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魔法使いと住み込みのお手伝い3

 家を出た魔法使いは、特に戸に鍵をかけるようなそぶりを見せない。


 都会と田舎は安全管理の意識が違うと言うし、森奥だからそのあたり適当でも大丈夫なのだろうか、などとフローラが思っていると、彼は彼女の表情と視線の先を見て、ふと何かに気がついた顔になった。


『ああ、そうか……今までは私一人だったから、気にしなくて済んでいたのだが。あなたも一緒に暮らしていくのなら、設定を変えないとな。私が家を出ると、この扉は勝手に閉まるんだ。このままではあなたが家を出たときに閉め出されてしまう。少し待っていてくれ、直すから』


 説明の文字をフローラに向かって出してから、なにやらごそごそ荷物の中から物を取り出したり、扉に触れたり作業をしている。邪魔をしないように後ろの方から、フローラは興味津々で彼の様子を見つめていた。


 魔法使いの背中越しに見ていても、時折音が鳴ったり謎の文字が浮かんだり光ったりと忙しいが、どういう原理なのかはさっぱりわからない。


 さすが数々の最新設備(ただし肝心の家主にはほとんどありがたがられていないようだ)を見せつけてきたビックリワンダーハウス、オートロックも当たり前のように完備されている。


 設定を変えるとは、魔法をかけ直すと言うことなのだろうか。フローラのイメージする魔法使いは呪文を唱えるものだが、彼はしゃべらずなにやらさらさら文字を書いたり鞄から見慣れぬ小道具を出したりして作業している。


(――そういえば、あのとき)


 呪文という言葉が頭に浮かんだところで、フローラはふととても大事なことを思い出した。


 彼女があの謎の男のところから逃げ出してくるときに唱えた言葉――あれはまさしく呪文だったのではなかったか?


(でも、わたし自身に素養があるとは、とても思えないのだけど……)


 一般的に、将来魔法使いになるような人間は、それこそ赤ん坊の頃から周囲に超常現象を起こし、物心つく頃になるとその制御方法も誰に聞くこともなくなんとなく会得しているのだと言う。


 フローラは不思議なものを見ることができるし、たぶん彼らの力を借りるようなこともできるのだろうが、魔法使いではない。このあたりのことを、魔法使いに聞いたらどう答えてくれるだろう?


(この方は、わたしの話をよく聞いてくれる……きっと、聞いてみたら、頭ごなしに否定したりせず、何かしらの答えはくれると、思うのだけど――)


 短い間でも魔法使いの人柄は十分伝わってきているように思う。彼は寝起きでなければ親切だ。寝起きの時だって、ちょっと遠慮がなくなって物言いが直接的なものにはなるけれど、あくまでこちらのことを案じてくれている――と、思う。


 だから今、何に一番困っているのかって、フローラ自身、どう説明したらいいのかいまいちつかみ切れていないところだ。


(ええと……そもそも、買い物をしていたら犬に襲われて、犬の持ち主の少年に謝られて、でも実は少年も犬もこの世のものじゃなくて、おかしなフレーズを教えてくれた後消えてしまって、その後変な人に連れて行かれそうになって、言われた言葉を唱えてみたら、魔法みたいなことが起きたんです。でも、わたしは魔法使いじゃないと思うのですけれど――)


 これはひどい。まったくまとまりがなく冗長で、結局何が言いたいのかさっぱりわからない。


 軽く質問文をシミュレートしてみたが、見事な惨敗っぷりである。あまりの駄文さ加減に、思わず片手で顔を覆ってしまう。


『どうかしたのか』

「い、いいえっ!」


 頭を押さえていたフローラに魔法使いが声をかけてくれたが、とっさに平常を取り繕ってしまった。


(……何にせよ、今はまだ話題には出せないこと。何から話したらいいか、何から聞いたらいいのかすら、わからないのだもの。もう少し、自分の中で整理してから、お話ししてみよう……)


 気を取り直し、いよいよ森に出かける魔法使いにそのままついていこうとして、今度は彼の荷物に気がつく。


 フローラが着替えている間に準備をしていたのだろうか。魔法使いは服装こそあまり変化がないが、肩からショルダーバッグを提げた上に、手に石版と何か小ぶりの袋をもう一つ持ち、腰のあたりにも小さなバッグをベルトに吊り下げている。


 目を見張るフローラの頭に浮かんだ疑問に答えるかのように、彼は石版を見せた。


 家のありさまや引きこもりっぷりで彼に対するイメージはかなり下方に引っ張られてしまっているが、こういうところはよく気がつくあたり、配慮が足りすぎているというか、やっぱり根は賢い人物なのではなかろうかと思われる。


