16・隣のあの娘(コ)はスケバン志願?
帰宅途中で横道に逸れた俺らは、商店街でポイントカードとタコ焼きを交換した。
近くの公園でベンチに座って冷めるのを待つ。
でき立てのタコ焼きってヤツぁ、凶悪に熱いからな。
安売りスーパーで買ったペットボトルもあったが、せっかくだから自販機で炭酸水をゲットした。夏は、このシュワシュワした感触が恋しくなる。
ひと口飲んで、紫乃花さんは目を丸くした。
それから微笑む。
「面白いですね」
「ああ、悪くないだろ?」
「はい……勇気さま」
「ん?」
「勇気さまが番長になるのなら、わたし、腹心になりたいです」
「へ?」
「隠行の術はあまり得意じゃありませんけど、頑張って殿方の姿になってみせますわ。今度、七尾先輩にコツを聞いてみます」
「うーん……」
俺は冷たいペットボトルを握り締めて、夏の空を仰いだ。
「群れるなぁ苦手なんだ。トップで仕切るとか向いてねぇし」
「そうですか? お友達がおっしゃってたじゃないですか、勇気さまは面倒見が良いと。上に立つものに相応しい資質だと思いますよ」
最後の授業前の休み時間、羊谷たちの言動について潮に相談してみた。
自覚なかったのかと大笑いされちまった。
「面倒見って……負けて悔しがってるヤツにちょっとアドバイスしたり、余った弁当分けてやったりしただけだぜ?」
その程度で懐かれても困る。
「十分だと思います。気難しい紅太だって、勇気さまのことは慕ってますもの」
「アイツ、気難しいのか?」
紫乃花さんは、まつ毛を伏せた。
「……向こうでは。異界を統べる龍神の跡取りですもの。相応の言動が要求されるんです。あの子はちゃんと、それに応えて……勇気さま」
「お、おう?」
「そろそろ大丈夫ではないでしょうか?」
まつ毛を伏せたのは、膝上のタコ焼きの冷め具合を確認するためもあったみてぇだ。
俺たちは爪楊枝をつかんだ。
ひとつに刺して、そのまま口に運ぼうとする紫乃花さんを慌てて止める。
「外は冷めてても中は熱いままとかあっから!」
「ご、ごめんなさい」
食べてるうちに、ほかのが冷める。
最初のひとつを爪楊枝で崩して仕切り直しだ。
「モグモグ……美味しい!」
「そりゃ良かった」
「うふふ。勇気さまの言われたとおり、中心部分は熱いですね。丸ごと口に入れてたら、大変でした」
「大変なんだ」
俺は重々しく頷いた。
わかってても、ソースの香りに負けてやっちまうんだよな。
つい最近も口ん中ヤケドしちまったこたぁ、彼女には内緒だ。
気持ちのいい風が吹く初夏の公園でバラしたタコ焼き食って、炭酸水飲んで、隣には紫乃花さん──幸せって、こういうのかもしんねぇ。オトモダチだけどよ。
「勇気さま」
「ああ、そろそろ丸ごとでもイケると思うぜ?」
「本当ですか!……って、違います。そんな食いしん坊じゃありません」
「ん? もう腹いっぱいになっちまった?」
「いえ……まだ食べますけど」
恥ずかしそうに俯く姿も可愛かった。
うん、こうして側にいられるだけで幸せだ。
「そうではなくてですね、勇気さまがトップはイヤだとおっしゃるのなら、影の黒幕はいかがでしょう?」
「番長の話?」
「ええ。わたしがスケバンになって、勇気さまが腹心として支えてくださるというのはどうですか?」
「ス、スケバン?」
「ご存じありませんか? 女性の番長のことです」
ものすげぇドヤ顔で言う紫乃花さんも可愛いけど、なんで、んな言葉知ってんだ。
「漫画で読んだのですがカッコイイのですよ? あ、でも番長はケンカもしなくちゃいけないのですよね?」
紫乃花さんは眉間に皺を寄せて、むー、と唸った。
「わたし、完全な龍の姿に変化すると三メートルくらいになるのです。尻尾で殴ると、大型トラックで跳ね飛ばされたくらいの衝撃らしいのですけど、ケンカ慣れした不良の方なら大丈夫ですよね?」
「……たぶん死ぬ」
「そうですか。このままの姿で戦ったことはないので、ちょっと不安です」
『呪う』って、彼女の攻撃法の中では一番優しいものだったのかもな。
てか、龍の姿なら戦ったことあんのっ?
紫乃花さんが、ふふっと笑い声を漏らす。
「勝手にお話を進めてちゃいけませんね。しかもわたし、勇気さまのことを気遣う振りして、少しズルいことを考えてました。番長の役目は学校を霊的な悪から守ることでしょう? 腹心やスケバンになったら、あのお三方をお守りして、お詫びできるかなって思ってたんです。わたし、霊力が強いことしか取り柄がありませんから……あ」
俺は手を伸ばして、紫乃花さんの頭を撫でた。
彼女は嬉しそうに目を細める。
「うふふ」
「そうだな。紫乃花さんが助けてくれるって言うんなら、本気で番長になるの考えてみっか」
「まあ! 素敵ですわ。わたし、頑張って隠行の術を修行します。勇気さまが番長になられたときは、わたし、わたしがスケバンになったときは、勇気さまが異性の姿にならないといけませんものね」
「……紫乃花さん、なんかさっきから勘違いしてるみてぇだが、番長と腹心は同性じゃなくてもいいんだぜ?」
そうですか、と頷いて、龍神のお姫さまはタコ焼きの残りを食べ始める。
遠くで遊ぶ子どもの声を聞きながら目を閉じた俺は、ロングスカートで武器を構える紫乃花さんの姿を想像して、炭酸水を吹きそうになった。




