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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
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3・蛇の尻尾に鹿の角

「まあ」

「カレーカレー! 姉上、カレーが来たぞ」


 玄関の扉を開けた姉弟は、お盆に載せたカレーとサラダを見て目を丸くした。

 弟のほうは大喜びでジャンプし始める。

 おかしなしゃべり方してても、やっぱ小学生だな。

 てかコイツ、早めの厨二病じゃねぇの?


「不思議な匂い。これがカレーなのですね」

「うむ。父上がおっしゃっていた日本の三大美食のひとつだな」

「あとのふたつは、なんでしたっけ?」

「ラーメンとギョーザ」


 みっつとも日本発祥じゃねぇよ!

 なんなら明日は手巻き寿司にするか。

 焼いた鶏肉に包丁を入れて、潰した梅肉を入れたものを大葉でくるんだヤツが、我が家の一番人気だ。つっても魚じゃねぇから、これも変り種だな。

 手巻き寿司は人数多いほうが楽しいし、なんなら、うん、巽さん家次第だけどよ、明日の夕飯一緒に食べるってのは、どうかな?

 ま、まあ、カレー食べてもらってからの話だけどな!


「ありがとうございます、乾さま」

「親父が俺に頼れっつったんでしょ? 遠慮なくなんでも言ってください」

「では乾殿、電子レンジを直してもらえぬか?」

「こら、紅太!」


 弟を睨みつける彼女の髪からは、相変わらず角が飛び出てる。


「いいスよ。俺、わりと家電の修理得意なんで」

「すみません、じゃあ、えっと……」

「あ、大丈夫っす。お盆は俺が持ちますから、キッチンまで案内してください」


 まあ、うちと同じ間取りなんだけどな。

 彼女は、こくりと頷いて、短い廊下を歩いていく。

 後を追う俺を、ちっこいのが見上げてくる。


「腹減ってんのか?」

「うむ」

「俺はもう食ったから、キッチンに着いたらすぐ食えよ。その間に電子レンジ見てやるから」

「世話になるな」

「それは言わねぇ約束だろ?」

「……? 余と乾殿は今日が初対面で、約束などしていないと思うのだが」


 小学生に真顔で返されて、顔から火ぃ吹きそうだ。

 慣れないギャグなんか言うもんじゃねぇ。


「悪ぃ、忘れてくれ。ただの冗談だ」

「そうか。ところで乾殿、聞いても良いか?」

「ん? どした?」

「どうしてさっきから、姉上の尻を見つめているのだ?」

「……え?」


 振り向いた彼女の顔が青ざめる。

 バカ、お前、バカガキ。スケベ男だと思われちまうじゃねぇか。

 違ぇし。俺は硬派だから、女子になんか興味ねぇし。

 エロいことだって、たまにしか考えねぇし。

 そりゃ彼女、巽さん家の紫乃花さんは、顔の造作は整ってるけど冷たい感じじゃなくて、ちょっとあどけない雰囲気があって可愛いし、ほっそりした体のわりに胸と尻はかなりのもんで、その、かなりイイ感じだけどな?

 でも違う。俺が見てたのは尻じゃねぇんだ!


「……すんません。あの、俺つい尻尾見ちゃってて。ソレ、よく動くっすね」


 ベランダと違って、ここでは全身が見える。

 そう、彼女は髪の角だけでなく、腰に尻尾のコスプレもしていたのだ。

 尻尾には鱗がびっしり生えている。蛇みてぇな尻尾に枝分かれした角って……なんだ?

 しっかし最近のコスプレって凄ぇわ。まるで本物みたいにくねってる。

 ま、昔のコスプレがどんなだったかなんて、しんねぇんだけど。

 俺の発言に、彼女の青ざめた顔が一気に白くなる。

 ああー! やっちまったか? コスプレは見て見ぬ振りが良かったのか?

 ちっこいのが姉を見る。


「姉上、隠形おんぎょうの術をかけてなかったのか?」

「わ、わ、わたし、尻尾が出てることにも気づいてなくて。人間界こちらは霊気が薄いから、霊力の制御が難しいというのは本当だったのですね」

「すまぬな、気づかなくて」

「仕方がありません。紅太の霊力の前では、わたしの術など瑣末なもの。かけていても、かけていなくても変わらず見えるのですもの」


 『隠行おんぎょう』? なんかどっかで聞いたことあんな。

 アニメかゲーム? それとも、ふたりでそういう設定作って遊んでんのかね?

 ちっこいののしゃべりも遊びの一環?

 そうか。遠い異国の地で、年の離れた姉弟ふたりでしか遊べなかったのか。

 俺があふれてきた涙を飲み込んだところで、


「うおっ?」


 彼女は角と尻尾を消した。

 ぽんっと、一瞬で。手品か? コスプレマジシャン?

 タネも仕掛けもわからなかった。

 編集できるテレビや映画、客席から離れた舞台ならともかく、こんな近くでどんな細工ができるってんだ?

 カレーとサラダを載せたお盆を床に落とさなかった自分を褒めてやりたい。

 ほんのり頬を染めて、巽さん家の紫乃花さんが俺を見る。

 俺はコスプレをして舞台に立つ、彼女の姿を妄想した。

 うん、コスプレマジシャン、悪くねぇよ。


「恥ずかしいですわ。……あの、わたし、明日から乾さまと同じ高校に通うのですが、さっきみたいに角と尻尾を出しっぱなしにしていたら、注意してくださいませね」

「それより姉上、甘えついでに、乾殿に霊力封じのお札を作ってもらってはどうだ? あの著名な退魔師、いぬい 不動ふどう殿のご子息なのだから、余たちの霊力を抑えるくらい軽いものだろう。のう、乾殿?」


 ……って!


 ってなんなんだよ! 退魔師? 霊力封じのお札? 龍神?

 親父が退魔師だなんて聞いたことねぇぞ。アイツは古文の教師だろ。

 ふたりの遊びに巻き込もうってのか?

 ……でも、と俺はさっきの風景を思い起こす。

 角と尻尾が消失したの、やっぱ手品じゃなかったよな。

 そもそも角と尻尾自体が作り物には見えなかったし。

 俺は口を開いた。


「……まずはカレー食べてください」


 顔にはきっと、仏像のようなアルカイックスマイルが浮かんでいたと思う。


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