7・おかか、梅干し、明太子。
午前中の授業が終わって、昼休みがやって来た。
俺は不良だが、授業はちゃんと受ける。学校もサボらない。小学校のころから無遅刻無欠席の皆勤賞ホルダーだ。
……俺、不良だよな?
髪染めてねぇしアクセつけてねぇし、あんま教師に注意されたこともねぇけど、ケンカしてるもんな。うん、不良不良。
んなこたぁともかく、俺は隣を窺った。
巽さん家の紫乃花さんが教科書とノートを片づけている。
学校は初めてらしいけど、特に困ったことはなかったようだ。
てか龍神だからって、1+1が3になったり4になったりはしねぇわな。
言葉もフツーに通じるし。
問題は昼休みだ。
彼女に注がれる視線を眼力で弾き飛ばして、鞄から弁当を取り出す。
渡さねぇほうがいいのかな。朝のことで俺らは注目されている。
授業中も、くすくす笑い声を漏らしながら、視線を送ってくる女子がいた。
人と違うことを欠点と決めつけて貶めるような女子に、人と違いすぎる紫乃花さんは任せられねぇ。かといってこのまま、俺とだけつき合うのも問題だ。
俺は一匹狼で、硬派な不良だしな。
「……お弁当……?」
鈴を転がすような声が耳朶を打ち、反射的に顔を上げる。
俺と目が合って、彼女は頬を染めた。
「あ、ゴメンなさい。ふたつあったから……いえ、なんでもありません。少々図々しいことを考えてしまっただけです」
耳まで赤くして俯く。
べつに図々しくなんかねぇ。
アンタは人間界が初めてで、俺は親父に世話を頼まれてる。
教室中が聞き耳を立てているのを感じつつ、俺は尋ねた。
「よ、良かったら、一緒にどうっすか? 作りすぎちゃったんで」
紫乃花さんは、花が咲くかのように笑った。
一瞬教室にいることも忘れて、天にも昇る気持ちになる。
空も飛べそうって、こういう感覚かな。
いや、べべべつに彼女に対して特別な感情があるわけじゃねぇけど?
女子の集団に引きずられていく潮が、弁当箱ふたつって作りすぎにもほどがあるんじゃないのー? と視線で突っ込んでくるのは無視する。
どうせすぐ廊下に出て、見えなくなったし。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日はおにぎり弁当だ。
おかかに梅干し、明太子。
オカズは、この前ハンバーグを作ったとき、ついでに作って冷凍してたミートボールと、常備菜のレンコンきんぴら、ブロッコリーのピクルス。デザートは朝摘みトマト。本当は果物を入れたかったんだが、今年は梅雨が長かったから、まだ果物高いんだよな。
ミートボールにきんぴらのニンジン、デザートのトマトと、赤が多いのが気になる。
ほぐしてご飯と混ぜた明太子もピンクだし。
配色は大事だろ。
──だけど、
「美味しいです!」
紫乃花さんは夢中で完食してくれた。
「ちょっと甘めのミートボールに、ピリッと辛いきんぴら。ブロッコリーは酢の物なんですね。おにぎりも甘みのあるおかかに辛い明太子、酸っぱい梅干しとアクセントが効いていて、お箸が止まりませんでした」
トマトが甘くてびっくりした、と笑う。
「ごちそうさまでした」
今朝の登校途中に聞いた。異界でも花見して弁当食べたりするらしい。
だけど大きな重箱をみんなでつつく形式なので……もちろん、それはそれで楽しいんだろうが……自分専用の弁当箱自体が嬉しかったみてぇだ。
……うん。まあ、良かった。
今度ミートボール作るときは、コーンかグリーンピースを入れると彩りが良くなるかもしんねぇ。彼女が嫌いじゃないか確認しとこう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さすがに衆人環視の中じゃ食べられねぇんで、俺らは裏庭で弁当を食べた。
梅雨も終わったし、屋上のほうが気持ち良さそうなんだが、いくら鍵が壊れて出入り自由とはいえ、屋上は本来立ち入り禁止だ。不良の俺はともかく、転校初日の彼女を校則違反に巻き込むのは気がひけた。
不良がたむろしてねぇときは、パンピーの生徒も入り込んでんだけどな。
弁当を食べ終わった俺たちは教室への帰路についた。
「……」
「……」
沈黙が続いている。
なんか話さなきゃと思うのに、言葉が出てこない。胸がいっぱいなんだ。
俺はふたり並んで歩いてるだけで楽しいけど、紫乃花さんは違うよな。
転校初日で緊張してるだろうし……どっかに話題転がってねぇ?
本当は話すこと、話さなきゃいけないことは山ほどある。
彼女のこれまでやこれから、そう、掃除洗濯はどうするのか、黒焦げの残骸と化した電子レンジは粗大ゴミなのか可燃ゴミなのか。うちの市町村は電池さえ抜けばプラや金属のオモチャも可燃ゴミだから、可燃ゴミでイイのか。
粗大ゴミはハガキで申し込んだりして大変なんだよ。
あ、そうだ。うちにゴミの日カレンダー残ってたっけ。渡しとかねぇと。
「よお、乾」
渡り廊下を通りかかったとき、渋い声に呼び止められた。




