7・パフェとカードと男と女
紫乃花さんに似たカードはゲットできなかった。
紅太と流が、一枚売りのカードの前でまだ悩んでいたのだ。
もちろん洋にーちゃんが一緒だから、ほかの客の迷惑になるようなことはしてねぇ。けど、俺は身内だ。目の前でカードを手に取ったりしたら、なんのカードが欲しいのか、根掘り葉掘り聞かれることは間違いない。
んなわけで諦めた俺だったが、ヤツらを恨む気持ちはなかった。
「んー……どれも美味しそうですねえ」
俺の前の席で、紫乃花さんがメニューを見つめている。
紅太たちのカード選びに時間がかかりそうだからと、洋にーちゃんが俺と彼女だけでお茶してこいと勧めてくれたんだ。
ありがとう、洋にーちゃん!
まあ、別れる直前に洋にーちゃんが、紫乃花さんの耳元でなにか囁いてたのは気になるけど。メチャクチャ気になるけど。
それはそれとして、昼食はみんなで食べることになっているので、俺たちは和スイーツの店に入った。結構話題の店だ。俺も家族と来たことがある。
……お袋は酒と肉があればいいって人間なんで、甘党の親父につき合わされたんだけどな。
目つきの悪ぃ俺と、強面で大男の親父は注目の的だった。
でも今日はそれほど違和感なく店内に溶け込んでると思う。
だって男女のふたり連れだぜ?
これって、ちょ、ちょっとしたデートってことでいいんじゃね?
嬉しいけど、メッチャ緊張するっ!
座席はテーブルとイスだけど、壁の棚に置かれただるやまや皿が、和の雰囲気を醸し出す店だ。入り口にはのれんもかけられていた。
ここは和食のプレート定食もやってるんで、昼どきはいつも混んでいる。
今日はちょっと早めだから、店内にも余裕がある感じだ。
飛び出しそうな心臓を飲み込んで、俺は紫乃花さんに情報を提供した。
「かき氷が評判だぜ」
氷自体は普通の氷、牛乳で作ったり空気の含有量が多かったりはしてないんだけど、この店特製の蜜で新鮮なフルーツを煮込んだものがかけられている。
これが美味ぇんだ。
あくまで新鮮なフルーツを使うので、いいのが仕入れられなかったときは注文できないこともあった。
もっと暑くなると、店の前に長蛇の列ができるほど人気のメニューだ。
紫乃花さんは、はあ……と甘い息を漏らす。
「かき氷も美味しそうなのですが、こちらは霊気のせいだけでなくクーラーも効いていますので、ひと皿は食べきれないかと」
「そうか。じゃあパフェにしたらどうだ。ここは一般的なものより小さめのミディアムサイズがあるんだ。昼食前だし、ちょうどいいんじゃねぇの」
「パフェ……勇気さまのおススメってありますか?」
「黒豆かな。あんまほかじゃ見ねぇし、蜜で煮た豆の柔らかさが絶妙のアクセントになってるんだ」
「ほほう」
キラン、と瞳に星を煌めかせて、それにしますと彼女は言った。
俺は桃のかき氷にする。
お冷の代わりの熱いほうじ茶をすすりながら、紫乃花さんを見た。
この状況に導いてくれた洋にーちゃんに感謝はしてるが、ふたりの関係は今も気になる。てかさっき、なに囁かれてたんだよ。これって、聞いてもいいことかな?
彼女が俺の視線に気づく。
「勇気さま」
「お、おう?」
「さっきのカード、出してみてもいいですか? こんなところで荷物を広げたりしたら、はしたないかしら?」
「かまわねぇだろ。あ、でもちっと待て」
俺はタオルハンカチをテーブルに敷いた。
カードは紙製だから、濡れちゃマズイ。
ポケットを膨らませても持ってきて正解だったぜ。
ありがとうございますと微笑んで、紫乃花さんがケースからカードを取り出す。スターターデッキだから、それほどレアなカードは入ってない。彼女が可愛いと言っていた猫の妖精と小悪魔ちゃんが、三枚ずつ入っていた。
猫の妖精はやっぱりケットシーだ。名前と説明が書いてある。
イギリスだかスコットランドだかの伝承に出てくる、猫の王国の王族らしい。
「……どちらがお好きですか?」
不意に、真剣な声音が耳朶を打った。
「へ?」
紫乃花さんはタオルハンカチの上に、ケットシーと小悪魔ちゃんを一枚ずつ置いている。このふたつから選べってことか?
んなの紫乃花さんに似た小悪魔ちゃんのが好きに決まってる。
でも、んなこと言えるわけねぇし。
俺はケットシーを指差した。
「こっちかな。攻撃も防御も弱ぇけど、倒されるとプレイヤーの体力を回復して仲間を呼んでくれるからな。先攻のときは裏側守備表示で出しとくといいぜ」
紫乃花さんは俺の言葉を聞いて、しょぼんとうな垂れた。
可愛い唇を尖らせる。
「……やっぱりモフモフのほうがお好きなのですね」
「紫乃花さん?」
「ゴメンなさい、なんでもありません。あの、良かったらこのカードと勇気さまのカードを一枚交換していただけませんか?」
「いいけど?」
「うふふ、良かった。じゃあお守りにもなるよう霊力を吹き込んでおきますね」
「あ、悪ぃ!」
どこかぎこちない笑顔でケットシーのカードを唇に当てようとしていた紫乃花さんを、俺は止めた。
んな顔見せられて、こっち選べねぇよ。
長いまつ毛を揺らして、いつも潤んだような瞳が俺を映す。
「勇気さま?」
「やっぱこっちの『小悪魔姫』がいい」
「そうなのですか?」
「……ホントは店で見たときからこっちがいいと思ってたんだけど、こんなに可愛い女の子のカードが好きだなんて言ったら、引かれそうで言えなかったんだ」
「そんな、引いたりしません。……じゃあ」
ちゅ。
「どうぞ、お守りです」
「ありがとな」
ちょうど注文してた品が来たので、俺たちは慌ててカードを片づけた。
もらったカードを関根と重ねるのはイヤな気がして、俺はポイントカードで二枚を隔てた。ホントは最初から欲しかった、大切なカードだもんな。
「わあ、可愛くて美味しそうです」
黒豆パフェを見た紫乃花さんは上機嫌だ。
よくわかんねぇけど、俺が紫乃花さん似のカードを選んだことも喜んでくれてんのかな? だったら嬉しいんだが。
んで、後でもらったカードに口をつけたら、かかか間接キスになんのかな?
発火しそうなほど顔が熱くなった俺を、桃のかき氷がクールダウンしてくれた。うん、やっぱ美味ぇ。あ、いや、俺は甘党じゃねぇけど。




