11・ヤツらを探せ!
「あー……」
いい加減カードショップから引きずり出された紅太たちと別れて、不良探しに旅立った俺は、数歩歩いて足を止めた。
振り向かずに名前を呼ぶ。
「紫乃花さん」
「なんですか?」
「いや、あの、お昼食わねぇの?」
「さっきパフェを食べたところなので、まだお腹いっぱいなんです。勇気さまだって、紅太たちにそうおっしゃっていたではありませんか。あの子たちが食事している間に、気になるお店を見に行くと」
「……俺がなにしに行こうとしてるか、洋にーちゃんに聞いてるよな?」
「はい。お三方を止めに行くのでしょう? 食べもしない生き物を、わざわざ苦しめて殺すような相手でも、不良以外に暴力を振るえば罪になるから」
「まあ不良同士だからって、暴力OKってわけじゃねぇけどな」
先輩トリオがスマホを見てるだけのパンピーを殴るより、止めに入った俺を殴るほうが罪は軽いだろう。じゃれてたって言い張ってもいい。
「勇気さま」
紫乃花さんが、ひらりと俺の前に立った。
真っ直ぐ見上げてくる。
ああもう! なんてことしてくれやがる。
紫乃花さんの顔見たら、なに言われても逆らえなくなるのわかってっから振り向かなかったのに!
「わたしはあの方たちのアネゴです。それにスケバンも目指しています。不良仲間として、手伝わせてください」
可愛すぎるから、ほっぺ膨らませんなよ。
てか紫乃花さんは不良になんかなっちゃいけませんっ!
俺は必死で視線を逸らしたが、
「勇気さま!」
──このお姫さま、追ってきやがる。
俺は広げた手のひらを突き出して、彼女の顔を自分から隠した。
もちろんもう片方の手で、赤くなった自分の顔も隠す。
「わかった。そんかし危なくなったら離れてくれ。ケンカに参加しようとか思わないでくれよ? 紫乃花さんの尻尾で殴られたりしたら、俺ら死ぬから」
「ちゃんと霊力封じの腕輪をしてます。でも……」
彼女は五色の布で編まれた腕輪を手で覆う。
「苦しめられて殺され、晒しものにされた霊は傷つき狂暴になっています。スマホから飛び出して、近くにいるものすべてに襲いかかるかもしれません。そのときは、わたしの霊力を使わせてください」
そうか。そんな可能性もあんのか。
まあ洋にーちゃんが止めなかったってこたぁ、紫乃花さんが俺と一緒に行動しても問題ないってことだろう。
「わかった。そんときゃ頼む」
龍神のお姫さまが笑顔になった。
俺は彼女が笑ってんのを見るだけで、嬉しくて幸せな気分になる。
なるんだけど、なんでそんな自然に腕組むの?
そりゃ日曜のショッピングモールは人多いけど! 正午過ぎて、ますます混んできて、離れた瞬間人波にさらわれそうだけど!
肌に触れる細い指が冷たくて、心臓が口から飛び出しそうなんスけど?
……こ、この小悪魔ちゃんめ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お、さっそく発見」
五分も歩かないうちに、俺は店舗横の路地に入るうちの高校の制服を見つけた。意識して探してたせいか、紫乃花さんより早く気づいたな。
全然わかりませんでした、と恥ずかしそうに俯く彼女と一緒に路地へ入る。
怒声が耳に飛び込んできた。
「なにやってくれてんだよっ!」
──ハズレだ。
そこにいたのは羊谷と馬場+1だった。
中肉中背の先輩トリオとは、サイズが違うと思ったよ!
周りの人込みの影響で、違って見えてるだけかと思ってたよ!
つうかコイツらもスマホに囚われた霊に煽られてんのか?
洋にーちゃんは、先輩トリオを止めろとしか言わなかった。
まあ俺たちが報告したからか。
羊谷はスマホを持った男に、リボンで飾った可愛い袋を突きつけている。
さっき先輩トリオに絡まれてたのたぁべつのヤツだが、クズは複数いるらしいから、そのうちのひとりなんだろう。
馬場は少し離れた場所で立っている。
羊谷のケンカ、ってことなのかもしんねぇけど、馬場は身長が高いから、ちょっと脅しかけてるみてぇに見えた。
つうか、この状況でスマホから目を離さない男もすげぇな。
魅入られてるってことか?
