5・『強敵』と書いて『とも』と読む!
ショーの開始まで三十分。
ちょうどいい時間に来れたと思ってたのは甘かった。
ステージ前に敷かれたビニールシートも、その後ろに並べられたパイプ椅子も満員で、俺たちは上の階に上がって、吹き抜けから見下ろすことにした。
「ちょうどこの上に異界への門がありますね」
エスカレータで昇りながら、紫乃花さんが中央広場上の天井を指差した。
異界といっても彼女たちの故郷とは限らない。
ここの門は時間や霊脈の流れによって変化して、さまざまな異界とつながるのだという。『あの世』につながるときもあるそうだ。
紅太は気のない様子で、そうだな、と適当に返している。
心はもうタタルンジャーショーに飛んでいるのだ。
吹き抜けの柵の周りには、幸い隙間があった。
ちょっと離れたところにあるソファーも空いている。
「あ」
辺りを見回していた紅太が、小さく叫んで走り出した。
「こら紅太、こんなところで走るんじゃねぇ!」
俺の怒声に振り向いたのは、恥ずかしそうな顔をした紅太だけではなかった。
吹き抜けを見下ろしていた親子連れもこちらを見る。
いや、親子連れだと思ってたのは知り合いの兄弟だった。
「勇気じゃないか」
「洋にーちゃん!」
「巽!」
「流!」
潮の兄貴の洋にーちゃんと、弟の流だ。
紅太と流は拳を打ち合わせている。
そういやコイツら同い年だっけ。
「紅太のお友達?」
「うむ。こやつが強敵の流だ」
「巽のねーちゃん? 美人だなー」
「挨拶が先だろ」
洋にーちゃんが流をこづく。
いいんですよ、と笑って、洋にーちゃんを見た紫乃花さんが止まった。
見返した洋にーちゃんも止まる。
ふたりは見つめ合って頷き、紫乃花さんに視線を送られた紅太も適当に頭を振った。
……なんだ?
妙な空気に気づいているのは俺だけで、流はちょろちょろと動き回ってる。
いやいや、俺も学習したんだぜ。
これっくれぇで、紫乃花さんと洋にーちゃんの仲を疑ったりしねぇし。
背の高い洋にーちゃんは、ゴリ先輩ほどゴツくねぇし、馬場ほどヒョロくもない。ちょうどいい、俺が憧れる感じの筋肉がついている。まあ、担任避けにはもうちっと胸に厚みが欲しいとこだけど。
ぱっと見地味だが、潮の兄貴だけあって整った顔の持ち主だ。
おまけに優しい。
俺と潮のみっつ上なんだが、よくお年玉やバイト代で奢ってくれる。
……うん。ないない、考えない。
俺と会う前の紫乃花さんがマジで絡まれて、それこそ七尾さんが遭遇した悪い退魔師みてぇのに絡まれてたときに、洋にーちゃんに助けられたんじゃねぇかとか、考えても意味ないもんな。
そうだよ、全然意味ねぇじゃん。
もしそうだったとしても、彼氏でもない俺に隠す意味ねぇんだし!
……自分で考えて、なんか暗い気分になっちまった。
つってもガキのころからのつき合いだ。洋にーちゃんが女性で、七尾さんみたく隠行の術使ってるってこともねぇだろうしよ。
ひとりで思い悩む俺の前で、互いの家族に自己紹介を終えた男子小学生たちが盛り上がる。
「巽もタタルンジャーショー観に来たのか?」
「うむ。流もか」
「当たり前だろ? そんで俺、ショーが終わったらにーちゃんに新しいカード買ってもらうんだ!」
「余も勇気にカードを買ってもらうぞ」
「え? 巽もカードしてんの? どれ?」
「退魔師のヤツ。百鬼夜行とかあるヤツだ」
「俺も俺も! じゃあ後で対戦しようぜ!」
「強敵の頼みでは断れぬの」
「……お前ら仲良しだなあ」
俺が言うと、ふたりは声を揃えた。
「「仲良しじゃない。『強敵』と書く『とも』だ!」」
洋にーちゃんが苦笑を漏らす。
「昔の勇気たちみたいだろ」
「俺らは……」
うん、似たようなもんでした。
妙な少年探偵団ごっこまでしてたんだ。もっとタチ悪かったかもな。
「てか紅太、カードショップにゃ連れてくが、買うのは自分の金でだろ。それにデッキも持ってねぇのに、どうやって対戦する気だよ」
「持ってきた」
「はあ? お前、人のカード勝手に持ち歩くなよ」
「勇気さま、申し訳ありません」
「あ、いいや、紫乃花さんのせいじゃねぇ。……紅太、デッキどこに入れてきた。ポケットだと人込みで落とすかもしれないぞ」
「姉上のバッグにこっそり入れたから大丈夫だ」
「まあ、いつの間に」
油断できない男子小学生の頭を一発殴って、俺たちは柵を囲む。
そろそろショーが始まると、下のステージから聞こえてきたんだ。
やがて開始が宣言されて、ヒーローたちが現れた。
隣の紫乃花さんの呟きが耳朶を打つ。
「……まあ、最初から変身なさっているのですね。変身するところを見て、隠行の術の参考にしようと思いましたのに」
『芝居』は知ってるよな、たぶん。
問題は『テレビ』なんだよな。ニュースとかで本物の映像も流すしよ。
てか『ドラマ』が作り物ってわかってても、変身とかの技術がCGや編集によるものだってことまでは知らないのかもしんねぇ。
異界のこととか龍神や妖狐の存在は、だれにでも話していいもんじゃないって理解してるけど、退魔師が存在する以上霊的な技術自体は人間界にもあるわけで、それがいろんなとこで利用されてると思うのは当然だろう。
どう説明すりゃいいのかなー。
なんてどうでもいいことを考えてみても、気がつけば頭の中は紫乃花さんと洋にーちゃんの奇妙な素振りでいっぱいだった。
……洋にーちゃん、女子だったりしねぇかなあ。




