10・元番長は語る。
「俺、退魔師なんだよ」
洋にーちゃんは言った。
カードショップの男子小学生Sは紫乃花さんに任せて、俺たちは店の前のベンチに座っている。さっきのことを彼女が伝えたのは、洋にーちゃんが退魔師だったからなのか。
「マジで?」
思わず返した言葉に、洋にーちゃんは頷く。
龍神姉弟が退魔師協会に行ったとき、たまたま会ったらしい。
「猿藤に例のカードは返したって報告受けてたし、師匠もバラしたって聞いてたから、俺もそのうち言う気だったんだけど、今日は流がいたからな」
和スイーツの店に行く前、紫乃花さんと視線を交わしたり彼女に囁いてたりしてたのは、そのせいだったようだ。
「洋にーちゃん、家族に秘密なの?」
「両親は知ってる。本当は流になら教えてもいい。どうせ外で話したところで流されるだろうからな。流だけに」
「洋にーちゃん、面白くねぇよ」
「うっせぇ。……潮にだけ隠したいんだ。でも流は隠しごとできないだろ」
「潮、ガッチガチの現実主義者だもんな」
「ああ。俺が退魔師やってるなんて知った日には、騙されてるって思い込んで協会潰しに行きかねない」
「家族思いだもんな、アイツ。てか、兄弟なのに潮は霊力ねぇの?」
「いや」
洋にーちゃんは笑った。
「潮はな、巽さんたちに匹敵するくらい霊力強いぞ。霊力どころか神力並みだ」
「へ?」
「強いから、悪霊や邪気を感知する必要がないんだよ」
そんなの全然気づいてなかった。関根が戻ってきたとはいえ、俺自身はべつに見鬼の能力に目覚めたりはしてない。
そもそも洋にーちゃんが退魔師になった原因が潮だった。
「潮が赤んぼのころ、アイツの神力を狙って悪霊や邪気が寄ってきてたんだ。俺も子どもだったんで……ほら、七歳までは神のうちって言うだろ?……、ぼんやりと見鬼の力があった」
ぼんやりなのがマズかった、と洋にーちゃんは続けた。
「実際は潮の神力で、悪霊や邪気は近づいただけで消滅してたんだ。でもぼんやりとしかわからないから、俺には弟がいつも黒い影に纏わりつかれてるようにしか見えなかった。そんで追い払おうとして、逆に憑りつかれて重い霊障になった。……死ぬとこだった」
親御さんがうちのお袋に相談して事なきを得、その後親父の元で修業を始め、今に至るというわけだ。
洋にーちゃんが、ニヤリと笑う。
「勇気、お前んとこの担任、年齢は上だが俺の弟弟子なんだぜ?」
「……はは。洋にーちゃんも、もっと胸筋鍛えたほうがいいよ」
「ん? よくわからんが筋トレは頑張ってるぞ。……でな、勇気。お前も潮には内緒にしてくれないか?」
「わかった。顔良し頭良し運動神経良しで、この上霊力まで神レベルなんて、チートすぎてムカつくんで黙っとく」
「ああ、だよな」
──俺も洋にーちゃんも、そのチートな能力が、潮に幸せだけをもたらしてきたんじゃねぇことを知っていた。
女子の集団に纏わりつかれてんのもだし、なによりアイツには互角に争える相手がいない。洋にーちゃんが筋トレ頑張ってんのも、兄として弟の潮の期待に応えたいからだ。
まあどんなに頑張っても、さほど手加減しなくてもいい、レベル止まりなんだけどな。俺はもっと弱ぇし。
「ところで洋にーちゃん、さっきの先輩たちの件だけど」
「ああ、アレな。その前にお前、猿藤の電話番号わかるか? ちょっとかけてみてくれ」
ゴリ先輩の番号は登録してる。俺はケータイを取り出した。
みっつ年上の洋にーちゃんは俺や潮の入学前に卒業していたが、通ってたのは同じ高校だ。親父が勤務してたからかもしんねぇな。
つうかゴリ先輩が退魔師見習いだって聞いてたんだから、洋にーちゃんの正体にも気づいてて良かっただろ。アホか、俺は。
思いながら短縮を押す。
呼び出し音が数回鳴って、機械音声が答えた。
「つながんねぇ。電波が入らない場所にいるか電源を切ってるか、だって」
「お前もか。まあ日曜だし、映画でも観てるのかもな」
ゴリ先輩は不良だけど、公共のルールは基本破らない。
まあルールじゃなくても、映画観てるときに電話が鳴ったらイヤだしな。
「じゃあ緊急事態だから守秘義務はナシ。猿藤の代わりにお前に頼むわ」
「なに? さっきの先輩たちに関係あんの?」
「そうだ。この前お前ん家の近くで、子猫が殺害された事件があったよな」
「……おう」
「あの後捕まったヤツ、そっちはしてなかったんだ」
「どういうこった?」
「捕まったヤツには前の事件のときのアリバイがあったんだよ。小動物を殺害してるヤツらは、複数いたんだ」
俺は拳を握り締めた。
はあぁ? なんだ、ソレ。なんで、そんなクズどもが複数いるんだよ!
