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2016年/短編まとめ

ボクと校則違反な幼馴染み

作者: 文崎 美生

ぺりぺりと乾いた音を立てて、棒付きキャンディーの包装を剥がしていると、廊下の奥からバタバタと煩い足音が聞こえてくる。

歯にキャンディーをぶつけ、音の方向を見やれば、見間違えようのない髪色をした幼馴染みが、こちらに向かって走って来るのが見えた。


輪郭の曖昧な世界でも、あの激しく燃えるような赤を見間違えるなんて、有り得ない。

ぼやける視界を何とかしようと目を細めている間にも、幼馴染みは速度を上げて近付き、ボクの姿を確認すると勢い良く飛び付いてくる。


(サク)ちゃん、匿って!」


は、疑問を口にするよりも先に漏れた呟きなんて、幼馴染みには聞こえなかったのか、直ぐにボクの横の窓を開け、上靴のまま外に飛び出す。

匿ってって、と視線を今しがた走って来た方へ向ければ、もう一人分の人影がこちらに向かい、全力疾走をしている。


何となく何があったのか分かってしまう辺りが、慣れを感じつつあった。

ころころ、口の中でキャンディーを転がしている間に、その人影はボクの目の前で急ブレーキを掛けて立ち止まる。


作間(サクマ)!」


「……はい?」


勢い良くボクの方を見たその人影、その声で曖昧な輪郭の世界でも、誰なのか判別がつく。

担任の教師だ。

教師としてはどうなんだろうか、と思う男にしては長髪で色は茶色。

苗字は御子柴(ミコシバ)だったが、名前は思い出せずに、裏ではこっそりとシバ先生と呼ばせてもらっている。


そんなシバ先生は、犬歯剥き出しに「アイツどこ行った!」と声を荒らげた。

やっぱり、教師らしくない。

カラコロと音を立てるキャンディーの味が分からないまま、のんびりと奥の廊下にある階段を指差す。


すると、お礼もそこそこにいきなりのトップスピードで走り出すシバ先生。

廊下は走っちゃいけません、って、学生時代に習わなかったのだろうか。

「作間も早く帰れよ!」捨て台詞さながらのそれに、ボクは肩を竦めて、走り去る背中に手を振った。


忙しなく聞こえていた足音が遠くなり、聞こえなくなったところで、乱雑に閉められていた窓を開ける。

「行ったよ」壁に背中を預けたまま、外へと投げ掛ければ、直ぐに眩しいくらいの笑顔が飛び出す。

一階の廊下で良かったね、という言葉を心中に留め、その笑顔を見た。


「もう、シバちゃん先生しつこい!」


よいしょよいしょ、と窓をよじ登り、廊下に降り立つ幼馴染みからは、草の匂いがした。

この廊下は中庭に面しているはずだから、園芸部やら緑化委員会やらが育てている植物もあるはず。

幼馴染みからする植物の匂いは、そういうことだろう。


「まぁまぁ、仕事だから」


「他の先生はあんなにしつこくないよ……」


溜息混じりに呟いた幼馴染みは、じわりと汗の滲む額を拭う。

何故あんなに壮絶な追い駆けっこになったのかは不明だが、追い掛けられていた理由ならボクでも分かる。

キャンディーを咥えながら、乱雑に払われたその髪に手を伸ばす。


癖の強い髪を持つボクからすると、指通りの良いサラツヤなストレートはとても羨ましい。

だが、確実な校則違反の赤髪を真似しようとは思わない、と言うか目立つのは嫌いなので真似したくない。


「親の敵のように追い掛けてくるんだもん……。今日こそ無理矢理染められるかと思った」


幼馴染みの中で一等可愛らしいはずだが、その容姿はこの学校で悪目立ちに一等目立つ。

不良だ何だと裏で囁かれていることを、ボクを含めた他の幼馴染みも知っている。

知らぬは本人ばかり、というやつだ。


「だってMIO(ミオ)ちゃん、堂々としてるから」


だから余計にシバ先生が追い掛けてくるんだよ。

そういう意図で呟いた言葉も、本人には分からないらしく、下がり気味の眉を更に下げられた。


幼馴染みで一等可愛らしく、燃えるような赤い髪を持つMIOちゃんは、元々色素の薄い髪色だ。

クリーム入り混じりの瞳と同じくらいの茶髪だったが、何を思ったのか中学入学と同時に自前で今のような、真っ赤な髪にしてしまった。

似合ってるとは思うが、一体何をどうしてそうなったのか、未だに皆目見当が付かない。


「だって、似合うでしょう?」


「うん。とっても」


ボクの言葉に眉を下げていたMIOちゃんは、小首を傾げながら自分の髪を一房持ち上げる。

胸元まで伸ばされたその髪は、目に優しくない色味で染め上げられたはずなのに、痛みの一つも見せない。

手入れの仕方がいいのか、定期的に染めなくてはいけないのに、素晴らしいキューティクルだ。


それを見ながら、即答で答えたボクに、MIOちゃんは満足そうな笑みを見せる。

目も眉も下がり気味で構成されたMIOちゃんの顔立ちは、笑うと酷く幼く見えた。

それがまた、可愛らしいのだが。


「ほらね!だから、この髪が良いの。赤以外に染める時は、作ちゃんと同じ黒にしようかな」


カラコロ、キャンディーを歯にぶつけ、音を立てていたボクは口を半開きにしてMIOちゃんを見た。

胸元辺りで揺れる赤髪は、外からの日差しで目に痛いくらいに輝いている。


ただ褒められることが嬉しいのか、ボクが褒めるから嬉しいのか。

幼馴染みという独特の付き合いの長さから、そんな答えは明白だった。

MIOちゃんが髪色の校則違反で追い掛け回されるくらいには、明白。


「……いや、MIOちゃんにはその色が一等似合うよ」


ボクよりも僅かに低い位置にある頭に手を置いて、その丸い形を確かめるように満遍なく髪を掻き混ぜる。

適当とも呼べる扱い方に、MIOちゃんは今日一番の笑顔を浮かべ、甘んじて受け入れた。


きっとまた、シバ先生との追い駆けっこが繰り広げられることを、ボクは知っている。

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