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魔法使い5

 さすがは魔法使いの家と言うべきか、とにかくこの森奥の隠遁者の隠れ家(偏見)には、意外にも最先端の魔法式技術が揃っている。


 いかに日々を楽して生きるか。永遠の至上命題である。人類という生き物は、余暇を潰すことと怠惰に生きることに、その有り余る叡智の投資を惜しまない――良くも悪くも。


 今回は良い方に叡智がフルで働いた結果と言える。この家は、家事に費やすコストを可能な限り下げるという点で、現状での一つの最適解を示しているモデルハウスだった。


 家事とは家での仕事である。掃除、洗濯、炊事、買い物、裁縫、子どもが生まれれば育児、エトセトラエトセトラ――人が生きていくということ、それだけで手間はかかる。


 それを、ボタン一つで人の代わりに魔法式装置があらゆることを代行してくれるのだ。たとえば皿洗い。たとえば掃除。たとえば、たとえば……。すばらしきかな魔法、すばらしきかな人類の堕落への真剣な努力、である。


 しかもその上、ボタンに大体ランチェ語で押したら何が起こるか書いてあるし、それでもわからなかったら魔法使いを呼びつけると、何やら面倒くさそうに操作した後、魔法による音声付き説明映像のようなものを出してくれる。


 ちなみに彼は説明映像の存在は知っているし呼び出すことはできるが、内容には全く興味がなさそうだった。家主なのにまったく設備を使いこなせていないどころか把握すらいまいちなのは、その気がないからだと思われる。



 ただ、この家において一番感動的なのは、これだけ至れり尽くせりの設備が揃っていて、全く家主が活用できていないことだろう。どんな良品も使われなければガラクタの山、資源の不法投棄である現状は実にゆゆしき事態と言える。


 もうちょっと簡単な言葉で言うと、なんでこんなに便利なものがあるのに使われていないのか!? と驚愕と感動をくりかえしつつ、フローラは厨房を動き回っている。


 今も、どういうシステムなのかはさっぱりわからないが、生ゴミを投入するとすうっとどこかに消えていく魔法のゴミ箱(ブラックホール)に震えていたところだ(ちなみにフローラが命名したのではない。箱の上に誰の字かわからないが手書きで書いてある)。


 何気なく開けた白い棚の向こうから冷気が漂ってきた時も、フローラは思わず魔法使いを呼びつけ、例によって詳しい説明を求めてしまった。


 彼は「どれだけ魔法後進国にいたのだ」と若干言いたげな顔をしつつも、それが冷蔵・冷凍機能を完備した食料貯蔵庫であることを明かした。ランチェではそこそこ一般的な魔法器具らしい。


 確かにディーヘンでも魔法式冷蔵箱ぐらいなら見たことがあるが、瞬間冷凍機能を備えた冷凍庫は今回が初出だ。魔法使いが無感動なのが逆に信じられない。


 しかも家の外、隣にある倉庫には一定周期で食材などが送られてくるし、こちらからもある程度物を送れる転送装置付きで、ゆえに魔法使いは割と本格的に引きこもり生活を謳歌しているのだと。


 もうなんというか、絶句だ。本当にこの家に引きこもれる。誰と顔を合わせなくても生活していける。しかも日々の家事も楽に過ごせる。



 ……はずなのに、半ばゴミ屋敷化しかけているのだから、なんとかと道具は使いよう、とよく言ったものである。


 ただ、魔法使いの人としての最後の良心かプライドか、それだけは彼的にもNG行動だっただけなのか、生ゴミが家の中に散らかっていないのは幸いだ。



 家事壊滅的駄目男も、魔法のゴミ箱(ブラックホール)の使い方だけはマスターしていたらしい。とても良いことだと思う。本当に、良いことだと思う。



 ということで、フローラは魔法器具の数々に感動し、いちいちぴょんぴょん跳ねて喜びを示しながらも、さすがにそればかりでもいられないので作業を開始する。


 朝はとっくに過ぎていて、時間を見るともう正午も過ぎていた。食材がぎゅうぎゅうづめに山ほどあるので(しかも何個かは冷蔵の中にあっても痛み始めている気がする)何かどっさりシチューなど作ってしまいたいが、その前に軽くつまめるものをと探す。


 ひとまず、ディーヘンでも結構なじみ深い果物があるのを見て手に取り、包丁を使って皮を剥く。


 ――と。


『あなたは料理人か何かか?』

「い、いいえ?」

『あっ馬鹿目を離すな、切ったらどうするんだ!』

「え? でも一瞬ですし、このぐらいなら手の感覚でできますから」


 自分から話しかけてきておいて(しかも相手の言葉を見るためにこちらは必ず相手の方を見なければならない)慌てた魔法使いだったが、今度はフローラの手慣れた包丁さばきに顎が外れんばかりに驚いている。


