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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
8/50

8・三バカトリオって『三』と『トリオ』がかぶってね?

「ゴリ先輩!」


 渡り廊下の柱の横に立っていたのは、巨漢の三年生だった。

 この高校をシメてる番長だ。

 典型的な逆三角形の体つきで胸板が厚い。身長も二メートル近ぇ。

 本名は猿藤えんどうだが、みんなゴリ先輩とかゴリ番長とか呼んでいる。

 なぜかというと、俺と親父とゴリ先輩が並んで歩いていたら、たぶんだれかに通報されてしまう感じだからだ。

 でも、ゴリ先輩は笑うと和やかな雰囲気になる。今も初対面の紫乃花さんのために、迫力のありすぎる顔に笑みを浮かべてくれた。


「コレか?」


 ……うっ。

 小指を立てられて、俺は左右に首を振り回した。

 ゴリ先輩は良い人なんだけど、ちょっと言動が古い。


「と、隣の、隣の住人っす。転校して来たばかりなんで、先輩も気をつけてやってもらえますか? 巽さん、この人は猿藤先輩っつって……」


 彼女の視線が射ているものに気づく。

 渡り廊下の柱の後ろ、影のように佇んでいる人物。

 二年を仕切ってる七尾さんだ。

 俺と変わんねぇ百七十センチ前後の身長で、なんかシュッとしてる。

 ゴリ先輩の右腕と称されていて、実際いつも側にいた。


「……ケダモノ……」

「え?」


 紫乃花さんの呟きに目を見張る。

 どういう意味だ?

 七尾さんは切れ長の目をしたイケメンで、女子に人気がある。

 だがチャラついた要素はまるでなく、ゴリ先輩に忠誠を尽くすストイックな不良だ。

 潮と違って女子に冷たいので、勘違い女の被害も受けてない。

 ゴリ先輩の誘いを断って一匹狼を気取ってる俺は、彼に嫌われていた。

 入学したてのころの俺は、クールなこの人に憧れたりしてたんだけどな。

 七尾さんは今も冷たい眼光を──あれ? 紫乃花さんに向けている?

 艶を含んだ低い声が、憎々しげに吐き捨てた。


「……長虫が……」

「虫がいるのはそちらでしょう。有名ですわ、エキノコックス」

「ふざけんな、道明寺。猿藤先輩に近寄ったらタダじゃおかねぇからな」

「それはこちらの言葉です。乾さまに妙な真似をしたら、命はないと思いなさい。わたしはお母さまほど甘くはありません」

「昔のことをグダグダと。んなんだから、お前の母親は捨てられたんだよ」


 七尾さんは、左手の腕時計をいじってる。

 この人がイラついてるときのクセだ。

 空気が張り詰めていく。ふたりの間に火花が散っていた。

 な、なんの話だ? 紫乃花さんの母親って龍神の長だろ?

 ゴリ先輩が太い眉をひそめた。


「……七尾」

「猿藤先輩」

「彼女に謝れ。普段から、女子に対するおぬしの言動は目にあまる」

「……っ」


 七尾さんは悔しそうな表情で、紫乃花さんに頭を下げた。

 マジ、ゴリ先輩には忠実なんだよな。

 紫乃花さんが、ほう、と小さく息を吐く。


「いいえ、わたしも失礼いたしました。乾さま、猿藤先輩さま、申し訳ございません」


 彼女もぺこりと頭を下げて、なんとなくその場は収まった──んだと思う。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……巽さん」


 ふたりと別れて校舎に入り、俺は彼女に呼びかけた。


「はい、なんでしょう」


 階段横の空間に入り、顔を合わせる。

 七尾さんと睨み合っていたのが幻だったかのように、紫乃花さんは優しく微笑む。

 ……可愛い。あ、いや、客観的に見て、だ。

 なんでしょうと尋ねられて、俺は気づく。

 これは聞いてもいいことなのか? ひとり悩む俺を見て、紫乃花さんは察したようだ。


「先ほどはすみませんでした。あの四つ足……いえ七尾先輩は、お母さまの最初の許婚、同じ龍神で幼なじみだった方を奪ったメスの身内なんです」


 結構、重っ!


