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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第二話 隣のあの娘(コ)は恋天使(キューピッド)
18/50

2・きつ姐さん

 俺は、小学校のときお年玉で買ったデカい中華鍋を振った。

 家から持ってきたんだ。

 チャーハンはこれじゃねぇとな。

 本当は火力ももちっと欲しいけど。思いながら、お玉で中身をかき混ぜる。

 うん、いい出来だ。

 ──が、巽家キッチンの主役は、俺オリジナルの納豆チャーハンじゃなかった。


 じゅるっ。


 何度もヨダレを飲み込みながら、紅太がカウンターの周りを回る。

 視線はカウンターの上の皿から離れない。

 そこには肉汁を閉じ込めるため、休憩中のローストビーフがある。

 たっぷりかけた市販のタレが、少し焦げた匂いを漂わせて、牛肉ブロックにしみ込んでいく。

 焼けた砂糖の匂いが心地いい。

 カラメルの香り成分は、赤血球が運ぶ酸素の量を増やして冷え性を緩和してくれる。

 お袋は冷え性がひどかったから、冬になると、よくキャラメル系のスイーツを作ってやったっけ。

 筋肉ダルマで、年中暑苦しい親父のほうが大量に食べてやがったのは、今でも解せねぇが。


「紅太、チャーハン載せる皿出してくれ。四人分な」


 男子小学生は、唇の端から垂れたヨダレを腕で拭く。

 あふれすぎて飲み込み切れなかったみてぇだ。

 まあ、気持ちはわかる。成長期だもんな。

 納豆チャーハンをプッシュしたい俺でさえ、肉の匂いにときめいている。

 こっそり唾を飲み込んで、皿にチャーハンを載せていく。

 紅太が目を輝かせた。


「おおっ! チャーハンも美味そうだな」


 なんだよ。ずっと肉ばっか見てたくせに。今さら、んなこと言ったってなあ……チャーハンを分け終えて、俺は包丁を手にした。


「……端っこ味見すっか?」

「うむっ!」

「ええっ? 紅太だけズルいです!」


 鈴を転がすような可愛い声で不満を表明したのは、ちょうど部屋に入ってきた紫乃花さんだった。

 今日はTシャツ型のマキシワンピースで、色はグレイ。

 どんなワンピースも似合う彼女は、ぷうっと膨れた。


「わたしも味見したいです。お部屋にいても美味しそうな匂いが漂ってきました」

「イイっすよ」


 丁寧語に戻った俺に、紫乃花さんは一瞬だけ怪訝そうな顔になった。

 でもローストビーフの端っこにフォークを差して渡すと、たちまち笑顔になる。

 手づかみの紅太と一緒に頬張って、可愛い顔をくしゃくしゃにする。

 ……可愛い。

 こんな状況でも、彼女は可愛い。

 バカ勇気、泣くんじゃねぇ。惚れた女の幸せを願ってやるのが、真の硬派ってもんだろ?

 俺は涙を飲み込んで、これまで視界に入れないでいた、七尾さんに目を向けた。


「七尾さんも味見しま……」

 

 オレンジのストラップレスキャミソールに黄色いショートパンツを纏い、すらりとした足をさらした七尾さんは、真っ赤な顔で俯いている。

 俺が女の服の種類に詳しいのは、お袋が無口だからだ。

 服屋の店員にお袋が買いに来た服の種類を告げて、


 彼女は俺の妹ではなく母親なので、デザインはシックなものをお願いします。


 と告げるまでが仕事。

 俺は味見を終えて、うっとりとローストビーフを見つめている紫乃花さんに視線を移した。

 納豆チャーハンにも興味を持ってほしいが、今言いたいのはそれじゃねぇ。


「紫乃花さん」

「ご飯ですか?」

「勇気、噛んだら肉汁出た! 柔らかくて、すごく美味いぞ! もう一枚、もう一枚!」


 とりあえず紅太は黙ってろ。

 俺は手を叩いてお代わりを要求する男子小学生を無視し、親指で七尾さんを指差した。

 声を潜めて告げる。


「……肩紐があるか、パッドのついてるキャミのがいいんじゃないっすか? 男の胸じゃズリ落ちちまいますよ」

「イヤだ、勇気さま。七尾先輩は女性ですわ。隠行の術を解いても、殿方の制服のままでは変化がわかりにくいかと思いまして、わたしの服をお貸ししたんです」

「……」


 あの胸で?

 と一瞬思ったが、考えてみりゃお袋も似たようなもんだ。

 お袋は全体的に丸みがあるから、性別を間違われることはねぇんだけど。

 てか女? 七尾さんが女って……じゃあさっきふたりが紫乃花さんの部屋で着替えてたのは、恋人同士だからじゃなくて、女同士だったからなのか?


 うひゃっほー!


 俺は躍りだしそうになる自分を抑えた。

 なんだ、そうか。そうだよな。そういうことか。

 変な想像して凍りついてたハートが燃え始める。

 包丁を握る手が軽い。切り分けたローストビーフの厚さに、紅太が歓声を上げた。

 チャーハンの上にひとり三枚ずつ載せて、あふれた肉汁と混じったタレを軽く注ぐ。

 もちろん納豆チャーハンの持ち味を殺さない程度だぜ?


「紅太、スプーンとハシ」

「任されよう!」

「わたしはお茶を用意しますね」

「七尾さんはお客さまっすから、座って待っててください」

「お、おう?」


 落ち着かない様子で席に着いた七尾さんも、肉の匂いが気になるようだ。

 筋の通った高い鼻が、ぴくぴく動いている。

 あ、耳出た。人間の耳とはべつに、七尾さんの頭に三角形の獣耳が飛び出した。

 箒みてぇな尻尾も生えてる? どちらも焼きたてトーストの色だ。

 もしかして紫乃花さんたちと同じで、人間じゃねぇのか?

 ……それはともかく七尾さん、なんでさっき泣き出したんだろ。

 紫乃花さんがお茶、紅太がスプーンとハシを用意して、それぞれの席に着いた。


「ふわあ……」


 七尾さんの隣に座った紫乃花さんの前にチャーハンを置くと、感極まったような声を上げる。

 見つめているのが上の肉だけでも、俺は嬉しかった。

 紅太も席に着き、自分のスプーンとハシを握りしめている。

 全員の熱い視線を感じながら、俺も自分のチャーハンを持って椅子に座った。

 今は七尾さんの涙の理由よりも大切なことがある。──両手を合わせて、


「いただきます!」

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