『なぜ手を切らない』

「切ったら料理になりませんから……」

『なぜ手がその速さに動く』

「手早くしないと、叱られましたもので……それに、やっているうちに慣れると、自然と速さも上がります」

『私が同じ事をしようとしたら間違いなく手が傷だらけになるぞ。というか包丁だけでなく皮むきも使いこなしているな、なぜだ!?』

「なぜと言われましても……」

『私は昔爪をすぱっとやってから二度と触るまいと誓った。一応ここに来る人が使うことがあるからのこったままなのだが、なるほど本来はそういう風に扱うものだったのだな』

「…………」


 途中から生温かい微笑みを浮かべながら料理を続けるフローラと、それをいつまでも後ろでウロチョロ物珍しそうに観察している魔法使いだった。



『おかしい』

「お、お気に召しませんでしたか!?」

『違う、できあがるのが早すぎる。あとなぜ無傷なのだ。それになぜ料理が終わるのと同時に厨房が片付いている? おかしい。やはり不正があったとしか思えない』

「なんの不正でしょう……? あの、それにすみません、か、簡単なものなのですが……」

『それはこれしきのこともできない私に対する挑戦か!?』

「すっ、すみません、すみませんっ、違います!」

『私の知っている料理と違うぞ! だが作ってもらえたのなら仕方ない。食べるぞ? 私は本当に食べるぞ? 食べていいんだな!?』

「ええっ……あの、どうぞ、召し上がれ……?」


 結局フローラが魔法使いに振る舞った昼食は、切った果物と卵やハムのサンドイッチ、それからサラダだった。相変わらず食卓は台所だが、さっきより随分ましだ。片付ければキッチンは広いし、椅子も二人分持ってきた。


 お昼を過ぎてしまっていたこともあり、あまり家主を待たせてはいけないと思ったのと、凝ったものを出して合わないよりはと判断した。パンをメインにしたサンドイッチなら、朝食に魔法使いが出してきたぐらいだし、食べたくないということもないだろう……たぶん。


 さりげなく好みのメニュー、ないし食べられないものを聞き出せたらと思ったが、魔法使いは「口に入ればなんでも」としか答えてくれなかったので仕方ない。


 が、やっぱり軽すぎただろうか、自分で作ると言いだした以上、もっときちんとしたものを用意するべきだったろうか。というかそもそも、人様の台所を勝手に占拠して料理を作るとは何様のつもりなのだろう。


 魔法器具のあれこれに浮かれていた状態から落ち着いてくると、フローラは内心胃が痛い。こっそり途中味見した感じではいつも通りで、少なくとも食べられないということはないと思うが――。


『美味しい! 美味しいぞ! 美味しい!』


 ……どうやら一応喜ばれているようなので、ひとまずほっと人心地つく思いである。


『すごい。まるで魔法みたいだ。すごい。生野菜が食べられるとは、魔法か』


 なんか不穏な言葉が聞こえてきた気もするが、即席のドレッシングがうまくいったようでよかった、とフローラは思う。


 魔法使いはたまに黒板を向けて大感激の様子を表しては、後はサンドイッチを口に放り込んで神妙な顔で咀嚼している作業に専念している。


(でも、この方、魔法使い様ではなかったのかしら……?)


 自分の分を確保するのも忘れて魔法使いの食べっぷりに魅入ってしまう。下働きもどきだった頃は、美味しくできるのが当たり前で、こんなに誰かに喜んでもらえることなんてなかったから、なんだかこそばゆい。


(やっぱり、もっとちゃんとしたものを、作ればよかったかしら……)


『ニンフェ殿』


 最初、耳慣れない呼びかけだったせいで咄嗟に自分のことだとわからなかった。

 少し遅れてから、フローラはピンと姿勢を伸ばす。


「……あっ、はい! なんでしょう!?」

『なくなった』

「え?」

『なくなってしまったんだ、昼食が……』

「…………」


 悲壮感ただよう魔法使いの視線の先を追うと、確かにすっかり空になった魔法使いの皿が残されている。


「す、少なすぎました、ね……?」


 彼女の基準では一人分をもう少し過ぎたぐらいだったのだが、成人男性には足りなかっただろうか。彼の視線がじっと自分の皿に注がれているのを見ると、つい彼女はすすっと自分のサンドイッチの乗っている皿を進めた。


「あの……よろしければ、こちらも」

『そ、そんな意地汚いことはしないっ』

「で、でも……わたし、あまりお腹が空いていなくて、その、半分食べていただければ、と……」

『何? そうか、それでは仕方ないなっ! そ、そういうことなら、私が半分食べても問題ないな!』


(最初と随分印象の変わる方だわ……)


 フローラはちょっぴり呆然と魔法使いを見守る。落ち着いた、ともすると老成した雰囲気はどこへやら。今の彼はすっかり幼い、無邪気な子どものような顔をしていた。


 けれど一心にサンドイッチを頬張ってはうまいうまいと繰り返す、その姿はけして不快ではない。フローラが自然と笑みをこぼしたその瞬間。


「ごめんくださーい! 魔法使い様、いるー?」


 家の外から、明るいながらどこかのんきそうな声がかけられたのだった。

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