6・隣のあの娘(コ)の密かな野望
なんだかんだあるけど、ショー自体は楽しかった。
子どものころを思い出してみると、うちは相当甘い家だった。
誕生日やクリスマスには、必ず欲しいオモチャがもらえた。
こういうショーにもよく連れてきてくれた。
それって、親父たちが退魔師だったからなんだろうな。
危険な仕事で、自分たちがいついなくなるかもわかんねぇから、その分俺に愛情を注ぎ込んでいたんだ。
俺と潮は友達だけど、うちのお袋と潮のお袋さんも友達だった。
両親が長く家を空けるときは、よく潮の家に預けられてたもんだ。
よく考えりゃ教師の親父とパートのお袋に、そんなに帰れなくなるような仕事があるのもおかしなこった。そういうことだったんだよな。
ショーが終わって、俺は紫乃花さんに聞いてみた。
「これからカードショップに行くけど、紫乃花さんはどうする? なんなら俺が紅太と流を見てるから、洋にーちゃんに案内してもらったら?」
俺の決死の申し出に、彼女は怪訝そうに首を傾げた。
「あの、わたしもカードショップへ行きたいのですが……ダメですか?」
「え、いや、全然! 一緒に来てくれるなら喜んで!」
うはあ。気ぃ遣ったつもりで悲しい顔させちまったよ。
我ながら初恋野郎は役に立たないぜ。
紫乃花さんが、ふふふ、と笑う。
「良かった。わたしもカードで遊んでみたいんです。いつも勇気さまと紅太が遊んでるのを見て、羨ましくて」
「言ってくれれば教えたのに」
「……ゴメンなさい。今あるカードが、あの、あんまり可愛くなくて」
うん。俺は昔から硬派に憧れてたから、『武装兎』以外は厳ついカードばっかなんだよな。『武装兎』だって鎧着てて、可愛いカードたぁ言い難いし。
「勇気さまの貸してくださったルールブックを読んでみたら可愛いカードもいっぱいあったので、そういうのを買って、わたしもお仲間に入れて欲しいなって思ったのです」
「そうか。スターターデッキもいろいろあるから、好みに合うのがあると思うぜ」
「余はレアカードが欲しい!」
「俺はスーパーレアが欲しい!」
「だったら余はウルトラレアだ!」
「流、レアが出ても出なくても、買うのは三枚までだからな」
「紅太、お前もだぞ」
「えー? 余は自分のお金で買うのに」
「お金の使いすぎはいけません」
「はぁい」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
久しぶりのカードショップは賑わっていた。
フィギュアや食玩なんかも置いてあるからか、女子の姿も少なくない。
「……勇気」
洋にーちゃんが、俺の肩を突いて小声で言う。
「お前は彼女についててやれよ。俺がふたりを見てるから」
「あ、ありがと」
ニヤリと笑って、洋にーちゃんは紅太たちと一枚カードのコーナーへ向かう。
こうして気を遣ってくれるってことは、洋にーちゃんと紫乃花さんにはなんもないのかな。てか俺の気持ち、バレバレだった?
俺は顔が赤くなってないようにと祈りながら、紫乃花さんとスターターデッキのコーナーへ足を運んだ。
スターターデッキは、それだけでゲームができるようになる最低限のカードを収録したセットだ。一枚で売られているカードと違って、中身は表示されている。
「いろいろありますねえ。……このガラスケースに入っているのは、特別強い組み合わせなのですか?」
「いや、それは生産の終わったバージョンだ。もう入荷することがないんで、プレミアがついてるってこった。スターターデッキだから、強さはどれも同じくれぇだよ。自分のくせに合ってるかどうかでも変わるけど、それは遊んでみねぇとわからないからな」
「なるほどー」
「てか紫乃花さん、そのプレミア品、あんま可愛くねぇだろ」
「そうなんですけど、強いのならいいなと思って。実はわたし……」
紫乃花さんが声を潜める。
「すごく強くなって、勇気さまも紅太も負かしてしまうつもりなのです」
「おっと、そいつぁ強敵だな」
「はい。わたしは勇気さまの『強敵』と書いて『とも』と読む強敵になりたいのです」
そう言って、嬉しそうに微笑む。
可愛いぜ? すげぇ可愛くて心臓が止まりそうだ。
でも紫乃花さん、あくまでオトモダチとしてのレベルアップなんスね。
彼女はガラスケースの上のデッキをふたつ取って、見比べ始めた。
「動物と妖精、どちらも可愛いですねえ」
俺はケースの上に並べられた、紫乃花さんと同じデッキを取って内容を確認する。
「どっちも体力回復カードが多くて初心者向きだな」
「むー。でも攻撃力は弱いのですね」
紫乃花さんはふたつのデッキを置き場に戻して、近くにあったいかにもな悪魔デッキを見始めた。何世代か前のバージョンで、西洋妖怪を召喚するサモナーも参戦してきたってゲーム内設定になったみてぇだ。
まあ『武装兎』がいた辺りで、今さらなにを、って感じではあるんだが。
カードの箱裏に書かれた内容説明と、ガラスケースのプレミア品の下に並べられたデッキのカード構成を見比べて、紫乃花さんは力強く首肯した。
「勇気さま、わたし、これにします!」
「へ? いいのか? それ、全然可愛くねぇだろ」
「でもこのデッキだと、攻撃と回復が同時にできるんですもの。それに、この子は可愛いです。この子も」
彼女がガラスケースの中を指差す。
ひとつは猫の妖怪。ケットシーってヤツかな。
うん、可愛いわ。
そしてもうひとつは、コウモリの羽を持つ悪魔だった。
ちょっと際どい衣装を身に着けた黒髪の美少女で、相手のカードを操る『小悪魔キッス』って技を使うらしい。
いわゆる萌え絵? でウィンクしてるイラストだ。
西洋妖怪には五行ではなく、四つの属性が割り振られている。
RPGの魔法でよくある、炎、大地、風、水(氷)だ。
つっても風を木気に当てはめて、上手く五行と対応させていた。
魔力を帯びた武器が、四つの属性にない金気の代わりをしている。
美少女悪魔のカードは水(氷)属性だった。
てかコレ、紫乃花さんに似てるんスけど。
鹿のじゃなくて羊のだけど、ちゃんと角もあるし。
カウンターへ向かう紫乃花さんを見送りながら、俺は一枚売りのカードを何枚か買って帰ろうかと思っていた。
あの美少女悪魔のカードが欲しいんだ。
べべべつに、紫乃花さんに似てるからじゃねぇぜ?
五行では水気は木気を生み出すものだ。
水属性のあのカードは、木気の関根の力を高めてくれる。だからだ。
──うん、まあ、ウソだけど。
紫乃花さんに似たカードが傷んだらイヤだから、デッキになんか入れねぇよ。




