LIFE
昔から虫が大嫌いな男がいた。
気持ち悪いから、怖いからといった理由で嫌っていたわけではない。
ただただ存在が気に食わないだけだった。
長い生存競争を勝ち抜いてきた人間様が一番偉いのだ。虫けらごときが人間様と同じ空気を吸うんじゃない!
そんな考えだから虫を見つけては殺して回った。男の家には虫は一匹もいない。それどころか家の周りにも虫は一匹もいなくなった。
殺して何が悪い。虫の命なんて軽いものだ。人間様に不快な思いをさせる生き物は殺しても良いだろう。
男が嫌いなのは虫だけではなかった。
犬や猫、その他全ての生き物が嫌いだった。
人間にとって有益な生き物は生かしてやってもいいが、そうでない生き物は全て殺してしまっても構わない。なぜなら人間様の命が一番尊く、重いのだから。
そんな考えを持っていた男が車にひかれて死んだ。
「順番に並べ-!」
体の大きな赤鬼が金棒を振り回しながら叫ぶ。
男は気付いたら白い着物を着て列に並ばされていた。
「ここがあの世か・・・。」
男はつぶやく。どうやら自分は死んだらしい。
男は妙に冷静だった。
人間の命は尊いものだが、人はいつか死ぬものだ。
やり残した事もないし、置いてきた家族もいない。
まぁ、死んで生まれ変わるのも悪くないか。
しかし解せないのは俺の並んでいるこの列だ。
前に並んでいるのはどう見ても蟻だ。
その前にいるのはムカデ。
その前はゴキブリ。
なぜ俺が虫けらごときと同じ列に並ばせられているのか。
男は憤りを覚えた。
「鬼さん、鬼さん」
男は赤鬼に話しかける。
「どうして人間の俺が虫けらと同じ列に並んでいるんだい?」
赤鬼は怪訝そうな表情を浮かべる。
「なんでってお前そりゃ、この列は虫に生まれ変わる奴が並ぶ列だからさ。」
「はぁ!?」
男は驚いて声を上げる。
「なんで俺が虫に生まれ変わるんだ!?俺は人間様で、悪い事も何一つしてないんだぞ!」
男は赤鬼に食ってかかる。
「悪い事してないっつってもお前、虫殺しまくってただろ。」
赤鬼は飄々と答える。
「虫を殺して何が悪い!虫の命なんて軽いもんだろ!」
取り乱す男を見て、赤鬼は懐から秤を取り出した。
「人の命が重くて、虫の命が軽いってんならお前さんこの秤に乗ってみな。」
男は言われた通りに秤の片方の皿に乗ってみる。
「もう片方にはあんた、乗ってみてくれるか。」
赤鬼は男の前にいた蟻に声をかけた。
「ふん!ばかばかしい。俺の方が重いに決まってるだろ」
男は鼻で笑う。
しかし蟻がもう片方の皿に乗った瞬間。
・・・釣り合った。
秤はぴくりとも動かない。男が跳んでもはねても秤は動かない。
「そういうことだ。」
赤鬼はにやりと笑う。
「命を粗末に扱った奴は次の世で粗末に扱われる。命に優劣なんてねぇんだよ。」
愕然として膝をつく男に赤鬼はこう言い放った。
「ま、100回くらい蟻にでも生まれ変わったらよく分かるだろうよ。」
うなだれる男の肩を蟻が優しく叩く。
「蟻もそんなに悪いもんじゃねえよ。」
男の目の前に果てしない闇が広がった。