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魔法使いと住み込みのお手伝い1

「そうと決まれば善は急げ! いろいろとご入り用でしょうし、あたしはちょいとこれで――」

『待て、なぜそうなった。そして私は何も許可していないぞ、勝手に話を進めるな』


 二人が唖然としている間に、さっさと一人で話をまとめて出て行こうとしたセラだったが、さすがに魔法使いが肩にぽんと手を置いて引き留める。


 はっ、とフローラが我に返るのと、セラが口をとがらせ腰に両手を当てつつ抗議を始めたのは、ほぼ同時だった。


「だって魔法使い様。前々から言われていたじゃありませんか。本人に任せたら何回家を倒壊させてもきりがなし、お世話する人を誰か雇うべきだって」

『それは……そっちや周りが勝手に言っているだけで、別に私は今のままでも必要性を感じないな』

「…………」

「…………」


 言葉を聞いた二人とも、輝いているキッチンと未だ惨憺たる有様のダイニングを黙ったまま見比べてしまったのは、仕方ないだろう。ただし魔法使いの方は、この反応にえらく不満なようだった。


『言いたいことがあるなら言ったらどうだ、その意味深な間の置き方はやめろ!』

「す、すみませんっ! わ、わたしは、その、えっと――」

「だって、魔法使い様が高度な自虐ネタを仕込んできたのかと思って」

『違う!』


 フローラは単純にコメントに困って黙り込み、セラは意図的に沈黙でもって意思を表明していたらしい。


「つまり相変わらず天然でいらっしゃる。なるほどよりたちが悪いですね!」

『セラァ!』

「あーあー、こうしたらなーにもみえなーい」

『このっ……』


 この二人は口論しているというより、魔法使いが一方的に遊ばれているという印象の方が強いやりとりだった。


 フローラは慣れない早い会話のテンポにおろおろしつつ、一生懸命加わろうとしたり、あきらめて引っ込んでいったりを交互に繰り返している。


「あとねえ。お忘れのようですから思い出していただきますけど、あたしの元々の仕事はあなたの様子を見ることだけ、家事のお手伝いをすることは完っ全にあたしの好意に寄っかかってるサービス残業ですからね? 今のままでもって言うからにはたぶん相変わらずあたしの手を借りることを当たり前のように予定に入れているんだと思いますけど、こうなったからには今日から本来の業務に戻らせていただきますからね?」

『うっ……いや、でも、わかった。私の家の家事手伝いをしてくれる人を雇うというのならわかった、でも住み込みにする必要は全くないだろう? 町に住んで、通えばいい。今までのセラみたいに』

「あーのーねー。森は魔法使い様が来てから安全っちゃそうですし、そのことにはこちらもとてもご恩を感じています。それになんだかんだ心配だから見に来るついでにあれこれしてきましたけれど、いくら魔獣が出なくなって明るくなったからって森の中を往復するのだって楽じゃないですし、あたしの場合森の入り口から自宅までは毎回主人が送り迎えしてくれてるの、だからなんとかなっているの! そりゃアルチュールの町は大分治安のいい方ですけどね、それでも若い女の一人歩きを推奨するなんて何考えてるんですか、魔法使い様だからモテないんですよ?」


 よくもまあ、これほど舌を回してかまないものだとフローラは感心してしまう。


 そして一生懸命早口を聞き取って新しい情報を整理するに、セラはここアルチュールの森の近くにあるアルチュールの町の住人で、魔法使いの様子を定期的に見に来ている(ついでに今まで家事手伝いをしていたこともあったらしい)。


 町から森は歩いてこられる程度の距離にあるが、セラの口ぶりから察するにけして通うのが楽な距離ではない。たぶん、森の道が平坦でなく、馬車や馬などを利用できないせいで人の足を使うしかないのも道のりを困難にしている一因なのだろう。


 それから、アルチュールは昔魔の巣くう恐ろしい森だったはずだが、おそらくこの魔法使いが来たことで安全な場所になっている――ということは、やっぱり何かこう、すごい人なんだろうなあとは思う。


 さっきからだめなところばっかり目についている気もするが、本当はとてもすごい人なんだろうなあ、と、思う。みょんと飛び出た前衛的な寝癖――じゃない、たぶんセッティングされた髪型を見ながら。


「帰ったらうちのボンクラどもの世話だってしなきゃいけないんだし、っていうか主婦なんですからそっちが本業なんだし。魔法使い様はあたしに対する感謝の気持ちがちょっと少ないと思うんですよね」

