第二王子の初恋8
フェルディナンドがいたのは、ちょうど貴族名鑑が収められている書棚の前だった。
後ろの書棚に背を預け、左腕に抱えた分厚い本の捲るフェルディナンドの足元には何冊かの本が積み上げられている。
各貴族の領地の税収や産業、交易について纏められた本等、クリストファーにとっても必要そうな本ばかりだった。
図書室の本は大体の物が複数冊ある筈だが、王宮内の図書室は各部署の文官達も利用している為、目当ての本がない可能性も十分ある。
フェルディナンドの肩の向こうに貴族名鑑がまだ残っているのを目視で確認し、他の本の有無を確認に向かったが、案の定必要な本は全て出払っていた。
--一足遅かったか。まさか先に必要そうな本を殆どとられているとは・・・
一先ず貴族名鑑だけでも確保する為に貴族名鑑の書棚まで戻ると、フェルディナンドが侍従に集めた本を自室まで運ぶよう支持しているところだった。
よく見ると、侍従は同じ本を二冊づつ持っているようだった。
「おい。何故同じ本を持って行こうとしている。俺も同じ本が必要なのだから、こちらに寄越せ」
だが、それに対するフェルディナンドの返答は素っ気ないものだった。
「悪いが、本の記述が間違っている可能性がある。確認用に全て二冊必要だ」
そう言って左腕の植物図鑑を抱え直すと、侍従を伴い図書室を出ようとするフェルディナンド。
すれ違いざまに反射的にその腕を掴んだクリストファーだったが、フェルディナンドを説得する言葉が出てこない。
疑り深いフェルディナンドの性格を考えると、クリストファーが何を言ったところで納得などしないだろう。
クリストファーが忌々しげに舌打ちしたきり何も言ってこないと分かると、フェルディナンドは掴まれた腕を振りほどき再び図書室の入口へと向かう。
ーーくそ、もっと早く図書室に来ていれば!!!
フェルディナンドに対し大きく出遅れたことを歯噛みしていると、そのまま図書室を出ていくかと思われたフェルディナンドがふと足を止めて、肩越しにクリストファーの方へと振り返る。
「同じ本が必要なら、図書室の名簿を見ればいい。誰がいつ、どの本を借りて行ったかが書いてある」
わざわざ助言を与える主に、フェルディナンドの侍従が驚いた顔をしたが、フェルディナンドは何でもないように言葉を続ける。
「本を独占することに対して、俺も思うところが無いわけじゃない。それに、勝負は公平にしないと面白くないしな」
「礼は言わないからな」
「別にそんなもの求めてはいない」
そう言い残すと、今度こそフェルディナンドは侍従を連れて図書室から出て行った。
フェルディナンドが出ていくとすぐに、クリストファーは図書室の外に待機させていた侍従を呼びつけ、貸出名簿を探させた。
この名簿を元に必要な本を借りて行った文官を割り出し、侍従に本を取りに行かせる。そうすれば、すぐに手元に必要な本を揃えられるだろう。
思わぬ解決策に安堵したクリストファーだったが、その数日後、何も疑わずにフェルディナンドの助言を聞き入れたことを激しく悔することになるのだった。