第二王子の初恋7
翌日クリストファーは朝から執務室に籠り、リストの名前を自分の分かりやすいように並べ替えていた。
第一王子派、第二王子派、中立派の派閥ごとに名前を分けた後、さらに学年順、爵位順に並べ替えた名前を羊皮紙に記していく。
リストの名前を派閥ごとに整理しながら気付いたことだが、所謂中立派と呼ばれる貴族の家は、クリストファーが想像していた以上の数だった。そして、その内の殆どがアンジェリーナの家、ローゼンクロイツ公爵家に縁のある家で、残りは国境付近に領地を持つ伯爵以下の貴族の家だった。
──まぁ、中立派はさほど気にする必要はあるまい。ローゼンクロイツ公爵家の後ろ盾があれば何とでもなる。それに、どちらにも味方しないということは、裏を返せば俺とフェルディナンドのどちらが王位を継いでも構わないということだ。王位にさえ着いてしまえば、自然と奴らも俺に忠誠を誓うだろう。それよりも、問題はいかに第一王子派の貴族達をこちら側に引き込むかだ。
執務机の端に置かれたティーカップを引き寄せて紅茶を一口、口に含む。長時間放置されていた紅茶は既に冷め切っていた。
新しい紅茶を侍女に準備させようかと呼び鈴に手を伸ばしかけたが思い直し、クリストファーは椅子から立ち上がった。
――もう少し、貴族達の詳細な情報が欲しいな。確か、城内の図書室に貴族名鑑があったな。気分転換も兼ねて、図書室まで行ってみるか。
大きく伸びをして凝り固まった肩をほぐすと、クリストファーは執務室を出た。扉の外で待機していた護衛の騎士に城内の図書室へ行く旨を短く伝えると、そのまま護衛を従えて歩き始める。
廊下の右側には中庭に面した大きな窓が並んでおり、天気もいいので、クリストファーは中庭は眺めながら図書室へ向かうことにした。
右頬に窓から差し込む日差しを浴びながら中庭を見下ろすと、庭師達が植込みの手入れをしていた。
ぼんやりと中庭を眺めながら廊下を歩いていると、前方から人の話し声が聞こえてきた。廊下の先に視線をやると、国王が数名の護衛の騎士と侍従と共にこちらに向かって歩いてくるのご見える。
いつの間にか国王の執務室の前まで来ていたらしい。
そのまま、執務室の重厚な扉の前で国王が歩いてくるのを待っていると、こちらに気づいた国王が声をかけてきた。
「おぉ、クリストファーか。こんなところで、どうした?」
「貴族名鑑が必要になったので、図書室へ行こうとしておりました」
「ふむ、昨日渡した王立学院の生徒のリスト、早速活用しておるようなだ」
嬉しそうに顔を綻ばせる国王に、クリストファーは昨日から聞いてみることにした。
「父上、そのリストの件ですが、記載漏れがございました」
クリストファーの言葉に、国王は不思議そうに首を傾げて答えた。
「はて、王妃と共に確認したが、特におかしな点はなかったぞ?」
「アンジェリーナの名前がリストに記載されていないようなのですが・・・」
「あぁ、そのことか。それは記載漏れではない。初めからアンジェリーナの名はリストには載せておらぬ」
国王の答えに、クリストファーは目を見開き理由を問いただそうとした。
「父上、それはどういうことですか?」
「私の口から答えられるのはここまでだ。後は自分で考えることだ、クリストファー」
そう告げると、国王は大量の書類を抱えた侍従と共に執務室に入っていった。
国王の後ろ姿が執務室の扉の向かうに消えるのを見送り、クリストファーは再び図書室に向かって歩き出した。
――初めからアンジェリーナの名前はリストから外されていた?いったい、どういうことだ?
アンジェリーナの名前が意図的にリストから外されていたというならば、恐らくリストの名前の順番自体にも何らかの意味があるはずだ。疑問が解決するどころか、更に謎が増えていく。
眉間に深いしわを寄せながら、ようやく城内の図書室にたどり着いたクリストファーであったが、図書室に入り、林立する書棚の間にフェルディナンンドの姿を見つけた瞬間盛大に顔をしかめ、眉間のしわが更に深くなるのを感じた。