3・ヒーローショーへ行こう!
奇跡は続く。
なんと、今日の紫乃花さんは食器を割らなかった!
喜ぶ彼女が嬉しい半面、龍神姉弟がなんでもできるようになったら、俺はお役御免になるんじゃないかと不安がよぎる。
……ん?
紫乃花さんが俺を見つめていた。
食器を棚に片づけてくれたんだな。俺も流しを磨き終わってる。
そろそろショッピングモールに出かける用意をと言いかけて、鈍い俺はようやく気づいた。散々やってきたくせに、意識すると緊張しちまうな。
サラッサラの黒髪に、震える手を伸ばす。
「うふふ。おねだりしちゃってゴメンなさい」
「いや、べつに」
俺が頭を撫でてやると、彼女は幸せそうに目を閉じた。
ああ、もう小悪魔ちゃんっ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
チームヒーローの後は単独ヒーロー(つっても仲間はいるけど)のお面バイカー・エトワール、最後の女子向けアニメまで、紅太は夢中で観ていた。
洗い物を手伝わなかったのは不問に処そう。
小学一年生だもんな。
朝からトイレ掃除しただけで上等だ。
「勇気……」
「なんだ? そろそろ用意しろよ、出かけるぞ」
俺にはチャリがあるけど、ふたりは持ってない。
だから少し離れたショッピングモールには電車で行くんだ。
バスでも行けるが、バスはふたり座席かひとり座席だからな。
やっぱほら、電車の長座席に三人で並んで座ったほうが安心だろ?
バスの長座席は最後尾にあるし、乗客にご老体が多いからシルバーカーや杖をかき分けて乗り降りしなくちゃなんねぇしな。どんな分野も棲み分け大事。
お出かけに浮かれて朝四時に俺を叩き起こした紅太は、どうもはっきりしなかった。拗ねているのとは違う顔で唇を尖らせて、頭をふらふらさせている。
「調子悪ぃのか?」
トイレ掃除の洗剤は、俺が家の買い置きを持ってきた。
混ぜてどうこうなるような危険なものは使わせてねぇはずだ。
「早く起きすぎて疲れちまったか?」
「んー……余は、タタルンジャーの前の話が観たい。小学校で強敵に聞いた。放送が終了した番組でも、レンタルしたら観れるのだろう?」
「あら紅太、小学校でお友達ができたのですか?」
「うむ。『強敵』と書いて『とも』と読む強敵ができたのだ」
やっぱコイツ厨二病入ってんだろ。
てか少女漫画って聞いて恋愛ものだと思い込んでたが、紫乃花さんのスケバン発言もあるし、最近の少女漫画にはバトル要素もあるみてぇだな。
紅太は自信満々に強敵できた宣言をした後で、また唇を尖らせた。
コイツは男子小学生にしては大人びてる。
つってもどうしようもなく男子小学生の部分もあって。
なんだかんだで自分のワガママを申し訳なく思ってんのかね。
「関根が戻ってきてカードデッキも揃ったし、今日はショッピングモールはやめてレンタルショップに行きたい……」
「紅太がそう言うのなら、そうしましょう。勇気さまもいいですか?」
俺もべつにかまわねぇが、紫乃花さんは少し悲しげだった。
カードショップに行くのが目的だったけど、彼女は彼女で行きたいところがあったのかもしれねぇ。この町のショッピングモールは大きくて、女子向けのおしゃれな店もたくさんある。
夕食のときのニュース番組でもよく特集されていた。
なんかで見つけたお目当ての店があんだろう。
「紅太」
「……」
「タタルンジャーなら、後で俺が録画してんのをDVDに焼いてやる。今日は予定通りショッピングモールへ行こうぜ」
「あるのか? じゃあすぐ観たい!」
「なら、DVDに焼かずにうちのデッキで観てるか?」
「うむ。留守番する!」
このまま紫乃花さんとふたりで出かけても良かったが、俺はふたりが掃除している間にチェックした、今日の新聞チラシを広げてみせた。
「そうか。じゃあ紫乃花さん、タタルンジャーショーは俺たちだけで観ようぜ」
「タタルンジャーショー?」
「ああ。ショッピングモールのステージであるんだ。入場無料で、次の電車に乗れば間に合うんだがな」
「ショーってどういうものなんですの?」
紫乃花さんが食いついてくる。
そういや彼女も夢中で観てたっけ。集中しすぎてチャーシューを落とすのを、俺は目撃した。
「テレビでやってたドラマが生で観れるんだ。んー……芝居小屋みてぇに?」
紫乃花さんは頷いてくれた。
俺の拙い説明で察してくれた、んだと思う。
正直なところ、彼女たちが人間界をどれくらい理解してんのかはよくわからねぇ。でもま、みんなそうだ。幼なじみの潮とだって、常識が食い違うことはあるからな。
紅太が飛び跳ねた。
「行く! 余も観に行く!」
「わたしも観たいです!」
「じゃあ準備だ」
ふたりが自室へ走っていく。
良かった良かった。学校や夕食の買い物のときはともかく、遊びに行って男子小学生を留守番させんのは、ちょっとアレだしな。
まあ大家さんに頼んでもいいんだけど。
私服の紫乃花さんと長時間ふたりっきりってのは、まだ心の準備ができてないってんじゃねぇんだけど、な?




