第二王子の初恋 4
口煩いと感じた人間を次々に遠ざけていった結果、いつしかクリストファーを諫める言葉をかける人間はアンジェリーナの他にはいなくなった。
母親は相変わらず、第一王子に負けてはならないと小言を繰り返していたが、クリストファーが自身を諫める人間を遠ざけることに対しては何も言わなかった。むしろ、クリストファーが彼らの代わりに周囲に置くようになった貴族たちのおべっかに、機嫌を良くするだけであった。
王立学院への入学を一年後に控えたある春の日、クリストファーはアンジェリーナと王宮の中庭で久しぶりにお茶をしていた。
十三歳を過ぎた頃から、クリストファーとフェルディナントは別々の家庭教師に勉強を教わるようになり、アンジェリーナもそれを境に王妃教育が忙しくなり、以前より一緒に過ごす時間は少なくなっていた。
クリストファーとアンジェリーナが会うのは、王妃の私的なお茶会くらいのものだった。
数日前アンジェリーナから、二人だけで話がしたい、と手紙が届いた時は訝しく思ったが、二人きりで会うのは久しぶりであった為、クリストファーは直ぐに承諾の旨を手紙で伝えた。
そうして侍女に頼んでお茶の準備をさせたのは、王宮の庭の中でも人通りの少ない一角で、丁度アネモネやムスカリ、マリーゴールドが見頃な場所だった。
侍女が二人分のティーカップに紅茶を注ぎ終わると、身振りで下がらせる。護衛の騎士も今日は二人の会話が聞こえない位置に待機させていた。
いつもであれば、すぐにテンポのいい会話が交わされるというのに、お互い黙りこんだまま時間だけが過ぎていく。
ティーカップに口をつけるアンジェリーナの姿いつも通り優雅だったが、その表情は何か思い詰めているかのように物憂げだ。
この頃は淑女として、常に貴族らしい笑顔を浮かべているアンジェリーナの暗い表情が心配になり、クリストファーは勤めて優しく声を駆けた。
「アンジェリーナ、今日はいったいどうしたんだい?」
クリストファーの問いかけにも、アンジェリーナは視線をティーカップに落としたまま黙り混んでいたが、暫くすると漸く思い口を開いた。
「クリストファー殿下、今日お話ししたかったのは、殿下が諫言をする者をご自身の周囲から遠ざけていらっしゃることについてです」
真っ直ぐにクリストファーの目を見つめて話すアンジェリーナの目は今までになく真剣だった。
「何か重要な相談事かと思えば、またその話か」
今までにもその件に関しては何度かアンジェリーナに諌められていたが、その度にクリストファーは聞き流してまともに取り合わなかった。今まではクリストファーに聞く耳が無いことが分かると、アンジェリーナは直ぐに引き下がっていた。それが今日は違うようで、しつこく食い下がってくる。
「クリストファー殿下、諫言は確かに耳に痛いかもしれません。しかし臣下達は皆、殿下を思って進言しているのです。どうか、彼らの言葉にも耳を傾けて下さい」
「しつこいぞ、アンジェリーナ。その件に関して君の意見を聞く気はない!」
「殿下、どうか真剣に私の話をお聞き下さい!」
「話なら聞いているじゃないか!」
「殿下はただ聞くだけで、ちっとも私の話を理解して下さらないではありませんか!」
会話は平行線のままお互いヒートアップしていき、どんどん語気が荒くなっていく中、先に我慢が出来なくなったのはクリストファーだった。
右の拳をテーブルに叩きつけると、乱暴に椅子から立ち上がる。
「もういい、君のお説教にはうんざりだ!僕は王子だぞ!たかが公爵令嬢の分際で、僕に意見するな!」
「何てことを仰るんですか!フェルディナント殿下は、私の話をきちんと聞いて下さったのに!」
その瞬間、中庭の空気が凍りついた。
クリストファーが最も忌避する、フェルディナントと比較される発言。
恐らく、アンジェリーナは勢いでつい言ってしまったのだろう。
だがそれは少なからず、アンジェリーナの中でクリストファーとフェルディナントを比較する気持ちがあったという事実に他ならない。
ー結局、アンジェリーナも他の連中と同じなのか
「もういい、アンジェリーナ」
慌てて謝罪の言葉を述べるアンジェリーナの言葉を遮って、クリストファーはアンジェリーナに背を向ける。
中庭を後にするクリストファーの背にアンジェリーナは必死に呼び掛けたが、クリストファーは一度も振り返らなかった。