7・SE・KI・NE!
ゴリ先輩はいつも、新校舎の屋上で昼飯を食っている。
どういうわけか屋上の扉は、どの校舎も壊れていた。
先代の不良たちが壊したのかもしれない。
ゴリ先輩は自分で壊すほどの悪じゃねぇが、元から壊れているのを利用するくらいには不良だった。なんといっても番長だしな。
七尾さんや俺、ほかの不良が一緒に食うときもある。
今日は紫乃花さんの立てた計画に従って、七尾さんがいるはずだ。
俺は途中で割り込んで、七尾さんの言うことに頷いてりゃいいってこった。
演技力には自信がねぇんでちょうどいい。
「……ん?」
階段を上りきって、屋上の扉を目にしたとたん、妙な感覚があった。
たまに夢の中である、階段を一段踏み外したときみてぇな感じだ。
ふっと、なにかが歪む。空気が変わる。今まで見ていたものが違って見えてくる。
そんな──
「なんだ、こりゃ」
俺は靴の下にあったものを拾い上げた。
カードだ。
ここんとこ毎晩、夕飯の後で紅太と遊んでいる和風カードゲームのカードだった。
裏面には千代紙みてぇな模様。靴の跡はついてなかった。
なんだってこんなところに、こんなもんがあんだ?
ゴリ先輩か七尾さんがやってんの?
思いながらひっくり返して、表面を確認する。
後で事務所の遺失物係に届けるけど、レア度が高いカードなら、処分されるときにもらいに行ってもいい。家のデッキは一枚足りねぇもんな。
まあ、週末にショッピングモールのカードショップに行ってみても……
「関根?」
色褪せたカードのイラストが視界に飛び込んできた瞬間、俺はそう口走っていた。
──『武装兎』
金属の鎧を身に纏ったウサギのイラストが描かれている。
萌え絵じゃない、リアルな獣のウサギだ。性別は公式がオスだと発表した。
ネットでは擬人化されて、ウサ耳美少年のファンアートが飛び回ってたりする。
渋くてカッコいいイラストを見たくて検索してたのに、ヒットすんのはショタばっかで、当時の俺がどれだけガッカリしたか……いや、やめておこう。人さまの趣味には口出ししねぇ主義だ。
このカードゲームの基になってる五行の理は、十二支と関係が深い。
十二支ってのは時間と空間の両方を表すもんだ。
ウサギは旧暦で春の二月、時間は今の朝六時ごろ、方角は東、地形は川。
同じものは惹かれ合い、強め合う。
ウサギを描いたカードは、東のマスに置くと攻撃力がアップする。
んで東ってのは五行の木気に属してて、木気は西の金気に弱い。
コイツ以外のウサギは、金気に属するイヌ・トリ・サルのカードに攻撃されたらイチコロだ。でも武装兎は金属の鎧を纏ってるんで、金気の攻撃にも対抗できる。
ちなみに鬼は木気だ。
だから鬼退治のお供は、木気に強ぇ金気のイヌ・トリ(キジ)・サルだったってわけ。
なんでんなこと知ってっかっていうと、イヌ・トリ・サルを左の一列、乾・西・未申に並べると発動する技、『桃太郎』があったからだ。
それはともかくとして、俺は武装兎のカードが大好きだった。
東のマスに伏せてあるコレを木気属性のカードと予想して、相手が金気のカードで攻撃してくる。その瞬間、逆転だ。
特殊技『マグネットシールド』! 金気の攻撃を反射して、相手に自身の攻撃力半分のダメージを与える! 自分はノーダメージ!
小学校で飼ってたウサギを重ねていたのもある。
俺は、カードの武装兎も学校のオスウサギも関根と呼んでいた。
ガキの俺につき合ってカードゲームをしてくれていた親父が、なぜか武装兎を『関根』と呼ぶんで、気がついたら移ってたんだ。
飼育小屋は畑の近くに、大きいのと小さいののふたつあった。一匹だけいたオスがスケベで、メスを追いかけては拒まれて怪我するんで、小さなほうの小屋に隔離されてたんだ。
メスだけ出して運動させてると、オスは隔離小屋の網に夢中でしがみついて鼻に擦り傷作ってた。
お袋にじゃれついて怒られてる親父を見てる気分だったぜ。
「でも……違うだろ」
俺はひとりごちた。
デッキから抜けていた俺のカードが、こんなとこに落ちてるはずがねぇ。
てか、俺の武装兎はどこに行ったんだ?
ダブりと一緒に処分した?
潮の家に持ってって遊んだときに落として帰った?
あるいは小学校で?
どっちにしろ、高校の校舎の中に落ちてるなんてこたぁあるわけねぇ。
……ねぇんだけど。
ズボンの後ろポケットに突っこんで、俺は屋上の扉を開けた。
「なんなんだ?」
空の色がおかしい。
紫乃花さんと一緒にロールサンドを食ってたときは、青く澄み渡っていた空が淀んでいた。ああ、淀んでいたとしか言いようがない。排水溝に流す直前の、筆洗いの水バケツの中みてぇな感じなんだ。
そして、俺の目の前にはふたつの人影があった。
ゴリ先輩と七尾さんじゃない。
いや、ゴリ先輩はゴリ先輩なんだが、屋上の柵の上に布団を干すような体勢で仰向けにされている。
目は閉じていて、意識がないようだ。
干されたゴリ先輩の前に立ってるのは、黒い影だった。
黒ずくめってわけじゃねぇ。
本当に真っ暗で、ぽっかりそこに穴が開いてるみてぇなんだ。
「……やあ、小さな退魔師。久しぶりだな」
地の底から響くような声がして、黒い影が笑った。




