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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第二話 隣のあの娘(コ)は恋天使(キューピッド)
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9・お姫さまは大胆無敵。

 後ろポケットから、なにか強い意志のようなものが押し寄せてくる。

 黒い影が言葉を続けた。


「ほら、自分はここにいると、哀れな式神が叫んでいるぞ」


 忘れていた記憶が、堰を切ったように流れ出す。

 武装兎アーマードラビットのカードから飛び出してきた不思議な存在、関根のことを、当時の俺はだれにも話さなかった。

 ウサギ殺しの犯人探しに巻き込んだ潮にさえ秘密にしていた。

 潮は頭がいい。運動神経もいい。あの顔でそれだから、モテるのは自然の摂理だろう。

 以前は女子にモテてるのを可哀相に思っていたが、今は少し羨ましい。

 俺もあんな顔だったらオトモダチじゃなくて……いや、考えてもしゃーねーんだけどさ。

 それはともかく、潮はわずかな手がかりを見逃さず、警察よりも先に犯人を見つけ出してくれた。近所に住む男子学生だった。受験ノイローゼってヤツだったんかね?

 まあどんな理由があろうと、抵抗できねぇ弱い存在を標的に選んだ時点でクズだ。

 自分と同じくれぇの相手とケンカするから、勝ったとき嬉しいんだろよ。

 証拠を押さえた潮が、通報しようと言うのを俺は止めた。

 アニメや漫画に出てくる少年探偵団みてぇに、策を弄してカッコ良く罪を暴いてやろうとウソをついて、アイツがカッコいい展開を考えてる間にひとりで犯人の家へ向かった。

 玄関で子どもの俺に応対した犯人は、証拠を突きつけても嘲笑を浮かべていた。だけどカードから飛び出した関根を見たとたん、顔色を変えて外へと走り出した。

 あんな殺害方法を取ったくせして、式神が実在するとは思ってなかったみてぇだ。

 生前のスケベを引き継いで、男の犯人には近寄ろうともしない関根に命じて、俺は『ムーンハンマー』を発動させた。

 武装兎アーマードラビットは、自分自身よりも大きな杵を装備している。

 『ムーンハンマー』は通常の攻撃技だ。空中で月を模した円を描くことで杵に霊力を溜め、全力で振り下ろす。

 東のマスにカードを置いたときは攻撃力がアップ。

 つっても式神として具現化した関根に、マスの位置は関係ねぇんだが。

 俺は、犯人を殺すつもりだった。

 ほの暗い怒りが全身を包んでいた。

 初めて見る男より、毎日のように会っていたウサギたちのほうが大切だった。

 その命を奪ったヤツなど、死ねばいいと思っていた。

 逃げる犯人の背中に杵が振り下ろされた瞬間──


「関根っ!」


 過去の記憶に溺れていたのは、実際はほんの一瞬だった。

 その隙に、後ろポケットから関根が飛び出していた。

 杵を背中に背負ったまま、とんでもない勢いで黒い影に飛びかかっていく。

 リアルウサギよりもひと回り大きくて、見た感じはぬいぐるみっぽい。

 鎧着てるぬいぐるみなんてのが、あるとすればだが。

 ああ、そうだ。じゃあやっぱり……過去を思い出すうちに広がってきた違和感が、明確な形を取っていく。


「一体、なんでこんなこと……」


 俺が問いかけるのと、関根が黒い影に飛びつくのと、淀んだ空が割れるのは、たぶんほとんど同時だった。


「こんなところに勇気さまを閉じ込めて、どうするつもりです。まさか誘惑するつもりではないでしょうね!」


 淀んだ空を青く澄んだ夏空に変えたカラスは、紫乃花さんの声で叫んだ。


「はあ? ひい! ちょ、だれでもいいから、このエロウサギなんとかしろよ!」


 七尾さんはいつもと同じ男の制服姿で、胸にしがみつくウサギを必死で叩き落とそうとしている。……女でありさえすれば、あの胸でもいいのか。

 そういや潮と俺の部屋で、少年探偵団ごっこの相談してたとき、お袋がお菓子やジュースを持ってくるたびに飛び出そうとしてたもんな。


「乾の記憶が戻ったようじゃから、成功ってことにしておくかいのう」


 柵の向こうに降りたゴリ先輩が伸びをしながら言う。

 意識がないと思ってたから、そのまま建物から落ちそうで心配してたけど、巨体のゴリ先輩の足は最初から、柵の向こうの狭い空間についてたんだよな。


「うっす。俺はあの犯人を殺してないですし、そもそもあの犯人は本当に式神を作ろうとしてたわけじゃねぇっす」


 ネットで知り合った相手に、世間を騒がせる方法として教えられたと証言していた。

 犯人を操った人形遣いは捕まってないとされている。──一般社会では。

 ま、動物を殺すこと自体は自分で決めたんだから、酌量の余地はねぇよな。

 ゴリ先輩は柵を乗り越えて屋上へ戻ると、七尾さんの胸から関根を引きはがした。


「これほど懐くとはメスウサギか? 肉食獣への恐怖を忘れるほど、七尾が好みのイケメンだったのかのう」


 オスウサギっす。心の中で答えて、ふと気づく。

 ん? ゴリ先輩は、七尾さんが女子だってこと知らねぇの?

 でも妖狐だってことは知ってるっぽい。肉食獣つってたし。

 隠行の術で女子だと偽ってたんじゃねぇよな。龍神姉弟が誤魔化せるとは思えない。

 じゃあ今は、どういう状況なんだ?

 ゴリ先輩が歩いてくる。

 俺に関根を投げ渡し、俺の前に立って守るように翼を広げているカラスに微笑みかけた。


「さすがは龍神さま。わしの結界などものの数ではありませんでしたのう」

「そうでもありませんわ。体を借りたこの子が屋上に羽を落としていなければ、もっと時間がかかったと思います。……勇気さまに危害を加えようとしてらっしゃったのではないのですね?」


 首肯するゴリ先輩の後ろで、誘惑もしねぇよ、と七尾さんが呟いた。


「巽さんが転校してきたことで、乾の力が戻りかけているのを感じたのでな。乾先生から預かっていた式神を返すのに、少々手荒な方法を取らせてもらった。アンタには事情を話してると思っとったんだが」


 ゴリ先輩の視線を受けて、七尾さんが俯いた。

 カラスは首を傾げ、紫乃花さんの声でひとりごちる。


「……お気持ちは本当ですよね。わたしの立てた計画を利用されただけなのでしょうか」


 彼女の状態も気にかかる。隠行の術で化けてんの? まあ呪いで……に変えられるくれぇなんだから、自分がカラスになるなんて朝飯前なんかな?

 思いながら、俺は後ろポケットからカードを出して、ゴリ先輩から受け取った関根に戻るよう告げた。

 俺は、あのときの犯人を殺してない。

 息子の異常に気づいた両親が止めに来たんだ。

 てか関根が持っていた杵を放り投げて、現れたお袋に飛びついたんで、なにもかもがわやになっちまった。

 関根を悪霊にしようとしていたと怒られた俺は、親父に武装兎アーマードラビットのカードを渡し、このことをすべて忘れてちまった。

 逃げたんだ。

 大切な友達を復讐の道具にしようとした、自分の罪から。

 思い出してみると、潮にも悪ぃことしちまってたな。

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