 普段のやる気が感じられないだけで、やればできる子なのだ。たぶんきっとおそらく。


『出かける時の準備だ。いつもより少し多めだが、行った先でないより、持って行きすぎて役に立たない方が、まだ気分的に楽だろうと思ってな』


 魔法使いがそのまま何気なく歩いて行ってしまいそうになるので、フローラは慌てて追いついて注意を引く。


「あの……」

『うん?』

「わたし、一つお持ちしましょうか?」

『このままでも特に問題ないが……では、お言葉に甘えて一つ持ってもらおうか』

「は、はいっ!」


 魔法使いは一瞬断ろうとした気配を見せたが、フローラが自分だけ手ぶらなのが落ち着かない気持ちをくみ取ってくれたのか、一番軽そうな手に持っていた小さな袋を渡す。


『水筒と、それからタオルとか……まあ、適当に入れておいたものなんだが。私一人の時とは違うだろうが、あなたのために何を用意すればいいのかまだよくわかっていなくてな』

「すっ――あ、ありがとうございます……」


 フローラが身一つで駆け込んできた以上、何かと相手に用意してもらわなければこちらは何もできないのだが、心苦しい。とっさに定型句が飛び出しそうになってから、朝寝おきの魔法使いに言われたことを思い出して飲み込む。


 恩は、これから働いて返していくのだ。静かに改めて決意している彼女の心を知ってか知らずか、彼は穏やかなほほえみを浮かべた。


 渡された小さな袋は長目の紐がついていて、ちょうど首から提げるといい位置に納まる。フローラの準備が整ったのを確認してから、彼はゆっくり森の中を歩き出した。


 一応、魔法使いの家の前から、森の中に一本線のようなもの――草が生えていない、か細い道のようなものは見えている。


『この道を行くと、そのうち森が開けて、アルチュールの町まで行ける。セラが通っている道だ。今は森の中を歩くからこの道を使うことはないが、だから町に行きたかったら道から外れなければ迷うことはない』


 言われてみれば確かに、セルヴァント夫人の走り去った方に向かって道は伸びている。幅は人二人分ほどだろうか、一応でこぼこしておらずならされているものの、土がむき出しになっているから雨の時は大変そうだとフローラはちょっと思った。


「町までは歩いてどのぐらいですか?」

『慣れていないと片道だけで少なくとも3時間半はかかるらしいが、こつをつかめば2時間程度に抑えられるというところだったかな? 森の中が1時間程、森をでてから町の城壁にたどり着くまでがやはり1時間程といったところだと思う。ああ、ただセラの場合、夫君が騎士だから馬で森の入り口まで送り迎えがあるんだ。そう考えると、慣れていない状態で全部歩いたら――』

「たぶん移動だけで、ほぼ半日かかりますね……」

『そうなるな』


 魔法使いはあっさり答えたが、フローラはがっくりうなだれる気分だった。


 片道3時間以上――単純な距離にして15kmといったところだろうか? 往復すると30km。大体、巡礼等の旅人が一日歩く目安の距離と一致する。


 一日歩くならそれなりに余裕。ただし毎日往復となると少々辛いかもしれない、そんな距離感だろうか。


 何にせよ、魔法使いの家は一番近くの町に行くのにもそれなりの装備と覚悟はしておいた方がよさそうな陸の孤島だということはしっかり認識しておく。


『まあ、必要な物は基本的に全部転移装置でそろうから、あまり心配しなくても大丈夫だ』


 魔法使いが頼もしく言ってくれるが、フローラは思わずとっさに顔を引きつらせてしまった。


 この物理的な環境と、甘やかし要因(主に転移装置)もまた、彼の引きこもり力によりいっそう拍車をかけているのだろうな、と。



 そんな出がけのやりとりはともかく、魔法使いは道なき森の中を勝手知ったる顔で進んでいく。


 時折振り返っては、フローラがちゃんとついてきているか確認してくれるのがありがたい。


 セルヴァント夫人が選んでくれたのは中古の婦人用革靴だが、適度に手入れがされていた。新品でない分ある程度人の足に慣らされて柔らかくなっているようだし、紐で多少は調整が効く。何よりヒールつきのガラスの靴に比べたら木靴の方がマシに思えてくるレベルだ。


 森を歩くのは慣れなかったが、魔法使いが気遣ってくれたし、何よりフローラは元々幼少期は各地を移動する暮らし方を、引き取られてからは使いっ走り生活を送っていたため、普通の女性より歩き回るのには慣れている。


 さほど息を上げずに魔法使いについていけているのは、彼をいくらか感心させたようだった。15分ぐらい経つともう彼女がそれなりに歩けることを理解したのか、フローラを振り返るより森の中をきょろきょろ見回す方が増えていく。


 一体何を探しているのだろうと疑問に思ったところで、タイミング良く魔法使いは立ち止まった。


『よし、このあたりが良さそうだ』

「何を始めるのですか?」


 フローラが聞くと、彼は柔らかな表情を見せる。


『素材の採集だ。あなたも一緒にやってみないか?』


 そざい? と疑問を感じる部分はありつつも、断る理由よりは受ける理由の方が多かったし――フローラは自分でもほとんど無意識のうちに、反射的にやると答えていたのだった。

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