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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
4/50

4・前略、親父殿。

 隣家から戻って、携帯を手に取る。

 今年の春から、俺は生まれ育ったマンションでひとり暮らしをしていた。いや、生まれたのは産院なんだけどよ。

 親父は昔の知人に誘われて、遠方にある新設の私立校に勤めている。お袋は親父と一緒だ。

 携帯の向こうから響いてきた、聞き覚えのある低い声にかぶせるようにして聞く。


「親父って退魔師なのか?」

「うん、わしは退魔師だぞ」


 軽っ!


「ちょ、待てよ。アンタ古文の教師じゃなかったのか?」

「教員免許はちゃんと持ってる。学校や病院みたいに人間の感情が渦巻くところは邪気が発生しやすい。どこも、ひとりかふたりは退魔師がいるもんだ。しかし勇気、いきなりどうした。……ああ、紫乃花ちゃんと紅太くんか。そういや口止めしてなかった」

「マジか! なんで実の息子に秘密にしてたんだ? ってか、これまで秘密にしてたくせに、なんであっさりバラすんだよっ!」

「わしは勇気が高校に入った時点で明かそうと思ってた。しかしみおが……」

「お袋が?」

「高校のとき、澪は家族を救うために、邪神のしもべとして妖怪を狩っていたんだ。命懸け……いや、自分の命を削ってな」


 重っ!


「まあ、邪神を倒して澪を解放したのが、わしなんだが?」


 親父のヤツ、今ぜってぇドヤ顔してやがる。


「それで澪は、わしにメロメロになったというわけだ。退魔の仕事を極めようとしていたストイックなわしも、どうしても結婚してほしいと泣きつかれてしまっては、なあ?」


 へー、ほー、ふーん。

 家事をしているお袋にじゃれついて、足払いかけられて転んでいるアンタを見て育った気がするんだけど、あれは幻か?

 まあ、お袋がアンタに惚れてないとは言わねぇよ。

 ふたりで酒飲んでるときとか、すっげぇベタベタしてるし。

 ……酒か。

 もちろん俺は飲まない。成長期の体に悪ぃからな。

 頭に、ベランダの野菜たちが浮かぶ。

 親父たちがいたころはビール使ってたが、俺じゃ買えない。今回は酢を使うか。

 でも酢はスプレーしないとだから、アイツら見つけねぇとダメなんだ。

 ビールは引き寄せて溺れさせられるから楽だったのに。

 先日終わった梅雨の間のことを思い出すと、背筋を冷たいものが走った。高い階のベランダでも、マンションの外壁が湿ってたら登ってきやがんだよ、アイツら。

 なんて考えてたら、やっとノロケが終わったようだ。


「……そんなわけで澪が、お前には退魔師とは関係のない、楽しい高校生活を送らせたいって言うんで、卒業するまで打ち明けるのを待つことにしたんだ」

「待つことにしたくせに、こんな簡単にバラしちまっていいのかよ」

「霊的な存在がいることを実感してしまったら、どうしようもない。疑念は邪気を引き寄せる。そこは多くの霊脈が走り、邪気が形になりやすい土地だ。本能で危険を感じる場所には、これまで以上に近寄らないようにしろ。……ああ、でも紫乃花ちゃんたちと一緒なら大丈夫だぞ」


 隣の姉弟の母親がこの地を守護する龍神のおさだという話は、本人たちから聞いていた。

 彼女は、二十年前に異界へ落ちてきた夫と出会ってから、土地の守護を放棄して引き篭もっていたのだという。

 長の夫、姉弟の父親は落下のショックで記憶がなかった。

 妻子や恋人がいたのではないかと怯え、長は人間界こっちを髣髴させるようなものを排除していたので、子どものふたりは浮世離れしてしまったってわけだ。

 結論から言うと、長の夫は人間界こっちでは独身だった。

 最近記憶が戻ってそのことがわかり、なお且つ異界に永住すると告げられたので、龍神の長は守護を再開し、姉弟は修行と勉強のために人間界こっちへ送られたってわけだ。

 てか冗談交じりで口にしてた、二度目の新婚気分を楽しみたい両親に追い出されたっつうのが、真実かもしんねぇ。

 ちなみに『隠行おんぎょう』ってのは、姿を変えたり気配を消したりする術のことだとさ。


「んんー? なぁーんだよおー?」


 お、親父? どうした? 脳にウジでも湧いたのか?

 いきなり聞こえてきた甘い猫撫で声に、俺はビビった。

 つっても、すぐ気づく。


「あんっ!」


 お袋だ。

 ちなみに「あん」っつったのは親父のほう。お袋に携帯取られたんだ。


「……」

「あ、お袋? ああ、事情は聞いてた? うん、そういうこと」

「……」

「大丈夫だって。危ねぇとこにゃ近づかねぇ。……うん。メシもちゃんと食ってる。黙ってたこと、びっくりしたけど怒ってねぇよ。気遣ってくれてありがとう」

「……」

「ああ、わかった。お盆には帰ってくるんだな? ふたりも体に気をつけて」

「……」


 俺は携帯を切った。

 お袋は無口だ。

 家族の俺たちなら、なにが言いたいか感じ取れるんだけど、他人には難しいらしい。

 スキンヘッドで筋骨隆々とした大男の親父と、いくつになっても少女のような小柄で貧乳のお袋が一緒にいると、大体職務質問される。

 俺がガキのころは、両親ですと、泣きながら駆け寄れば納得してもらえたが、最近は目つきの悪い俺も親父の仲間の悪党だと思われちまう。

 ふたりがお盆に帰ってきたら、小学卒業以来撮ってねぇ家族写真を撮って携帯に入れといたほうがいいかもな。

 昔から親父は、坊主か刑事か刑事の敵と間違われてた。

 正体が古文教師兼退魔師ならマシなほうだろ。

 そういや職務質問してきたの、若い新人か異動してきたばかりのヤツだったな。

 地元で顔見知りってのもあるだろうが、案外ある程度より上の役職は、親父が退魔師だと知ってたのかもしんねぇ。

 俺はホッとしていた。

 だって、巽さん家の紫乃花さんの顔が頭から離れねぇのは、彼女が龍神の長の娘で俺が退魔師の息子だからだろ? よくわかんねぇけど、霊力かなんかが影響してんだ。

 俺が一番恐れるアレじゃねぇってこった。

 そりゃ俺だって人間だから、いつかは、あー……け、結婚? とかする気だ。

 けど今はまだ早い。

 親父みたく、鼻の下伸ばして嫁の尻追い回すような男にゃなりたくねぇ。

 俺は硬派な自分を守れそうなことに安堵して、明日用の弁当箱を探し始めた。なんかで貰ったシンプルだけど可愛いヤツ、どこにしまったっけ。

 いや、紅太は給食があるけどよ、紫乃花さんはまだ購買でパン買ったり学食で注文したりするの難しそうだし、弁当あったらいいかな、って。

 お、俺のも作るけど、べべべべつに一緒に食べたいとか、そんなんじゃねぇし?


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