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1話 アーサーの死



「さあ、アーサー様。魔王城はもう目の先でございます。このジメジ、アーサー様の旅に同行できたこと、嬉しく思います」


 雷鳴とどろく魔王領最奥。稲妻の度に姿を現す漆黒の魔王城を前にして、ジメジは早くも旅の総括を始めた。


「思えば旅の始まりはひと月前の激しい雨の日でしたね。職がなく、ずぶ濡れのまま放浪していた私は橋の下でキノコスープをすすっていたアーサー様に出会いました。その時、伝説の剣・セイバスを求めさまよっているという話を聞いてあきれ果てたものです。クソガキなんぞに伝説の剣を抜けるわけがなかろうが、と。しかしあなた様はやってのけました。それからというもの私の心はあなた様に夢中で……」

「ちょっと、じいさん。あんたはいつも話が長いのよ」


 ジメジによる『アーサーと愉快な旅人たち・序章』の冒頭部に入ったところで邪魔が入った。


 アーサーのもう一人の旅仲間である女剣士・エリンキだった。彼女は『名もなき村』で魔物と戦っているところをアーサー一行に救出され、それからパーティーの一員として同行していた。


 長いエメラルドの髪に気品ある顔立ちは王族のそれに思えたが、実は彼女は国王の隠し子であるという若干ベタな展開となり、面倒ごとを避けたいジメジは最初彼女の加入を拒んだが、王族らしい我の強い性格に押し切られ仲間入りと相成った。彼女はアーサーのことが好きである。アーサーは彼女の存在をキノコよりどうでもいいと思っている。


「ねえアーサー様。この戦いが終わったらどこか遠い場所で二人きりで暮らさない? 白波が絶えず打ち寄せる岬の上に立派な豪邸を建てましょう」

「…………」

「勝手なことをぬかすな小娘が。アーサー様は魔王討伐後、英雄としてキンルイ王国に帰還し、ゆくゆくは次期国王として民の頂点に立つお方ですぞ。王の血を引いていようが所詮隠し子。公的な存在でもないお前にアーサー様の相手が務まるわけがない。ね、アーサー様」

「…………」

「なによクソジジイ。あんたはアーサー様のおこぼれで地位を得たいだけでしょ? 今回の旅で荷物持ちくらいにしか役に立たなかったくせに」

「何を言うか! 貴様だってアーサー様の背中に隠れて機をうかがい、敵が弱ったところでさも歴戦の勇者かのようなどや顔をきめてとどめを刺していただけではないか。経験値横取り魔め。まだ荷物持ちの方が役に立っとるわ」

「キー! なによなによ! あんたなんてクソ雑魚スライムを前にしただけでも頭を抱えながら神に命乞いしてるくせに、どうしてそんなに偉そうなこと言えるのかしらねえ!」


 二人の喧嘩は続く。が、アーサーにはどうでもいいことだった。道端に生える野生のキノコよりどうでもよかった。

 そう。道端のキノコより。


「…………」

 アーサーは前方にある衣のない枯れ木をじっと見つめていた。正確には木の根元付近を見ていた。


「ちょっとアーサー? 何を見ているの?」

 エリンキが尋ねながら視線の先を見ると、そこにはキノコが生えていた。

 アーサーは問に答えることなくキノコに近づく。


 背が低く、成人の手のひらほどの大きさの傘を持つ真っ黒なキノコだった。所々に血管が浮き出たような隆起があり、明らかにヤバげなキノコだった。命知らずの悪ガキでも触れることすら躊躇うような、生きとし生ける者なら本能的に拒否信号を発信するようなマジヤバ系キノコだった。


 アーサーは言った。

「……今日の夕飯、まだだよね」


 ジメジとエリンキは二度身震いした。

 まず超絶無口マンのアーサーが問いに答えるという形でなく自ら言葉を発したことに驚いた。というかこれまでの旅(一か月ちょい)でアーサーが自発的に会話を始めたのはこれが初めてであった。もしかして嫌われてる? という疑念を常に抱いていた二人は、旅の最終局面にしてようやく憂さが晴れたことに感激し震えた。


 次に、この禍々しさマックス猛毒持ち(と思われる)キノコを食べようと提案するアーサーのサイコパスっぷりに驚き戦慄した。いや、やばいっしょ。食ったら即死っしょ。ふたりの正常な感想はリンクした。


「待って、アーサー様。食料は十分あるわ。じいさんのかばんに大量の乾パンが入っているもの。だから見るからに危険なキノコに手を出す必要はないのよ」

「そうです。このジメジ、アーサー様のためにと山道だろうが泥道だろうがちょっと急な階段だろうが、肌身離さず大事な食料を運んでまいりました。ですから野生のキノコなんぞ不要ですぞ」


 しかしアーサー、ふたりの制止もなんのその、ずぼっとキノコを引き抜いた。


 地上に抜き出されたキノコはさらに禍々しかった。柄の部分は傘と同様黒く、所々に血紅色の斑点があった。つぼの部分には、まるで生き埋めにされた悪魔の怨念が乗り移ったような恐ろしい表情がうっすら見えた。


 悪魔のキノコだった。


「じゅるり」


 アーサーの舌なめずりを見た二人は、もうこの少年を止めることはできないと悟った。


「あー、なんだかおなかいっぱいだわ。それに私ダイエット中なのよね。今日は夕食抜きにしちゃお。乙女ってホント大変だわー」

 保身に走るエリンキ。


 一方、

「さすがはアーサー様! 絶対に食べてはいけない容姿をしたそのキノコを使って猛毒の薬品を調合し魔王討伐に役立てるつもりなのですね! いやー恐れ入った。食べる食べないなんて考えていた私が愚かでした。いやー、アーサー様、賢い! そりゃそうですよね。こんなキノコ、食べるわけないですよね」

 太鼓を持ちつつ、キノコを食べないという雰囲気にもっていこうとするジメジ。


 が、ダメ。

 パクリ。

 己の欲求に正直なアーサーはどす黒い傘にかぶりついた。

『ああ……』

 最悪の、そして必然のシチュエーションが二人の頭によぎる。

 それは当然のように起こった。

「うっ……!」

 三秒ほどおいしそうに頬張っていたアーサーはその場に倒れ込んだ。泡を吹き、白目をむき、みるみるうちに肌が黒くなる。

 それ見たことかと思いつつも必死に彼の名を呼びかけるジメジとエリンキ。しかし二人の声も虚しく、アーサーが起き上がることは二度となかった。



 英雄は死んだ。

 見え見えの毒キノコで。



 こうして希望の光を奪われた人類は再び絶望のどん底へとつき落されたのだった。



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