6・隣のあの娘(コ)は転校生。
「ちーっす」
入ると、教室の喧騒が一瞬やんだ。
俺ぁ不良だからな。
もっとも本当に一瞬で、すぐにざわめきが戻る。
俺は一匹狼だ。クラスメイトを恐怖で支配したいわけじゃねぇから、それでいい。
窓際最後尾、自分の席に座って机の上に足を置く。
ふたり分の弁当が入って、いつになく膨らんでる鞄は、机の横に引っかけた。
ん? これは……ああ、そうだよ!
登校中に渡そうと思ってたのに、緊張して渡せなかったんだよ!
「ふわあ……おはよ、ユッキー」
隣の席の潮が、アクビしながら顔を上げる。
小学校から一緒の幼なじみは茶色い頭のチャラ男だ。
つっても地毛だし、好きでチャラチャラしてるわけじゃねぇこたぁ知ってる。
「眠そうだな」
「昨夜、カラオケでオールだったんだ」
「バカか」
夜は寝るもんだ。
潮が微笑む。まつ毛の長い整った顔は、下手な芸能人を上回る。
それが不幸の始まりだったんだよな。
「うん、俺もバカだと思う」
掠れた声で、ふふっと漏らし、潮はもう一度机に突っ伏した。
コイツはモテる。そりゃもうモテる。小学校のころからモテモテだった。
三人兄弟の真ん中で、本当は女子と遊ぶより男とケンカしてるほうが楽しいってヤツなんだが、家訓で、てかマザコンだから徹底的に女子に甘い。
それがマズかった。
女子にはときどき、好きな相手の周囲を排除することで自分が一番になれるなんて、どう考えても筋の通ってない妄想を抱くのがいるだろ?
潮の周り、なんでかそういうのが多いんだよな。
ああ、ほかの男は相手にしないのに、コイツが優しくしちまうからか。
ひとりと仲良くしてると、その子がイジワルされたりイジメられたりするんで、コイツは今のチャラ男になったんだ。だれとでも仲良く、四方八方に愛想を振り撒いて、興味ねぇ誘いも断らない。
……ストレス溜まるわな。そのせいか学校じゃいつも寝てる。
嫉妬の標的は同性だけに留まらない。
幼なじみの俺にも矢が飛んできて、小学校の畑で育ててたサツマイモを滅茶苦茶にされたことがある。
サ ツ マ イ モ だぞ?
茎も食べれる救荒植物をボロッボロにしやがって!
女子は殴れねぇんで、結局泣き寝入りだ。
ボロボロになったサツマイモは先生と一緒に刻んで、ほかの畑の肥料にした。
小学校で飼ってたウサギにやってもいいんじゃねぇかと思ったんだが、デンプン質は良くないって説もあるって聞いて、最終的に肥料に落ち着いた。
そういやウサギ殺されたんだよな……確か外部の犯行だった。かなりショックだったけど、いや、ショックだったからか、あんまり覚えてねぇ。
殺伐とした事件が起こるのは、この土地に流れる霊脈が多すぎるせいなのかね。
「潮、今度イモまんじゅう作って遊びに行くわ」
「急にどしたの。我が家の人間はユッキーの料理好きだから、ありがたいけどね」
「そういやお前の弟、今年小学校上がったんだよな?」
「うん、一年生。俺よりユッキーに懐いてるから、来たとき遊んでやって」
俺は机に足を乗せて、ぼんやり前を向いたまま、潮は机に突っ伏した状態で会話してたら、校内にチャイムが鳴り響いて教室の扉が開いた。
消え失せた喧騒は、今度は復活しなかった。
うちの担任は、それほど怖い教師じゃないが……と俺も思ってた、今朝までは。まあそれはともかく……クラスメイトの沈黙の理由は、ヤツの後ろの女生徒にあるんだろう。
「今日は転校生を紹介する」
教壇の前で教師が止まり、女生徒を振り向く。
細く長い黒髪、真っ白ですべすべの肌、潤んだような瞳。
担任に促されて、巽さん家の紫乃花さんは黒板に名前を書く。
静まり返った教室に、チョークの音だけが響いている。
「巽 紫乃花です。よろしくお願い……」
黒板を背にした彼女の瞳が俺を捉え、大きく見開いた。
「乾さま!」
満面の笑顔だ。
って、さっき一緒に職員室行ったとき同じクラスだって聞いてただろが。
口元がひくつくのを隠したくて、俺は彼女から顔を逸らそうとした。
でもできない。だって視線を外しかけたとき、しゅんとなった紫乃花さんが視界に飛び込んできたんだ。
俺は机から足を降ろし、小さく手を上げて見せた。
「……おう」
彼女の顔に笑みが戻る。
あーあ。どうすんだ。
龍神の長の娘でも、いや龍神のお姫さまだからこそ、学校ではフツーの女友達作って楽しく過ごして欲しかったのに。不良の俺と知り合いだなんて、あんな顔するほどの仲だなんて思われちまったら、距離置かれちまうぞ。
てかその前に頬、俺の頬! 緩むな、引き締まれ!
「潮?」
いきなりゆらりと立ち上がって、隣の潮が手を上げる。
立つ前に上げるもんじゃね?
「センセー俺、日光に弱いんで廊下側の席に移っていいですか?」
最後尾廊下側に、昨日担任が用意してた無人の席がある。
今思うと、紫乃花さんのためだったんだな。
担任は少しだけ悩む振りをして、頷いた。
「ああ、いいぞ。巽はあの椅子と机を持って、乾の隣に行ってくれ」
担任は職員室で実は退魔師なんだって教えてくれた後、なるべく紫乃花さんの側にいるよう俺に頼んできた。
少し離れて見守るつもりだったけど、親父にも頼まれてるし、ま、しゃーねぇか。
てか紫乃花さん、なんだよ、あの笑顔。
光を浴びたハチミツよりもキラッキラで、スイートな表情だったぜ?
高校の間はストイックに硬派極めるつもりの俺だけど、つき合ってくれって彼女に泣きつかれたりしたら──いやいやいや!
「学校でもお隣さんですね」
「お、おう」
彼女と入れ替わりに廊下側へ移動する潮が、日光に弱いという話は初めて聞いた。
気でも遣ったつもりか? お前、毎年夏休みには田舎へ行くって女子の誘いを断って、家で裸で日光浴してはお袋さんに怒られてんじゃん。
変に勘ぐんなよ、俺らはそんなんじゃねぇ。
でも今度遊びに行くとき、イモまんじゅうと一緒にお前の好きなイモけんぴ、山ほど作ってってやるからな。べ、べべべつにお礼とかじゃねぇけど!




