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3話 ルウムの全力深謝

「お、職務怠慢眠り姫のお目覚めか?」


 絶望の崖に指先だけをかけてギリギリ理性を保っている私とは対極的な穏やかな声で、隣席のエリート同期が話しかけてきた。

 凛とした顔立ちに短めの赤髪はまるで王子様のようで、同性の私ですら一瞬心を奪われそうになってしまう美男子系女子。一部女性陣から絶大な支持を誇っているらしい。


「…………」

 首根っこに鋭い刃を幻視している私は何も返答できず。

「起きてるだろ? 無視すんなよ」

 キャスター付きのイスでスーッとこちらの席に移動してきた。


 同期はすぐに私の異変に気付いた。異常な発汗にうつろな目、青い唇、全身の震え。まるで死神に取りつかれたような挙動をしていた。


 まさにその通りで、私の正面には大鎌を振りかぶっては首元ギリギリでピタッと止めて反応を楽しむサドスティック死神さんが立っているのである。天界という穢れのない(私を穢れ扱いするのはNG)神聖な地で、仮にも天界の住人である私を相手に躍動するとは、なかなか根性座っとる死神やないかい。ええ度胸や。認めたる。だからお願いです殺さないでください許してください。


「おい! 大丈夫か!」

 同期は私の口からこぼれていた謎の命乞いを聞き、危険と判断したらしい。バッと立ち上がり、広いオフィス内に救助要請を出そうとした。

「すみません! ルウムの様子が……うがっ!」

 させるものかとフルパワー腹パンをかます。


 見事に鳩尾みぞおちに命中。

 腹部を抱えて膝をつく同期。



 そして数秒後、呼吸のリズムを整えた彼女は、

「殺す気か!」

 苦悶と憤怒の入り混じった表情で訴えてきた。しかし残念。それはこっちのセリフである。

「あんたこそ私を殺す気か! 誇張抜きで!」


 こちとら即死レベルのミス犯しとるんじゃボケェ! 上司にばれたら人生終了じゃー! っと、私としたことが口が悪い。

 ワタクシ、お空の彼方へ連れていかれるようなとーってもいけないおニャン子ちゃんをやらかしたですよ。はわわ。


「いったいどうしたんだ。私の知ってるルウムはこんなに凶暴じゃないぞ」

「どんな生物も死に際は必死になるんです! 今忙しいからあっち行ってて!」

「わかった。わかったから押すなって……あ、すみません! ルウムの頭がおかしくなったみたいで、両親指で鼻をほじくってるのが面白かっただけです! お騒がせしてすみません!」


 静寂な仕事場に冗談交じりの釈明を入れる同期。


 ひどいデマを流された気がするが、とりあえず撃退。一難去った。


 とはいえこのままではジリ貧。少なくとも仕事終わりに行われる恒例の会、「一日の努力をみんなで確認しようね反省会(無能ルウム吊し上げましょうの会)」で絶対にバレる。回避策も思いつかない。


 抗うこともできずにただ死刑宣告を待つのみ。その待ち時間は地獄の業火のように精神を蝕んでいく。とても耐えきれない。死にたくないが、死へのカウントダウンを鼻ほじほじしながら見守るだけというのはあまりに苦しい。


 どうしようと悩んだ末、信頼できる隣席のエリート同期に打ち明けることにした。だって私だけじゃどうしようもないもの。

 結局無能とは、窮境に追い込まれた際に一人では何もできないヤツのことだと、このとき思った。

 

 それでも今は生き残ることが最優先。神妙な面持ちで同期にすがり付いた。分厚い信頼のロープで結ばれた彼女なら妙案を出してくれると信じて。


 彼女の返答はシンプルだった。


「そりゃあ、もう、素直に謝った方がいいよ。隠してる方がまずいでしょ」

 ノータイム出頭勧告。


 勇気を出して相談したのにその仕打ちかよ、とブチ切れそうだが、私が逆の立場なら同じ進言をするだろう。とどのつまり正直になることが一番だってね。


 かくして私は同期同伴のもと、鬼の巨漢と名高い機関の最高権力者・ウイシュヌ様との面会となりました。




「じゅみまぜんでじだ……」


 これほどまでに情けない泣き顔を公にさらす大人は金輪際現れないと確信できるほどの大泣き。


 粛然たる雰囲気の長官室に明らかな動揺が走る。だって職務中にいきなり大泣きの大人が入ってきて謝罪の言を繰り返し、付き添い人が仕方なく状況説明に追われるという、大人の世界にあるまじき幼児学校のような光景が展開されたのですから。

 

 ウイシュヌ様の秘書や警備員が「おもしろそうだ」と喜々とした視線を送ってくる。

 だが構うものか。ミスした私が悪いんだ。恥を忘れろ。子供になれ。


 普段は強面のウイシュヌ様も呆れてらっしゃる。「一体どうしてこんなやつが我が機関に勤めているのか。人事は何をしているのか」という表情だ。いいぞ。私は悪くない。人事が悪いのだ。だから同情してもうワンチャンくださいな。次はマジ頑張るんで。マジのマジで。


 あと命を賭けた私の全力深謝を鼻で笑った同期、おめーはあとでボコす。覚えてろ……生きて帰れたらだけど。


 とまあこんな具合に涙を靴墨に変えてウイシュヌ様のお足元をシクシク磨き続けていると、ついに呆れゲージが限界突破、深い憐れみに確変した。

 狙い通り。


 慈悲、情け、そんなレベルではない悟りの極地に至ったウイシュヌ様が遠くを見ながら言った。

「ラストチャンス第二回戦、やるか……」

「ぜひ!」


 こうして私は「ドキドキ! 何度もあるよ! ラストチャンストーナメント!」の二回戦にコマを進めたのだった。優勝する気は毛頭ない。


「で、次はどんな世界を監視すればいいでしょうか? できれば人間どもが武力を誇示しながら互いに牽制し合っているだけの安定した世界がいいです」

「いや、きみにはちょっと違うことをやってもらおうかな」

「へ?」

「これまでとは異なる目線から世界を導いてもらう」


 あら、いやな予感。


「ルウム君。きみはアーサーととも世界を救うのだ」


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