのか、満足そうな顔をしている。


『ちなみにこの採集鞄は別の空間と魔法でつながっていて、一時的に物を詰め込んでおくことができる。鞄分の重さしか感じないし、かさがいっぱいになってしまうようなこともない。ただ、出し入れや入れていい物の種類にはちょっとしたコツがいるから、嬉しがってなんでもかんでも詰め込むと後で大分ひどい目に遭う』


 そこまで言うと、彼は再び紫色の花を掘り出す作業に戻り、あらかた終わるとシャベルをしまい込んで今度ははさみを出した。チョキチョキと、フローラにはそのあたりの道草にしか見えない物を、手際よく選んで切り取っていく。


『この小さな灌木からは葉を集める。別の魔法薬の材料になるんだ。持って帰ったら、乾燥させて細かく刻んで――そういう処理をする。特に毒はないし、とがったりしている部分もないから比較的安全に集められる』


 彼は集めた物をフローラに見せて解説しては、鞄の中に放り投げていく。



 途中まではただただ感心し、見守るばかりだった彼女だが、魔法使いが頃合いを見て声をかけると、慌てて我に返った。自分も同じ植物を取ってみようと、ぎこちなく動き出す。


 けれど、ようやくとれたと思って持って行くと、それは形が似ている別の種類の物だと言われることもあり、素人にはたかが植物集めだけでも大分難しそうだ。


 間違える度に青くなるフローラを、大丈夫だと魔法使いは優しく慰めてくれる。


 少し作業に慣れてきたから、彼女はおずおずと切り出した。


「あの……草や、木の、種類などを……わたしも覚えた方が、よろしいのでしょうか?」

『無理にとは言わない。ただ、知っていた方が森を歩いていて楽しいし、危険な物を避けることができるし、もしこの森から出て別の場所に行っても、何かの役に立つかもしれない』

「わたし、あの……魔法使い様に、ご迷惑でないのなら、森の植物のこととか、色々と教えていただきたいです。あまり、要領がよくないので、何度も覚え直すことになるかもしれません、が……」

『なら覚えるまで繰り返せばいい。別に覚えなくても責めはしないから、萎縮する必要はない』

「おっ、覚えます……覚えてみせます……!」


 彼のよく言えば優しい、悪く言えば素っ気ない言い方に、少しフローラはムキになった。


(わたしは確かに、ドジでのろまでどんくさくて、何もできない人間、かもしれないけど……)


 魔法使いはフローラに優しい。優しいが、何もしなくていい、というようなことを言われてしまうと、張り合いがないように感じられ、それがなんだか無性に面白くない。


 自分でもなぜこんな風に反発心を覚えるのか困惑するが、できないままでいるのを甘やかしてほしくなかった。


(別に、スパルタをしてほしいというわけではないし、今まで否定されてばかりだったわたしを受け入れてくれるのが、とてもうれしいはずなのだけど……変ね、どうしてこんなにすっきりしないの、もやもやするの?)


 そんなフローラの葛藤をよそに、彼女が意欲的に採集を手伝う姿勢を見せ、また向上心をあらわにすると、彼はますます機嫌良さそうに表情をゆるめる。


『素晴らしい。意欲は学びに効く、唯一にして最高の薬だよ、トワソン君』


 フローラのぽかんとした反応を前に、青年は無言になり、無表情になった。ほんのり赤らんだほほを隠すように掲げられた文は、言い訳をしている。


『……小説の引用だったんだが、忘れてくれ』


 本人的にかっこいい台詞のつもりだったのに盛大に滑ったというところだろうか。


 先ほどまでフローラにはわからない植物を見分け、勝手知ったる顔で彼女を先導し、まさに落ち着いた様子は森の賢人といって過言でない、威風堂々たる風格だったのに、ちょっと喋っているとこれである。


