第二王子の初恋9
本の収集は、当初クリストファーが予想していた程スムーズには進まなかった。
図書室の貸出名簿を元に、本の貸出先の各文官の元へ走らせた侍従がクリストファーの部屋へ戻って来た時、その手に抱えられている本はたったの一冊だった。
「何故、これしかないのだ!」
目の前に差し出された貴族名鑑を見下ろしながら詰問するクリストファーに、侍従は小さくなりながら答える。
「も、申し訳ございません。他の本は全て、業務に使用するとのことで文官から貸出を拒否されてしまいまして・・・」
「もういい、俺が行く。王子が直接出向けば文官共も嫌とは言えまい」
なにせ、自身の王位がかかっているのだ。普段は、面倒なことは人任せにすることが多いクリストファーも、この時ばかりは自分で行動することにした。
侍従を伴い各文官の元を再度訪れると、流石の彼らもは王子の命令には逆らえなかった。
用事が済み次第すぐに返してくれるよう嘆願しながら、文官達はクリストファーに本を差し出した。
ーーまったく、こんな事なら初めから自分で動けば良かった。だが、まぁいい。こうして、必要な本は手に入ったのだから。
本が揃い、意気揚々と自室へと戻ったクリストファーだったが、その翌日国王から呼び出しを受けることとなった。
「なぜ、呼び出されたかわかるか?」
入室するなり、不機嫌を隠そうともせず問いかける国王にクリストファーは首を横に振った。
「申し訳ございません。分かりかねます」
クリストファーの答えに眉間の皺をより深くした国王は呆れたようにため息をつく。
「せめて、少しは考えてから返答せよ。・・・文官達からお前への苦情が上がってきている」
その言葉で、自分の失態をようやく自覚したクリストファーは青ざめて謝罪を述べた。
「も、申し訳ございません。私の配慮が足りませんでした。直ちに文官に本を返します!」
退室の挨拶もそこそこに国王の執務室から飛び出すと、クリストファーは各文官達に本を返却すると共に謝罪してまわった。
最後の文官に本を届け終わった頃には、もう日が暮れかかっていた。
夕焼けで紅く染まる中庭を横目に自室へと歩みを進めていると、薄暗い廊下の向こうからアンジェリーナが見慣れない侍女を連れて歩いて来るのが見えた。
クリストファーに気づくと、侍女は顔を伏せながら廊下の端へと下がり、アンジェリーナはその場で優雅にお辞儀をした。
「久しいな、アンジェリーナ」
流石に無視するわけもにもいかず、声を掛ける。
「御機嫌よう、クリストファー殿下。顔色が優れないようですが何かございまして?」
アンジェリーナとの仲は相変わらずギクシャクしたままだったが、今日の一件でむしゃくしゃしていたクリストファーは誰でもいいから愚痴を聞いて欲しかった。
誰かに、大変だったといたわって欲しかった。
そのままアンジェリーナを中庭のベンチに誘い、愚痴を零したクリストファーへのアンジェリーナの言葉は辛辣だった。
「まぁ、それはクリストファー殿下の配慮が足りませんでしたわね」
「お前に、慰めの言葉を期待した俺が愚かだった」
もう用は無いとばかりに立ち上がるクリストファー。そのまま、中庭を出ようとするクリストファーの背中に後ろからアンジェリーナが声をかける。
「お探しの本でしたら、王都の王立図書館にもあるかもしれません。それでしたら、文官の方達にもご迷惑がかからないのでは?」
思わぬ助言に後ろを振り返ると、丁度ベンチから立ち上がったアンジェリーナが別れの挨拶の為、お辞儀をするところだった。
「殿下のご検討をお祈りしております。それと・・・・」
「それと、なんだ?」
「先日のクリストファー殿下のお誕生日に差し上げた贈り物。役立てて下さいませ」
「贈り物?あの本のことか?それは、どういう・・・・」
「これ以上は、私の口から申し上げることは出来かねます。それでは、御機嫌よう」
クリストファーの言葉を途中で遮ると、意味深に微笑んだアンジェリーナはそのまま侍女を伴って中庭から出ていった。
一人残されたクリストファーは、少し離れた場所で待機していた侍従が痺れを切らしてクリストファーを呼びに来るまで、中庭のベンチでアンジェリーナの言葉の意味を考え続けたのだった。