8・三バカトリオって『三』と『トリオ』がかぶってね?
「ゴリ先輩!」
渡り廊下の柱の横に立っていたのは、巨漢の三年生だった。
この高校をシメてる番長だ。
典型的な逆三角形の体つきで胸板が厚い。身長も二メートル近ぇ。
本名は猿藤だが、みんなゴリ先輩とかゴリ番長とか呼んでいる。
なぜかというと、俺と親父とゴリ先輩が並んで歩いていたら、たぶんだれかに通報されてしまう感じだからだ。
でも、ゴリ先輩は笑うと和やかな雰囲気になる。今も初対面の紫乃花さんのために、迫力のありすぎる顔に笑みを浮かべてくれた。
「コレか?」
……うっ。
小指を立てられて、俺は左右に首を振り回した。
ゴリ先輩は良い人なんだけど、ちょっと言動が古い。
「と、隣の、隣の住人っす。転校して来たばかりなんで、先輩も気をつけてやってもらえますか? 巽さん、この人は猿藤先輩っつって……」
彼女の視線が射ているものに気づく。
渡り廊下の柱の後ろ、影のように佇んでいる人物。
二年を仕切ってる七尾さんだ。
俺と変わんねぇ百七十センチ前後の身長で、なんかシュッとしてる。
ゴリ先輩の右腕と称されていて、実際いつも側にいた。
「……ケダモノ……」
「え?」
紫乃花さんの呟きに目を見張る。
どういう意味だ?
七尾さんは切れ長の目をしたイケメンで、女子に人気がある。
だがチャラついた要素はまるでなく、ゴリ先輩に忠誠を尽くすストイックな不良だ。
潮と違って女子に冷たいので、勘違い女の被害も受けてない。
ゴリ先輩の誘いを断って一匹狼を気取ってる俺は、彼に嫌われていた。
入学したてのころの俺は、クールなこの人に憧れたりしてたんだけどな。
七尾さんは今も冷たい眼光を──あれ? 紫乃花さんに向けている?
艶を含んだ低い声が、憎々しげに吐き捨てた。
「……長虫が……」
「虫がいるのはそちらでしょう。有名ですわ、エキノコックス」
「ふざけんな、道明寺。猿藤先輩に近寄ったらタダじゃおかねぇからな」
「それはこちらの言葉です。乾さまに妙な真似をしたら、命はないと思いなさい。わたしはお母さまほど甘くはありません」
「昔のことをグダグダと。んなんだから、お前の母親は捨てられたんだよ」
七尾さんは、左手の腕時計をいじってる。
この人がイラついてるときのクセだ。
空気が張り詰めていく。ふたりの間に火花が散っていた。
な、なんの話だ? 紫乃花さんの母親って龍神の長だろ?
ゴリ先輩が太い眉をひそめた。
「……七尾」
「猿藤先輩」
「彼女に謝れ。普段から、女子に対するおぬしの言動は目にあまる」
「……っ」
七尾さんは悔しそうな表情で、紫乃花さんに頭を下げた。
マジ、ゴリ先輩には忠実なんだよな。
紫乃花さんが、ほう、と小さく息を吐く。
「いいえ、わたしも失礼いたしました。乾さま、猿藤先輩さま、申し訳ございません」
彼女もぺこりと頭を下げて、なんとなくその場は収まった──んだと思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……巽さん」
ふたりと別れて校舎に入り、俺は彼女に呼びかけた。
「はい、なんでしょう」
階段横の空間に入り、顔を合わせる。
七尾さんと睨み合っていたのが幻だったかのように、紫乃花さんは優しく微笑む。
……可愛い。あ、いや、客観的に見て、だ。
なんでしょうと尋ねられて、俺は気づく。
これは聞いてもいいことなのか? ひとり悩む俺を見て、紫乃花さんは察したようだ。
「先ほどはすみませんでした。あの四つ足……いえ七尾先輩は、お母さまの最初の許婚、同じ龍神で幼なじみだった方を奪ったメスの身内なんです」
結構、重っ!