先輩トリオじゃなかったからか、紫乃花さんは怪訝そうに首を傾げてる。
いや、まあ、この町に不良はたくさんいるからな。
羊谷が吠えた。
「お前が踏んづけたせいで、プレゼントが粉々なんだぞ、ゴラぁ!」
「こんな人込みで落としたそっちが悪いんだろう?」
「はあ? 人と話すときは目ぇ見ろよ!」
「うるさいな。俺は忙しいんだ、ガキ。わかった、金が欲しいんだろ。いくらだ」
男はスマホを見つめながら、片手でズボンのポケットから財布を取り出そうとしている。
羊谷は髪だけじゃなく顔まで真っ赤になって、ぷるぷると震えていた。
つってもいっつもこんなだから、霊に煽られてんのかどうかは謎だ。
……男の言うことも100%の間違いじゃねぇけど。
俺は足を踏み出した。
「んなこと言ってんじゃねっ……乾っ?」
目を丸くした羊谷の頭に手を置いて、後ろへ下がらせる。
紫乃花さんが、あ、と不満げな声を上げたが、頭撫でたわけじゃねぇから。
身長的な問題にすぎねぇから。
それと馬場、ダチのケンカに割り込んだ人間に、イヌインだ~とか言って手ぇ振んな。
俺は溜息を飲み込んで、男からスマホを取り上げた。
二十代半ばかな、どこにでもいる感じのフツーの男だった。……それが怖ぇ。
小動物が殺害される、胸クソ悪ぃ動画を映し出していたスマホの電源を落とす。
男の顔色が変わった。
「そのスマホが何万すると思ってる! このクソガキども警察呼ぶぞ!」
俺らがクソガキだってことに反論する気はねぇな。
軽くスマホを浮かばせて、投げたのと同じ手で受け取りながら言う。
「ああ、いいっすね。呼んでくださいよ、警察」
「はあ?」
「警察なら教えてくれますよ。アンタのメールがどこにも届いていないことと、『彼女』からのメールなんか来ていないことを」
「……お前、だれだ? なにを知ってるんだ?」
「さぁね」
俺だって、なにがなんだかわかっちゃいねぇ。
でもな。
「ひとつ知ってることはあるっすよ。……それはな?」
息を呑んだ男を睨みつける。
「たとえわざとじゃなくっても、だれかの大切なものを壊したときは、きちんと目ぇ見て謝るもんだってことだ」
あえて抑えた声で告げると、男の顔色が変わった。
渋々って感じだったが、ヤツは羊谷に向き直る。
「……悪かった、すまない」
「お、おう」
「こ、これでいいんだろ? 俺のスマホ返せよっ!」
俺がタバコなんか吸わない、健康不良少年で良かったな。
もし吸ってたら、伸ばしてきた手に火のついたのを押しつけてるとこだ。
火のついたタバコの代わりに、スマホをヤツの手のひらに落とす。
「あんま感心できる遊びじゃねぇっすよ。……お気をつけて」
ムカつくが、コイツらの始末は俺の役目じゃない。警察の仕事だ。
男が路地を飛び出していき、なぜか尊敬の目を向けてくる羊谷たちにパンピー相手にケンカすんなと注意してからストリートに出ると、紫乃花さんが教えてくれた。
今の男は殺害犯じゃなかったらしい。
どっかのサイトで拾ってきた胸クソ動画を見ていただけだ。
拾った動画を自分が撮ったことにして送信した男も多いみてぇだな。
そういや動画女は、自分にメールで送る以外で、公開したりするのを禁止している。メールも一度送るだけだ。やってるかどうかも確認できないのに、人の多い場所で再生するのを奨励してる時点でおかしいわな。
さっき紫乃花さんが勘違いしてたけど、晒しものにはされてない。
──同じものは惹かれ合い、強め合う。
動画女とクズ、この世にふたつしかない映像は霊的につながってんのかもしんねぇ。クズどもが再生して霊力を集めると、女の持つ動画も力を増す。
集められた無数の動画が……女がしようとしてるのは、蠱毒なのか?
動画に囚われた霊同士を戦わせて、一番強ぇのを自分の式神にする、とか?
「勇気さま?」
「なんでもねぇ。早く先輩たち探そうぜ」
「はい」
それっくれぇのこと、退魔師協会だって考えてる。
てか洋にーちゃんが言ってた。
計画された大きな霊的事件は、影響されて霊気が乱れるんで発覚しやすい。
むしろ感情で引き起こされた突発的な小さい事件が、雪だるま式に大きくなっていくのが一番怖ぇって。予測できねぇもんな。
とにかく、俺は先輩トリオを探さねぇと。




