第二王子の初恋5
お茶会の翌日、アンジェリーナからクリストファー宛に謝罪の手紙が届いたが、クリストファーは最初の一枚目だけ目を通すと、残りは読まずに捨ててしまった。
薔薇の透かし模様が入った便箋をゴミ箱に捨てる際、ほんの少し心が痛んだがクリストファーは気づかないふりをした。
「悪いのは私ではない。アンジェリーナだ」
これまで疎ましく思ったことが無かったアンジェリーナの諫言が、あのお茶会の日以来クリストファーには酷く不快なものに思えた。
アンジェリーナは間違ったことを言っている訳ではない、というのはクリストファーにも分かってはいたが、アンジェリーナの言葉が正論であればあるほどクリストファーは素直に受け入れられなくなってしまった。
一方アンジェリーナはというと、自分の迂闊な発言でクリストファーを傷つけたことに対して引け目を感じていたこともあって、暫くの間はクリストファーへの態度も若干控えめであった。
ただそれも最初のうちだけで、直ぐに以前と同じ調子でクリストファーに接するようになった。
それが余計に神経を逆なでし、クリストファーのアンジェリーナに対する態度はいっそう頑ななものとなっていった。
王立学院への入学まて後一月という頃、クリストファーはフェルディナントと共に国王と王妃に呼び出された。
侍従に案内されて国王の執務室までやってくると、丁度反対側からフェルディナントが同じ様に侍従に先導されてやってくるところだった。
久しぶりに顔合わせたフェルディナントは相変わらずの無表情で何を考えているのかまるで読み取れない。
幼い頃は愛らしいと称されていた二人の王子であったが、成長するに連れてクリストファーは男らしい容貌へ、フェルディナントは美しいと言われるような中性的な容貌の少年へと変化を遂げていた。
明るい金色の髪に深紅の瞳、活発な性格から太陽の様だと言われるクリストファーに対して、フェルディナントは青みがかった黒髪に紺碧の瞳、落ち着いた性格から夜のような王子だと言われており、年若い貴族令嬢から御婦人に至るまでどちらの王子が好みであるか盛り上がっているらしい。
「久しいな、フェルディナント。改まって私たちに二人を御召しになるなど、父上の話とはいったい何だろうな?」
「さあな」
クリストファーの問いかけに対するフェルディナントの返事は素っ気ない。
ー確かに美しいかもしれないが、まるで愛想がない。人形のような奴だ。
「両殿下、陛下が中でお待ちです!」
フェルディナントの態度にクリストファーが機嫌を悪くしたのを感じ取った侍従が慌てて、二人に入室を促す。
執務室に入ると、壁際に置かれたソファセットに国王と王妃が並んで座っていた。
国王に促され、二人の王子は向かい側に置かれた一人がけのソファにそれぞれ腰掛けると、侍女が茶器を乗せたカートを押して入室してきた。
ー侍女にしては随分若いな。
カートの横に立ち一礼する侍女は凛とした佇まいの美しい娘であったが随分と年若く見えた。
ひょっとすると、二人の王子と同じくらいかもしれない。
怪訝に思いながら、クリストファーは侍女がお茶の用意をする様をじっと見つめる。
流れるような動きで四人分の紅茶をテーブルに並べ終えた侍女は、最後に二人の王子のティーカップの横にそれぞれ緑色のリボンが巻かれた羊皮紙の巻物が乗せられたトレイを置いた。
この巻物は何なのかとクリストファーは視線で侍女に問いかけたが、侍女はにっこりと微笑んで再度一礼するとそのまま部屋を出ていってしまった。
ーいったい、この巻物はなんだ?
「二人とも後一月で王立学院へ入学する訳だが、その前に改めて話しておくことがある」
目の前の巻物に気をとられていた二人は国王の言葉に姿勢を正した。
「私の跡継ぎをそなた達のどちらにするかだが、二人が学院を卒業してから決めるつもりだ」
「父上、それはより学院での成績が優秀な方を跡継ぎにするということでしょうか?」
「学院での成績、勿論それも考慮するがそれだけではない。そなた達の普段の振る舞いや、他の生徒達からの評判、どの様な人脈を築けるか」
クリストファーの問いに国王は淡々と評価項目を挙げていく。
「そなた達と同時期に学院に入学する有力貴族に誰がいるかは知っているか?」
「確か、外務大臣、内務大臣、近衛騎士団長、王国騎士団長の子息がいたかと」
「ふむ、ある程度は認識しているようだな」
フェルディナントの答えに満足げに頷いた国王は、二人の王子に目の前の羊皮紙を開くように命じた。
広げた羊皮紙にはびっしりと人名が書き込まれていた。
「その羊皮紙には現在王立学院に在籍している貴族、そしてあなた達二人と同時期に学院に入学する貴族達のリストです。彼らの中から優秀な人材を見極め、将来の側近として互いに信頼感関係を築くのです」
「どちらがより優秀な人材を己の駒とできるかも、評価項目に含まれるということですね?」
確認するフェルディナントに王妃は頷くと更に言葉を続けた。
「そのリストをどの様に活用するかはあなた達次第です」
「三年という期間は長いようで短い。卒業までに自分こそが次期国王に相応しいと証明してみせよ」
最後にそう締め括ると、国王は侍従を呼び二人の王子をそれぞれ自室まで送り届けるよう命じたのだった。
分かりづらいですが、お茶の用意をした侍女はシャルロッテです。