第二王子の初恋6
自室に戻ったクリストファーは早速、王立学院の在籍者と入学予定者のリストに目を通すことにした。
ビロードの濃い緑のリボンを解き、羊皮紙を丁寧に広げていく。丸められた羊皮紙の太さからして複数枚の紙が使われているのかと想像していたが、どうやら一枚の長い羊皮紙に全ての生徒の名前が記載されているようだ。これだけの長さのものとなると、特注で作らせたものに違いない。
リボンの方もよくよく見ると、金糸で繊細な刺繍が施されている。何の花かはクリストファーには分からないが、星を二つ重ねたような花が等間隔に刺繍されており、隣合う花から伸びた蔓と葉が絡み合って八つの円を描いている。
羊皮紙といい、リボンといい随分と手間がかかっていることに感心しながら、クリストファーはリストに目を通していく。
リストには貴族の子息達の名前だけでなく、令嬢達の名前も記載されていたが、それらの並びには法則性が無く酷く読みずらい。
リストの初めには3年に在籍する伯爵家の子息、ニコラス·カークマンの名前があったかと思えば、次にあるのは新入生の子爵家の令嬢セシリア・チャールストン、その次は2年の公爵家子息、リチャード·グロリオーサだ。学年、爵位、性別、名前の綴り、それらがごちゃ混ぜになったリスト全てに目を通すのは、骨が折れそうだった。
──爵位や学年に囚われず、側近を選べという意図か······?
兄弟の名前が続けて記載されていたかと思えば、兄弟なのに離れた箇所に名前が記載されていたりもする。
不規則な名前の順番に隠された意図を考えながら、リストの最後に記された子爵家令嬢、マリア·ワイルマンの名前まで一通り目を通したところで、クリストファーはリストの中にアンジェリーナの名前が無いことに気付いた。
見落としかと思い再度注意しながら見返すが、アンジェリーナの名前はリストの何処にも無かった。
単なる記載漏れかと考えたが、自分の婚約者である公爵令嬢の名前を記載し忘れるということが有り得るだろうか。
──リストを作成した人間が馬鹿なだけか、それとも何らかの意図がこのリストに隠されているのか?
そもそも、側近を選べと渡されたリストに令嬢の名前が記載されていることも不可解だった。
ランドール王国で政治に関わることが出来るのは貴族の男だけでだ。
例外といえば王族の女性くらいのものだが、王太子妃の席は既にアンジェリーナで埋まっている。
側妃を選べという意図が込められているのかもしれないが、側妃は王族ではない為、政治に関わることはない。
無秩序な名前の羅列を睨む様に眺めながらリストの意図を考えるが、何の糸口も掴めないまま時間だけが過ぎていく。
気分転換にお茶でも飲もうかと、呼び鈴を鳴らし侍女にお茶の準備を申し付ける。
自分で思っていた以上に疲れていたようで、一度気を抜くとどっと疲れが押し寄せてきた。
ソファーの背もたれにぐったりと身を預けていると、程なくしてお茶の準備を整えた侍女が戻ってきた。
ティーセットが乗せられたカートの上には、クリストファーの好きな焼菓子と一緒に1冊の本と花束が乗せられていた。
「その本と花は何だ?」
「アンジェリーナ様からの贈物でございます」
手際よく紅茶を入れながら答える侍女の口から告げられたアンジェリーナの名前に、クリストファーの眉間に深い皺が寄る。
差出された花束は、紫色の薔薇と白い花弁に中心が紫の蔦科の植物を合わせたものだった。白い花は羊皮紙に巻かれていたリボンに刺繍されていた花に似ている様な気もするが、花に詳しくないクリストファーには正確なところは分からなかった。
一方、本の方はというと、ランドール王国に伝わる童話を纏めたもののようだった。
表紙をめくると、『王様とカラス』というクリストファーも良く知っている話が挿絵とともに綴られていた。
──確かこの話は、昔、アンジェリーナに教えて貰った話だったか?
真っ黒な羽が美しくないと、他の鳥達に虐められていたカラスを王様が助け、その恩返しにカラスが国の危機を救う、といった話だったはずだ。
『王様とカラス』の他にも、本にはランドール王国ではポピュラーな童話が挿絵とともに記されていた。
──こんなものを寄越して、アンジェリーナはいったい何のつもりだ?私はもう子どもではないのだぞ
苛立ちを押さえながら適当にパラパラとページをめくった後、最後まで目を通さずに本を閉じる。
「殿下、花束はいかが致しましょう?こちらのお部屋に飾られますか?それとも執務室に?」
「必要ない。処分してくれ」
クリストファーの答えに、侍女は物言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずクリストファーから花束を受け取った。
本の方も正直要らないと感じたが、流石に本を処分するのは気が引けた為、執務室の書棚に片付けるよう言いつけて侍女に預けた。
侍女が花束と本をカートに乗せて退室するのを見送ると、クリストファーは再びソファーに深く身を沈めため息をついた。
──アンジェリーナとは、この先上手くやっていけそうにない