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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: 豆狸
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
2/50

2・趣味はケンカと筋トレ。そこんとこ、ヨロシク!

 彼女は、たつみ 紫乃花しのか、その弟は紅太こうたと名乗った。

 俺ん家の隣に引っ越してきたんだ。

 姉は俺と同じ高校一年生、弟は小学一年生。

 俺の名前を知っていたのは、ご両親がうちの親父の知人だからだという。

 教師をしている親父は、わりと顔が広い。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ──夕食のカレーを食べ終わって、俺は狭いベランダに出た。

 べ、べつにベランダが隣とつながってるからじゃねぇぞ。

 そりゃ、ちょっとは声が聞こえるかな、とか思ってるけど。

 でもそれは、困ったときは俺に相談しろと、親父がふたりに言ってたからで、俺も親元離れて子どもだけで暮らし始めたふたりが心配だからで、つまり、その、隣人愛ってヤツだ。

 そもそも俺には大事な日課がある。

 園芸用のハサミを手にして、ベランダに並んだ植木鉢とプランターを眺めた。

 ……うん、いい出来だ。

 ピーマンの前にしゃがみ込む。

 まだ小さいが、色も形も悪くねぇ。

 肩が盛り上がり、肉厚な皮には張りがあって、つやつやだ。

 初めのうちは早目に収穫したほうがいい。

 週一で追肥してんだから、次々実ってくれねぇと大損だ。

 切ったピーマンを窓辺に置いたざるに投げ込む。

 ししとうも、そろそろだな。トマトは明日の朝採ろう。

 去年ひと晩で物干し竿に巻きついたりしなけりゃ、今年もゴーヤを作ったんだが。

 大葉の鉢を持ち上げて、受け皿の水を排水溝に捨てる。蚊に湧かれちゃたまんねぇ。

 濡れた指をデニムで擦って、俺は窓辺に腰かけた。

 部屋の電気は消してある。

 空はもう暗い。

 夜風が野菜の枝葉を揺らして、緑の匂いが鼻をくすぐった。

 軒端に揺れる星を眺めて、ぼーっとする。

 俺の一番好きな時間だ。


 なのに。


 今夜は隣の彼女、巽さん家の紫乃花さんの顔が頭の中を占拠する。

 カレー作ってるときもそうだった。なんなんだ、これは?


「……ん?」


 俺は隣家との仕切りに目を向けた。

 今、妙な爆発音が聞こえた気がする。


「どうしたのだ、姉上」

「電子レンジが!」


 なんだなんだ?

 風が運んできた、姉弟の会話に耳をそばだてる。

 電子レンジが壊れて困っているらしい。

 んな簡単に壊れるもんじゃねぇだろ。

 卵でも爆発させちまって、中がグシャグシャになっちまったのかね。

 あの姉弟からは世間知らずの匂いがする。

 ほら、海外は貧富の差が激しくて、日本から赴任した普通のサラリーマン家庭にもメイドがいるとか聞くじゃねぇか。たまにテレビ番組でもやってたりする。

 そういう感じで、全然家事したことねぇんじゃないかな。

 日本より治安が悪いところだったら、外出も制限されていたに違いない。

 でも学校の都合や治安の悪化で、子どもたちだけで帰国せざるを得なくなった。

 まだ詳しくは聞いてねぇが、そんなところだろう。


「カレー……」


 俺はひとりごちた。

 今夜のカレー、自信作なんだよな。

 ルーはインスタントだけど、二種類をブレンドして、独自に調合したスパイスも加えた。

 隠し味にビターチョコも加えてる。

 甘党の親父がいねぇから辛さを控えなかったが、小学生でも食える程度だと思う。

 鶏肉には辛いほうが合うんだよ。ほら、タンドリーチキンとか、辛くて美味ぇだろ?

 逆に、豚や牛には甘めのほうがいい。 

 うちではステーキソースにジャムを混ぜる。

 いや、んなこたぁどうでもいいんだ。

 問題は、買い込んだ特売鶏肉の三分の一を使って作ったカレーが、たっぷり鍋に残ってるってことなんだ。もちろん残りの三分の二は冷凍した。

 二、三日かけて食うつもりだったけど、収穫したてのピーマンがある。

 こいつぁジャコで味噌炒めにしてもいいし、カツブシとしょう油で炒めてもいい。

 ピザに載せるも良し、もっと手軽にピザトーストも良し。

 サラダはもちろん、天ぷらや肉詰めなんかも美味ぇんだよな。

 だから、つまり、なんだ。

 俺はピーマンを食いてぇから、カレーをだれかに押しつけたいんだ。

 うん、そうだ。そういうことなんだ。


「あ、あの……たっ、巽さん?」


 俺は立ち上がり、仕切りの向こうに呼びかけた。

 あっちの声が聞こえるってことは、こっちの声も聞こえるってこったろ。

 たぶん居間の窓を開け放してる。

 引っ越してきたばかりで、まだクーラーとか設置してねぇんだな。

 てか、今の俺の声なんだよ。変に上擦ってやがった。


「……乾さま?」


 仕切りの端から、姉のほうがひょっこり顔を出す。

 ずっと俺の頭に居座ってた面影よりも、可愛い、気がした。

 心臓が跳ね上がる。く、口から出そうだ。


「俺、カ、カレー作りすぎちゃって。なんつうか、あの、親父たちがいないこと忘れてて、三人分作っちまって、だから、その、良かったらどうスか? ご、ご飯もあるんで」

「まあ、ありがとうございます。実は電子レンジが壊れてしまって、難儀していたところなのです。……ふふっ」

「な、なんスか?」

「ご両親からお聞きした通り、乾さまはお料理と家庭菜園がお好きなのですね。こちらの殺風景なベランダと違って、一面お野菜の緑で、とっても綺麗」

「あ、あざっす。じゃ、じゃあ温めてから持ってくんで」


 電子レンジが壊れた、ってか使えない状態なら、隣家で温めるのは無理だ。

 俺は、待ってます、と微笑んだ彼女に頷いて、ピーマンを入れたざるを蹴っ飛ばしながら部屋に飛び込んだ。

 ったく親父たち、知らない人に、なに吹聴してやがる。

 俺の趣味はケンカと筋トレ。料理も家庭菜園も趣味じゃねぇっての。

 ……てか。

 俺は、ぽわん、とさっきの彼女の姿を反芻した。

 あの綺麗な黒髪から飛び出してたの、なんだったんだろ。

 角みてぇだったよな。コスプレが趣味? ま、最近珍しくもねぇか。

 でもなんのコスプレだ?

 鬼や悪魔とは違う。

 ねじれても尖ってもいなくて、先が枝分かれした……どっかで見た覚えあんだけど。

 本人に聞いてもいいのか? 気づいてない振りしたほうがいい?

 ざるを蹴飛ばして転がったピーマンを拾い集めながら、俺はカレーを温めてる間にサラダを作ろうと考えていた。ナポリタン風ピーマンサラダだ。ケチャップじゃなくてトマトピューレを使って、あっさり風味にする。

 え? ピーマンが食いたかったんじゃねぇのかって?

 細けぇこたぁいいんだよ。

 明日は明日で、鶏肉を大葉で巻いて揚げてもいい。

 揚げ物は手間がかかるから、どうせするならいっぺんにいろいろ作って、ま、また作りすぎてお裾分けすることになるかもしれねぇけどな!


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