『悪かった。今まで迷惑をかけてたのは、その、本当に悪かったから』

「ってことで、フローラちゃんが住み込めばその辺が全部解決してあたしのやることが超ラクチンになるじゃないですか。よかった、これで肩の荷が大分下りるわ」

『結局そういうことだと思った、自分が楽するために適当なこと言ってるんじゃないか!』

「でもそっちの方がみんな得するんだからいいでしょ。ねー、フローラちゃん」

「……へっ!?」


 急に話題を振られてフローラは素っ頓狂な声を上げた。特にかまわず、セラは続ける。


「だってフローラちゃん、掃除でしょ、料理でしょ、お洗濯でしょ、あとお裁縫もできる?」

「えっ……で、できます、その、少しなら……」

「この子の場合絶対謙遜してるから、これは針の腕もプロ並みに間違いありませんよ、魔法使い様」

「あの……本当に、少しですから……」

「それにディーヘン出身らしいですけど、ランチェ語だって問題ないようですし、あたしなんかと違って育ちが良さそうで上品だし、何より人見知りの魔法使い様が一緒にいて何も問題を感じていないようですから、これはもう適材適所、逸材といって差し支えありませんよ。違いますか?」


 新たに気になる言葉が出てきて、フローラは思わず魔法使いの方を振り返ってじっと見る。


 彼は気まずそうに目をそらそうとした後、あきらめたのかフローラに黒板を向けた。


『初対面の相手と、何を話せばいいのかわからないだけだ。あなたの場合は、こう、それどころじゃなかったというか、あなたは本当に困っているみたいだったし……』


 言われてみれば森奥に人目を避けるように住んでいるのだし、その通りなのかもしれない。


 けれど話している時はとてもそうは思えなかったと、フローラは少し意外に思っている。同時に、それだけ彼が自分を気にかけてくれたということなのだろうかと感じると、申し訳なく思いつつもうれしく感じる。


「というか元はといえば昨晩泊めたのだって、魔法使い様が」

『セラ、それ以上は許さないぞ』

「あら、これお話ししちゃいけないことなの? わかりましたよ、黙っておきますよう、ウフフ」

『気味の悪い声を出すな』


 ちょっとした感動に浸っていたフローラには、二人のこっそりした会話までは見ることができなかった。


 なにやら痛いところをつつかれたのか遠い目になりかけた魔法使いだったが、頭を振って立ち直ると、これだけは譲れないとばかりにセラに向かって文を突きつける。


『それでも、住み込みは無理だ。場所がない。文字通り、空間的な意味で場所がない。わかるだろう?』

「無理じゃありませんよ、部屋をいくつも無駄遣いしてるんだから、もう一人ぐらい余裕で住めます。フローラちゃんが手伝ってくれれば、ゴミ屋敷だってただのお屋敷に戻るでしょう?」

『無駄遣いじゃなくて必要な犠牲だし、ゴミではない、訂正してもらおう』

「それでもどこかにひとまとめにしておくとかすれば、一部屋は空きますよね? というかあなたよく地下の調合室で寝起きしてるんだから、寝室そのまま譲ったって問題ないくらいなんじゃないの?」

『も、もし! 仮に場所が空けられたとして、住むとなったらいろいろ物が入り用だろう? なんかこう、女性用の何かとか――知らないが、なんかあるだろう。だが、この家には一切そういう気の利いたものはない。だからやっぱり無理だ、私はともかく彼女は提案が急すぎるし、いやがるだろう』


 いきなり言われて驚きはしたけれど、元からチヤホヤなんて一切されることなく育った身なのだし、こちらは身一つで駆け込んできたのだし、文句なんて言わないんだけどな……と口に出さず思っているフローラは、なぜかセラがひときわほほえみを深めたのを見た。


「あ、ご安心ください。その辺はもう手配済みですから、今からあたしが連絡すれば、すぐここの転移装置に届きますよ。服とか、下着とか、その他生活必需品が」

『は?』

「えっ?」

「あらもう、こんな時間! やだー、あたしったら帰らないと怒られちゃうわ! ただでさえ週一勤務のはずが今回だけ連日勤務でうちの人もちょっとぴりぴりしてますからね――そんなわけで、じゃっ」


 魔法使いとフローラの二人が、セラの言ったとんでもない言葉の意味を理解する前に、こざかしい主婦はひらりと身を翻し、家からたたたと小走りに出て行ってしまう。


「じゃっ――!?」

『おい待て、セラ! おまえまさか、最初からそのつもりで、今日――』


 大分出遅れた後、慌てて玄関まで追いかけた頃には、彼女の姿は森の木々の向こうに消える直前だ。


「フローラちゃん、魔法使い様のこと、よろしくお願いしますねー! だーいじょうぶ、あなたならできるわ! 必要なものは大体充実の転移装置で届きますし、あたしも今まで通り週一で様子を見に来ますから! おーほほほほほほほほ!」

「セルヴァントさん――!?」

『セラー!』


 後には謎の達成感に満ちあふれた高笑いと、悲鳴だけが残されたのだった。

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