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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
9/50

9・親父はM(エム)なのか。

 蒸し暑い。

 梅雨明けを宣言されたのは、何日前のニュースだったか。

 晴れの日が続いてるけど湿気は消えてない。

 放課後も照りつける太陽の下、紫乃花さんと住宅地を歩く。

 アスファルトの照り返しもキツかった。

 高校とマンションの近さが救いだ。

 なのに、早くクーラーの効いた部屋に飛び込みたいと思う気持ちと同じくらい、このままふたりでどこまでも歩き続けたいと思う気持ちがあった。

 まあ紫乃花さんが疲れてっから、そんなことできやしねぇがな。


「巽さん、大丈夫スか?」

「心配してくださって、ありがとうございます」


 部活動を見学するのもいいんじゃねぇかと思ってたんだが、さすがに初日は疲れるらしい。少し足取りが覚束なかった。

 おぶるくれぇの力はある。でもなあ、んなこと言い出せねぇよなあ。

 俺はバス停の前で立ち止まり、自販機でお茶のペットボトルを購入した。

 行きつけの特売スーパーならもっと安い。家から用意してくりゃ良かったぜ。

 ベンチに彼女を座らせ、蓋を開けたペットボトルを渡す。

 バス待ち用のベンチだが、紫乃花さんが回復するまで借りててもかまわないだろう。

 龍神だって熱中症になるかもしんねぇから、気ぃつけないとな。

 白い喉を動かしてお茶を飲む彼女から、俺は目が離せない。しし、心配だからだぜ?

 熱中症、マジ危険!


「ごちそうさまでした。乾さまもどうぞ」

「へ?」


 水分を補給した彼女は、俺にペットボトルを戻してきた。

 欲しくて見てたと思われたのか?

 いや、喉が渇いてねぇとは言わねぇよ?

 初夏だし、蒸し暑いし、アスファルトの照り返しが痛いくれぇだし。

 でもこれって、でもこれって、かかか間接、間接なんとかじゃん!

 俺は、ふうと溜息を漏らした彼女に、ペットボトルを突っ返す。


「乾さま?」

「……これは巽さんが全部飲んでください。まだ全快には見えねぇんで」

「ごめんなさい。……わたし、昨夜は徹夜してしまったんです。学校へ行くのが楽しみすぎて。実際に行ってみたら想像しているよりも楽しかった。ふふっ。同じ年ごろの子どもが、あんなにたくさんいるのを見たのは初めて! それに……乾さまもいらっしゃったし」

「そっすか」


 俺は自販機で、自分のお茶を購入した。

 お茶を飲みながら、ペットボトルの中身を空にして唇の雫を舐め取る紫乃花さんを見つめていたら、なぜか噎せてしまった。お茶を彼女の顔に吹き出さなくて、マジ良かった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「姉上、乾殿!」


 マンションに帰って巽さん家の扉を開けると、ドタドタと紅太が走ってきた。

 小学一年生の授業が終わるのは早い。

 まだ友達もいねぇから、退屈してたんだろう。

 クーラーをセットして登校したんで、部屋の中は涼しい。

 熱中症は室内こそ危険っつうから、気ぃつけねぇと。


「ただいま。紅太、小学校はどうでした?」

「フツー」


 龍神の坊ちゃんのフツーってなんだ?

 紅太は瞳を煌かせて、俺を見た。


「乾殿、テレビを観たぞ。絵が動いていた。あれはどういう術だ」

「絵が動く? ああ、アニメのことだな。そうか、初めて観るのか」


 そりゃ驚くな。

 俺は紅太の興奮に納得して、ひとり頷いた。

 紫乃花さんが首を傾げる。


「絵が動くのですか?」

「うん! 漫画みたいだけど、もっと面白い。母上がご覧になっていた、恋愛ドラマなんかより面白いぞ。もう終わってしまったが、次はいつあるのかな?」

「来週の同じ曜日だろ。再放送なら毎日あるかもしんねぇが……ん? 恋愛ドラマ? もしかしてテレビ、観たことあるんスか?」

「はい。お母さまが霊力を注いでご覧になっていました。中身は、こちらで放送されているものを無理矢理引っ張ってきていたようです」


 驚いた。

 紫乃花さんが電子レンジに霊力注いだのは、お袋さんの真似だったのか。

 そういや朝、紅太にテレビ観てろと言ったとき、なんの質問も出なかったっけ。

 テレビなら恋愛漫画にも出てくると思って不思議に思わなかった。

 異界にはテレビ局も発電所もねぇだろうに、龍神の長すげぇ。紫乃花さんが電子レンジ爆発させたのは、霊力の制御が下手だったからってことかな?