 落ち込まれると今度逆に慌てるのはこちら側だ。


「い、いえ! わ、わたしこそ、すみません、無知で……」

『いや。私が悪かったんだ。なんかこう、調子に乗った』


 フローラの知らないネタをどや顔で振って見事に流されたことに、彼は割と本気で沈んでいるらしい。なんというか――残念な男だ。


 けれどフローラには、そのどこか間の抜けた部分がとても心地よく感じる。


(偉くて、すごくて、近寄りがたい人は、尊敬できるけれど……一緒に暮らしていくのなら、このぐらいがちょうどいいかも……)


 自分が欠点だらけの人間である自覚があるだけに、相手が完璧人間だったら今頃いたたまれなさすぎて身の置き所がなかったかもしれない。


 だから、魔法使いの――本人はこういうちょっとした失敗をたいそう恥じているようだけど――とても人間らしいところは、安心感を与えてくれる。


「あの……わたしも、本は好きです。冒険譚とか、こっそり読むのとか」


 どうすれば彼を慰められるだろう? 喜んでくれるだろう? 考えていると、自然と口が動いている。


 緑色の目がこっちを見て、目尻がゆるむ。


 フローラは注目を受けて、自分の心臓がはねるのを感じた。ごくりとつばを飲み込み、深呼吸して落ち着こうと頑張りつつ、続ける。


「よろしければ……どういったお話しなのか、教えていただけませんか?」


 けれどそれは、怒鳴りつけられたときの凍り付くような嫌なものではなくて、逆に暖かい、不安と幸せを同時に与えるような、奇妙な高揚感を彼女にもたらすのだった。





 その後も魔法使いは、時折場所を移しながら鞄に物を投げ込んでいく。


 フローラも彼の真似をしたり、時に横で見守ったりしつつ、彼が教えてくれる知識を時折頭の中で繰り返して一つでも多く覚えようとする。


 なかなか思うようには行かないが、彼女が前向きに手伝っているだけでも魔法使いは機嫌がいい――ように思えるのは、所詮願望の見せる幻覚でしかないのだろうか。


 自分が慣れない環境にあるせいか、ひどく浮かれている自覚があって、いまいち判断に自信がない。


 なんとなく落ち着かず、絶えずこれでいいのかと首をかしげているフローラに比べ、魔法使いの方は冷静そのものだ。ヘマをする状況にさえならなければ、彼はとても大人びていて、冷ややかにすら感じられる。



 魔法使いが喋ることができないため、フローラが黙っていると辺りに静寂が満ちる。彼は森の解説なら熱心にしてくれるが、それ以外のことを積極的に話そうとはしない。


「いつもこんな風に、森を歩いていらっしゃるのですか? ええと、その……素材を集めるために?」


 移動している間だとか、フローラは彼の様子をうかがいながら、おそるおそる話題を向けてみる。少しでも機嫌を損ねたら即時撤退、口にチャックの構えだが、今のところ聞けばちゃんと石版でなにがしかの応答は返してくれていた。


『どちらかというと、歩き回ってる方がメインなんだ。素材集めはついでな部分もある』

「こうして森を歩くこと自体が、魔法使い様のお仕事……と、いうことなのでしょうか? 森の見回り、という感じでしょうか?」

『そんなところだな。アルチュールの森は、元々魔獣の巣窟で――今ではこうして歩いていられるが、十年ぐらい前までは人間が立ち入るどころか近づくのも危険な場所だった。魔法で、森に封印をしていたのだけど、魔獣の力が強すぎて、囲いを突破するものも出てしまって。そうなると、町にも犠牲が出て……』

「でも……魔法使い様が来たから、森が平和になったのですか?」


 この質問には、答えが返ってくるまでに大分間が置かれた。彼は十分考え込んでから、ようやく石版を向けてくれる。


『そうだな。私が来たから……皆、逃げたんだ。それで、森には危険がなくなった』


 フローラは、はっと息をのんだ。


 先ほどまで穏やかで快い雰囲気の魔法使いが、今は憂鬱そうにどこかどんより重たげな空気をまとってしまっているのだった。

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