たくさんの霊脈が走って、邪気が形になりやすい土地だからなのか?
「……始まりは、ひとつのサイト。お嬢さま学校の制服を着た美少女が、刺激的な映像が見たいとおねだりしてる。ボカしているが、小動物の殺害を望んでいることは明らかな言葉で」
そのサイトはもうない。
エントリーしたヤツらにメールを返して消えちまった。
刺激的な映像の代償は彼女自身。
スケベ根性に駆られたヤツらは小動物を殺害する動画を指定されたメールに送り、審判を待っている。
もっとも、捕まったヤツのデータを調べても彼女からのメールの痕跡はなかった。送ったメールも宛先不明で戻ってきてた。
本人は来たし送ったと主張してるけど。
よくホラー映画であるだろ? 憑りつかれたヤツが電話を取って会話するけど、周りの人間には呼び出し音も受話器からの音声も聞こえないってヤツ。
アレと同じだ。
エントリーした時点でヤツらは、こことは違う世界のネットにつながっていたんだよ。
「今日ここで、なにかあるってことか?」
洋にーちゃんは首を横に振る。
「なにかあるのに流を連れてくるはずないだろ。人や霊脈の多い場所を見回って、異常がないかを確認するのは通常業務だ。ただ、クズどもは人が多い……つまり霊力の多い場所で、映像を再生することを動画女に奨励されてる」
スマホやケータイは、霊力を込めたお札のようなものだ。
龍神の長が霊力を電力の代用にしていたように、ふたつの力はよく似ている。
どちらも使い方次第で人を殺せるしな。
自分の殺害映像に囚われた小動物の霊は、再生された場所の霊力を吸収して力を増す。
どこだかの地下駐輪場では、小動物を殺害してた輩が殺した動物霊に襲われたりもしたという。
今回の事件との関連は不明なようだが、動画女の真の目的は、案外その辺りにあるのかもしれねぇ。
「勇気も昔カードで遊んでたから、五行は大体わかるよな。擦れ合った木の枝は火を起こす。木気の悪霊は火気を煽る。血の気の多い不良少年は、映像に囚われた霊にあてられて攻撃性を増す」
俺に頼みたいというのは、さっき目撃した先輩トリオを止めることだった。
そりゃそうだ。スケベ心で生き物を殺すような中身がクズのパンピーに暴力振るって、前科持ちになるなんてやってらんねぇよ。
動画女とクズどもは、退魔師協会とやらがなんとかしてくれるだろ。
動物とはいえ殺害犯だ。警察だって黙っちゃいねぇ。
俺は、ゴリ先輩の前の番長に頷いた。
……いや、洋にーちゃん。
まだ次の番長になるかどうかは決まってねぇから。
なってみようかなって、ちょっと思い始めてるけどよ。
俺にできることがあんのなら、ね。