 でもこっそり観てることがバレたら、受信料回収に行きそうな会社があるぞ。


「不治の病にかかったり実は兄妹かもしれなかったりで、わたしはドラマチックで面白いと思ったのですが、紅太にはつまらなかったようですね」

「まあ好みはそれぞれっすから」

「乾殿!」


 紅太が飛びついてきた。


「余は退魔師のアニメ? が気に入った! 札から式神を出しててカッコ良かった!」


 しゃべりたくてしょうがないらしい。

 潮んとこの弟もこんな感じだ。ひとりでまくし立ててくる。

 それはともかく、退魔師が出てくるアニメなんかやってたっけ?


「敵は悪い退魔師なのだが、札……アニメではカードと言っていた……を出すときのルールは守るのだ。あのカード欲しいのう」


 ふと気づく。俺がガキのときからやってるヤツか?

 アニメは主役交代して続いてるんだったっけか。

 おうおう、昔好きだったぜ!

 五行ごぎょうことわりを下敷きにした和風のカードゲームを主題にしてるから、プレイヤーが退魔師ってのも当たらずも遠からずってとこだな。自ら陰陽師と名乗るプレイヤーもいた。

 そうだよ、『隠行おんぎょう』はコレで知ったんだ。

 『隠行』は裏側守備表示で、表側攻撃表示が『急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』だ。自陣九マスの、丑寅うしとらたつみ未申ひつじさるいぬいで五芒星を作ると特殊技『百鬼夜行ひゃっきやぎょう』が発動する。


「アニメだからモンスターが飛び出すだけで、実際はただのカードゲームだぜ」

「カードゲーム? 札遊びということだな。……花札?」


 龍神の長さま、テレビはOKでトランプはダメな基準がわかんねぇっす。

 ま、どこの親も理不尽なもんだ。

 ガキのころ風呂の後で食おうと思っていたアイスを、甘党の親父に何度盗み食いされたことか。親に貰った金で買ったんだし、言えばわけてやるのによ。

 ……そういや親父、後でお袋に叱られながら鼻の下伸ばしてなかったか?

 嫌な結論が出てきそうな気がして、俺はこの件を追及するのをやめた。


「モンスターが飛び出さなくてもいいんなら、俺が昔集めてたの持ってきてやるけど?」

「うむ!」

「んじゃ巽さん俺、紅太にカード持ってきたらスーパーへ買い物に行ってきます。今日は刺身が特売なんです」


 毎日なにかが特売の安売りスーパーだ。

 スナックやアイスは下のコンビニで買うが、食事の材料はスーパーで買う。

 買い物から帰ってきたら、朝セットしてった米がタイマーで炊けてるはずだ。

 今夜みんなで手巻き寿司をするということは、もう決まっている。


「待ってください、乾さま。わたしもお買い物に行きたいです」

「でも……」


 本当は学校帰りに寄ろうかと思っていたんだが、彼女が疲れてたんでやめにした。


「お茶を飲んで回復しました。連れてってください」

「わかりました。無理はしないでくださいね。俺が来るまでに楽な格好に着替えていてください。あ、いや、べつに焦らずゆっくりでいいっす!」


 買い物の仕方も教えておかなくちゃだしな。


「紅太も来るか?」

「そんなことより、早くカード!」


 カード渡したら夢中になって、ひとりで留守番するとか言い出しそうだ。

 そうしたら俺と紫乃花さんがふたりきりで買い物か……ふへへ。


「どうしたのだ、乾殿。鼻の下が伸びておるぞ?」

「……なんでもねぇよ」


 俺は、龍神の坊ちゃんの髪をグシャグシャにしてやった。

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