4・きつ姐さん、その愛。
「……つまり七尾さんは、女子が苦手なゴリ先輩に惚れているので、一緒にいるため隠行の術で男を装っていたんスね」
惚れたのは、悪い退魔師に絡まれていたところを助けられたからだという。
まあ、驚くようなことでもない。
どんな職業でも集団でも、良いヤツも悪いヤツもいるのが当たり前だ。
ソイツは、人間界に来る妖怪がつけている霊力封じをこっそり傷つけて相手に絡み、怒った相手が暴走するのを収めて名前を売っていた。
俺がまとめると、七尾さんは飲んでいたお茶をテーブルに置いて、不服そうに俺を見る。
「アタシが熱く語ったことを、あっさり要約しやがったね」
女子に戻っても低い、艶を含んだ声が掠れている。
俺は食事をしながら聞いていたが、七尾さんはスプーンも握らず、激しい身振り手振りを交えて語っていたのだ。
つっても、そこで猿藤先輩が王子さまのように現れて、とか、そのときの猿藤先輩が超カッコ良くって、とかいうノロケを除いたら、さっきの俺の要約に辿り着く。
悪いね、七尾さん。
俺の耳には便利なノロケキャンセラーが装備されてるんだ。ガキのころから鍛えられてきたからな。……だからって、親父に感謝する気はねぇけどよ。
しかし、ゴリ先輩が『王子さま』か。愛は尊いね。
確かにゴリ先輩はイイ男だが、女子にはあまり人気がない。
ひでぇ話だ。
彼が女子を苦手にするようになったのは、向こうの悪行が原因なのに。
一昨年のクリスマス、ゴリ先輩は、うちの高校の近くにあるお嬢さま学校に通う幼なじみからデートに誘われた。商店街入り口の待ち合わせ場所で二時間待って、凍えかけたゴリ先輩のもとに幼馴染からメールが届いた。彼女が見知らぬ男とキスしている写真つきのメールだ。
人の良いゴリ先輩を自分への好意を利用してこき使っていた幼なじみは、本命に二股を疑われ、そういう行動で無関係だと証明したらしい。
ロクでもねぇ。そんなんで納得する本命の男も男だよ。
激しい怒りと悲しみに突き動かされたゴリ先輩は商店街を走り、見知らぬ女子に絡んでいる男に八つ当たりした、ってこった。
「ごちそうさまでした。……勇気さま、とっても美味しかったです」
スプーンを空の皿に置き、紫乃花さんが立ち上がる。
食器を手にして流しに向かいかけて、彼女はハッとした様子で振り返った。
「七尾先輩っ!」
「な、なんだい?」
「もしかして、もう、お話は終わってしまったのですか?」
「アンタの隣で話してたよね?」
「ううう。生で恋話をお聞きできると楽しみにしていたのですが……お肉とチャーハンのあまりの美味しさに我を忘れておりました」
紫乃花さんは、心から残念そうに言う。
昨日会ったときはもう、七尾さんのゴリ先輩への想いに気づいていたようだ。
女子は鋭いよな。てか彼女はアレだ。恋に恋するお年ごろってヤツだな。
……誤解じゃなくて、本当に先輩トリオに絡まれてたとこを助けたんだったら、ゴリ先輩に助けられた七尾さんみたく、俺に恋してくれてたんかな?
ふっ。なぁに考えてんだか、俺は。我ながら女々しいぜ。
「妖狐殿」
空になった自分の皿を俺の皿に重ねながら、紅太がキリッとした顔をする。
「もし良ければ、姉上に最初から、おふたりの馴れ初めを話してもらえぬか?」
七尾さんの顔が、ぽんっと赤くなる。
耳と尻尾がぴこぴこと、嬉しげに揺れていた。
『馴れ初め』……知り合ったきっかけって意味だけど、特に男女交際のきっかけって感じのニュアンスがあるよな。
「な、馴れ初めだなんて。い、いいけど?」
「七尾先輩、ありがとうございます」
「んじゃ紫乃花さんの食器も俺が持ってくよ」
「うむ。ところで妖狐殿、恋心で胸がいっぱいなら、そのローストビーフとチャーハンは余が食べて進ぜるが?」
紅太、俺に七尾さんの話を聞けっつったのは、それが目的かよ!
確かにしゃべってたら、ものは食えねぇけどよ。
俺は食いしん坊龍神の耳を引っ張って、一緒に流しへ向かった。
もう甘やかさねぇぞ。
昨日一昨日と、紫乃花さんが洗い物を手伝ってくれたから、今度はお前がする番だ。
まあ、ふたり並んで洗い物したくて、居間でゴロゴロしてる紅太を見て見ぬ振りしてただけなんだけどな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ひゅーひ、でーうふるほー」
洗い物を終えた俺は、濡れた手を拭いてから紅太の頭にチョップを入れた。
「アイス食いながらしゃべんな。てかお前、夕飯前にもたらふく食っただろうが!」
紅太は、ごくりとソーダ味のアイスバーを飲み込んで、
「案ずるな、勇気。龍神フォームほど量は食せぬが、フツーに食べても腹は壊さぬ」
「そういう問題じゃねぇよ。お前、明日はオヤツ抜きな」
「殺生な!」
ふたりで居間へ戻ると、七尾さんが溜息をつきながら、こちらを見てくる。
「男の姿のままでも、ずっと一緒にいられるんなら、それでもいいと思ってたんだ。だけど猿藤先輩は先に卒業しちまうし、将来は大学に行って実家の酒屋を継ぐっていうし」
そこまで言って視線を逸らし、七尾さんは両手で顔を覆った。
紅太ががっくりと肩を落としたのは、七尾さんの皿が空になっていたからだろう。
……おしゃべりしながら、紫乃花さんが食ったんじゃねぇよな?
てか俺、初恋の相手になんちゅう疑いかけてんだ。
七尾さんの半泣き声が耳朶を打つ。
「アンタらはいいよね。同い年なら、ずっと一緒にいられるじゃんか。……羨ましいよ」
どうやら、それがマンションの前で泣き出した理由のようだ。
七尾さんを可哀相だとは思うけど、学年が違う以上、離れ離れになるのはどうしようもねぇ。まして人間と妖狐なわけだしなあ。
人間と龍神の場合だって、どうなることかわかりゃしねぇ。
そもそもただの、オトモダチ、だしよ。
「七尾さん、俺のメロンバーで良かったらどうっすか? 紫乃花さんもアイス食べるなら持ってくるぜ」
俺の言葉にぱあっと笑顔になって、それから紫乃花さんは、なにかを思いついたような顔をした。
「七尾先輩、わたし、おふたりの仲を発展させる良い方法を思いつきました」
「はあ? そんなのあるワケ……は、話だけなら聞いてもいいけど?」
紫乃花さんは期待に満ちた七尾さんの瞳を見つめ返す。
そして、言った。
「勇気さまを七尾先輩の許婚にするんです!」