「お母さまが人間界の情報を隠していたのは、たぶんそのせいもあるのだと思います。……わたしも、ついカッとなってしまって」
ふうん。龍神の許婚を人間の女に盗られたってことか。
そりゃ人間の夫も心配でしょうがねぇか。
紫乃花さんが人間界に来たのは初めてだって聞いてるから、七尾さんが身内と一緒に異界を訪問したのかね。
「はしたないところをお見せしました」
しょぼんとうな垂れる紫乃花さんの頭を、俺はぽんぽんと撫でた。
なんだか子どもみたいで可愛く感じたからだけど、ちょっとマズかったかな。
目を丸くして、彼女が顔を上げる。
「……乾さま?」
「わ、悪ぃ。その……俺なんか不良でケンカばっかしてて、でも巽さんはカッとなったけどちゃんと謝ったじゃんか。だからもう気にすんなよ。同じ学校だからまた会うかもしんねぇが、今度は礼儀正しく対応すればいい」
「はい!」
彼女の笑顔に、安堵しつつも胸がざわめく。
なんだよ、コレ。コレってやっぱアレなのか?
『は』で始まって『い』で終わるヤツ! 『ハワイ』じゃねぇぞ。
「「「げ」」」
『げ』じゃねぇよ、『は』で始まって──あ、三バカトリオ。
渡り廊下の方向から、頭を押さえたヤツらが入ってくる。
昨日のことがバレて七尾さんに殴られたと見た。
二年生三人がかりで一年ひとりに負けたなんてお笑い草だ。
どこにいたんだろ。ま、裏庭っつっても広いしな。
「「「あ」」」
中肉中背の三人組が紫乃花さんに気づく。
「「昨日のカワイコちゃん!」」
「ボインちゃん!」
古っ! 目がハートマークになってんのも古っ!
……んで最後のヤツ、紫乃花さんをエロい目で見たら今度は頭かち割るぞ。
紫乃花さんは、三バカトリオに頭を下げた。
「昨日はありがとうございました。わたしが説明しなかったせいで、乾さまとケンカになってしまって、申し訳ありませんでした」
「あ、いや……なあ?」
「うん、あれは俺らも……」
俺ら『も』?
てめぇらが一方的に悪ぃんだよ。
紫乃花さんに絡んでると誤解した俺がどうこうする前に、暴力に訴えようとしてきたのはそっちだろうが。
「おい!」
謝る気のなさそうなひとりが、俺を睨みつけた。
「てめぇが妙なこと言うから、『感想』の『カン』の字間違えて、セン公に叱られちまったじゃねぇか」
コイツが勘違いしてることに、ほかのふたりは気づいてなかったもんな。
てか不良のくせに、セン公に叱られたって……はあ。
溜息をついて、俺は三バカトリオに頭を下げた。
三人は息を飲み、怯えた顔で見つめてくる。睨んできたヤツもだ。
「あー……先輩にバカとか言ってすんませんっした」
紫乃花さんに偉そうなこと言っといて、自分が煽ってたんじゃ情けねぇ。
顔を見合わせてから、みっつの頭が揃って頷く。
「お、俺らもお前の名字間違えて悪かったよ」
「三人がかりで襲いかかったのも、先輩のするこっちゃなかったよな」
「ゴメン。本当はほかの字も間違えてたんだ。もっと漢字の書き取りするぜ」
……ひとり、なんか違う。
けどまあ、これで手打ちかな。
無駄に敵作って、紫乃花さんを巻き込みたくはねぇ。
彼女が龍神のお姫さまでも関係ねぇ。それが俺みてぇな硬派の美学さ。
一年の教室は上の階、二年は下の階で三年は渡り廊下の向こうの新校舎だ。
俺らは先輩トリオと別れて階段を上った。
でも『感想』の意味考えたら、『乾』じゃおかしいってわかるよなあ?




