14・闇へと下る。
「……怒らないんですか?」
紅太たちの待つフードコートへ向かいながら、紫乃花さんが口を開いた。
しっかし人が多いな。先に上の階へ上がっとこうか。
近場の階段を探しつつ、俺は尋ねた。
「怒られてぇの?」
「違いますけど……」
彼女はしょぼんとうな垂れる。
「わたし、勇気さまに嫌われることも覚悟していました。それでも、あのときはああするべきだと思ったので」
細い手首には、もうちゃんと霊力封じの腕輪があった。
五色の布で編まれたそれを、彼女はもういっぽうの手で撫でる。
「だったら、それでいいんじゃねぇの? 俺もあの男は許せないと思ってたし、なにより先輩たちが罪を犯さなくて良かったよ」
「わたしのこと、嫌いになられてないのですか?」
「嫌いになんかなるわけねぇし」
てか好きだし。すっげぇ好きだし。……って、言えりゃ楽なのにな。
思いながら俺は、ただし、と口にした。
「さっき電話したとき、洋にーちゃんメッチャ怒ってた。俺もなんで止めなかったんだって言われたよ。怒られんの覚悟してて」
「は、はい! これからフードコートで怒られます。勇気さままで巻き込んで、申し訳ありませんでした」
「俺はいいって。それに、なんかあったってわけでもないってよ。ちょっと霊脈の動きが変わっただけで……あ」
フードコートに上がる階段を探していたら、地下駐車場へ降りる階段への入り口を見つけちまった。うちの制服姿の男が扉に入っていく。
洋にーちゃんが先輩トリオを止めろと言っていたのは、俺たちが報告したのと、三人が例の事件の真犯人を目撃していたからだった。
憎悪がはっきりしてる分、煽られやすいもんな。
三人は最初ゴリ先輩に相談したらしい。
番長の影響力で犯人を見つけてくれって。
つっても見つけたら私刑するつもりなのが見え見えだったから、ゴリ先輩は断って先代の洋にーちゃんに連絡した。洋にーちゃんは退魔師としてつき合いのある警察に注意を促した上で、三人がバカな真似しないよう気を配っていたんだ。
羊谷が興奮してたのはプレゼントを壊されたからだし、先輩トリオ以外の不良が霊に煽られても、最初っから悪事を考えてねぇ限り大事にはならない、はずだけど──
「勇気さま?」
「ゴリ先輩だ」
「まあ」
地下駐車場で待ち合わせってのも妙な気がすっけど、うちの制服であの巨体、ほかにいねぇだろ。
「先輩トリオのこと、一応伝えとこうかと思うんだが」
七尾さんが来てることは、ゴリ先輩に会ってから言うかどうか考える。
恋愛沙汰に、部外者が口挟むのもなんだしな。
紫乃花さんが頷いてくれたので、俺たちはその扉を開けた。
白い、路地の壁と同じ色の金属製の扉だ。
扉の向こうは真っ暗だった。
足元にしかライトがないのか、地下へ降りる階段だけがくっきりと見える。
大きな背中が遠ざかっていくのを追いかけて、俺は足を踏み出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どれくらい降りただろう。
辺りが暗いせいか、ひどく長く降りてるように感じた。
紫乃花さんはずっと無言だ。呪いのことで落ち込んでんだろうか。
「なあ……」
振り向いて、俺は息を呑んだ。
彼女がいねぇ。
ウソだろ? 地下駐車場へ続く階段に別れ道なんかなかった。
それに、いくら暗いとはいえ、なんで入ってきた扉も見えねぇんだ?
白い金属製の扉だった。
足元のライトを反射して、うっすら光っててもいいじゃねぇか。
俺はふと、階段を囲む壁に手を伸ばした。
見えねぇがあるはずだ。だけど指先は──
しゃがんで階段に触れてみる。
硬いようで柔らかく柔らかいようで硬い。
馴染みのある感触だ。どうやらここは、だれかの結界の中らしい。
って、だれの結界だよ!
不意に気づいて前を見る。大きな背中は、もうどこにもなかった。
「……罠?」
思わず呟いて、苦笑する。
羊谷のことを笑えねぇ。俺も現役厨二病だぜ。
しっかしどうするか。
溜息をついて、俺は階段に座り込んだ。
尻がむずがゆい。硬いなら硬い、柔らかいなら柔らかいで統一してくれ。
つってもマトモな空間じゃねぇからしょうがないんだよなあ。
思って気づく。
むずがゆいのは階段の感触のせいだけじゃねぇ。
デニムの後ろポケットから、圧を感じる。
関根か? じゃあどっかに女子がいんのか? それがこの結界の主?
七尾さんとゴリ先輩が、また俺に試練を与えようとしてるんじゃねぇよな。
さすがに二度も、んな真似されたら、俺も怒るぜ。
とはいえほかにアテもねぇし。
ポケットからパスケースを取り出す。
あ、そういや、前に親父と来たとき作ったフードコートのクレープ屋のポイントカードがあったっけ。無事に外に出られたら紫乃花さん誘ってみっか。
パフェ食ったっつっても、そろそろ腹が減るころだろ。
あっこはおかずクレープもあるしよ。
なんてのん気を装い考えてたのは、正直言って怖ぇからだった。
ケンカにゃ自信がある。でもどんなに拳やキックを振るっても、ここから逃げ出せねぇじゃんか!
今の状況で、こんな結界張るような相手、しかも女つったら、ひとりだけ心当たりがある。
──動画女だ。
小動物じゃ飽き足らず、人間まで標的にし始めたのかもしんねぇ。
親父や幼なじみのにーちゃん、学校の先輩と担任が退魔師でも、俺自身はなんもできねぇからな。あ、おまけに隣人が龍神だった。
……まあ、紫乃花さんが一緒でなくて良かったのかな。
彼女なら指一本で解決しそうな気もすっけど、怖ぇ思いや危ない目には遭わせたくねぇし。
パスケースからカードを取り出して、めくっていく。
数枚で関根が現れたが飛び出しては来ない。圧は感じんだけど。
さらにめくっていくと、小悪魔ちゃんのカードが現れた。
やっぱ紫乃花さんに似てるよなあ。
とか思って見つめていたら、カードの彼女が、ウィンクしていた片目を開けた。
「へ?」
そして、
──勇気さま。聞こえますか?
熟れた果実のように艶やかな唇が動いて、紫乃花さんの声が頭の中に響いてきた。