「お母さまが人間界こちらの情報を隠していたのは、たぶんそのせいもあるのだと思います。……わたしも、ついカッとなってしまって」


 ふうん。龍神の許婚を人間の女に盗られたってことか。

 そりゃ人間の夫も心配でしょうがねぇか。

 紫乃花さんが人間界こっちに来たのは初めてだって聞いてるから、七尾さんが身内と一緒に異界を訪問したのかね。


「はしたないところをお見せしました」


 しょぼんとうな垂れる紫乃花さんの頭を、俺はぽんぽんと撫でた。

 なんだか子どもみたいで可愛く感じたからだけど、ちょっとマズかったかな。

 目を丸くして、彼女が顔を上げる。


「……乾さま?」

「わ、悪ぃ。その……俺なんか不良でケンカばっかしてて、でも巽さんはカッとなったけどちゃんと謝ったじゃんか。だからもう気にすんなよ。同じ学校だからまた会うかもしんねぇが、今度は礼儀正しく対応すればいい」

「はい!」


 彼女の笑顔に、安堵しつつも胸がざわめく。

 なんだよ、コレ。コレってやっぱアレなのか?

 『は』で始まって『い』で終わるヤツ! 『ハワイ』じゃねぇぞ。


「「「げ」」」


 『げ』じゃねぇよ、『は』で始まって──あ、三バカトリオ。

 渡り廊下の方向から、頭を押さえたヤツらが入ってくる。

 昨日のことがバレて七尾さんに殴られたと見た。

 二年生三人がかりで一年ひとりに負けたなんてお笑い草だ。

 どこにいたんだろ。ま、裏庭っつっても広いしな。


「「「あ」」」


 中肉中背の三人組が紫乃花さんに気づく。


「「昨日のカワイコちゃん!」」

「ボインちゃん!」


 古っ! 目がハートマークになってんのも古っ!

 ……んで最後のヤツ、紫乃花さんをエロい目で見たら今度は頭かち割るぞ。

 紫乃花さんは、三バカトリオに頭を下げた。


「昨日はありがとうございました。わたしが説明しなかったせいで、乾さまとケンカになってしまって、申し訳ありませんでした」

「あ、いや……なあ?」

「うん、あれは俺らも……」


 俺ら『も』?

 てめぇらが一方的に悪ぃんだよ。

 紫乃花さんに絡んでると誤解した俺がどうこうする前に、暴力に訴えようとしてきたのはそっちだろうが。


「おい!」


 謝る気のなさそうなひとりが、俺を睨みつけた。


「てめぇが妙なこと言うから、『感想』の『カン』の字間違えて、セン公に叱られちまったじゃねぇか」


 コイツが勘違いしてることに、ほかのふたりは気づいてなかったもんな。

 てか不良のくせに、セン公に叱られたって……はあ。

 溜息をついて、俺は三バカトリオに頭を下げた。

 三人は息を飲み、怯えた顔で見つめてくる。睨んできたヤツもだ。


「あー……先輩にバカとか言ってすんませんっした」


 紫乃花さんに偉そうなこと言っといて、自分が煽ってたんじゃ情けねぇ。

 顔を見合わせてから、みっつの頭が揃って頷く。


「お、俺らもお前の名字間違えて悪かったよ」

「三人がかりで襲いかかったのも、先輩のするこっちゃなかったよな」

「ゴメン。本当はほかの字も間違えてたんだ。もっと漢字の書き取りするぜ」


 ……ひとり、なんか違う。

 けどまあ、これで手打ちかな。

 無駄に敵作って、紫乃花さんを巻き込みたくはねぇ。

 彼女が龍神のお姫さまでも関係ねぇ。それが俺みてぇな硬派の美学さ。

 一年の教室は上の階、二年は下の階で三年は渡り廊下の向こうの新校舎だ。

 俺らは先輩トリオと別れて階段を上った。

 でも『感想』の意味考えたら、『カン』じゃおかしいってわかるよなあ?


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