1・衝撃は突然に
クーラー最高!
コンビニ、マジ天国!
安売りスーパーで購入したペットボトルで水分補給しつつ、高校から徒歩で帰って来た俺らは、部屋まで着替えに戻る気力も汗と一緒に流れ出てたんで、制服のままコンビニに突入した。
ああ、クソ。
不良どもがコンビニにたむろする気持ちがわかっちまうぜ。まあ、俺も不良だしな。
……いや? やっぱわかんねぇ。なんで出入口でたむろすんだ。
中入れ、中! ちゃんと買い物して、経済循環させろ。
とか思いつつ、俺はカゴに積まれたアイスの山をケースに戻した。
龍神の坊ちゃんがフグになる。
「アイス買ってくれるって言ったのに!」
「一個だ、一個」
俺におんぶされて温存していた体力で、紅太は冷凍食品の棚に走っていった。
複数入りのお得パック取ってくるぞ、ありゃ。
紫乃花さんは鞄を抱いて、ケースの中を睨みつけている。
「種類多いと悩むよな」
俺の発言に真剣な表情で頷いて、彼女はケースの中を指差す。
「なんとかふたつまで絞れたんです。おミカンの果肉が入ったのと、ラムネが入ってるの」
俺は両方取って、カゴに放り込んだ。
見つめてくる紫乃花さんから視線を逸らす。
「帰ってすぐ食う用と夕飯の後用ってことで」
「姉上だけズルい!」
予想通り八個入りのシューアイスパックを持ってきた紅太が、またフグになる。
さりげなくカゴに落とし入れられたシューアイスを渡して、俺は告げた。
「ちゃんと選ぶなら、お前も二個いいぞ」
「お風呂の後にも食べたい」
「それは夕飯の後用を流用しろ」
「……夕飯なに?」
「納豆チャーハンのローストビーフ載せ」
昨夜エビを買い足しに行ったとき、牛肉ブロックも安くなってたんだ。
本当は、俺オリジナルの納豆チャーハンは納豆チャーハンだけで味わってもらいてぇ。
だけど甘党で、ちょっとでも辛いと文句を言う親父と違い、大抵のもんは美味しい美味しいと(無言だが)食べてくれるお袋が納豆チャーハンを食べ終わった後で、美味しかったけど……お肉は? と聞いてきた(無言で)くれぇだ。肉は必須なんだろう。
でも納豆チャーハンに混ぜ込むのだけはイヤだ。
俺は納豆のポテンシャルを信じてる。
これから修行を積んでいけば、いつの日か、肉なしの納豆チャーハンだけで相手を満足させられる日がきっと来る。今回のローストビーフ載せは、その日への第一歩だ!
とはいえ匂いも味の一部なのに、苦手なヤツが多いからって火を通して薄めちまうってのは、納豆に対して誠実なのかどうか、悩むところではあるんだが。
……まあ、紅太は成長期だ。動物性たんぱく質も必要だよな。
育ち盛りの男子小学生は首を傾げた。
「ローストビーフ?」
「知らねぇか?」
「知ってるぞ。母上がご覧になっていたドラマに出てきた。ホテルのバイキングなどで供される薄い肉だろう?」
唇を尖らせる紅太に、俺はニヤリと笑って見せた。
「今日のは自家製だから……分厚く切ってやるぞ? 美味いぜ、出来たてのローストビーフはよう。肉汁たっぷりだ」
男子小学生の顔が輝く。
ついでに紫乃花さんの瞳も輝いてた。そっか、彼女も成長期だもんな。龍って肉食っぽいしよ。
てか、これ以上どこを育てたいんだろ。
俺ぁ貧乳派じゃねぇが、爆乳派でもねぇんだよ。胸も尻も、今っくれぇが一番……紫乃花さんと視線が合って、にっこりされて、俺は俯いた。エロい気持ち、顔に出てなかっただろうな。
「コレ、返してくる!」
シューアイスを戻した後、紅太は定番アイスバーのソーダ味とナポリタン味をカゴに入れた。
おい男子小学生、全部食えよ?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニを出たとたん、紅太は袋からナポリタン味を取り出してかじりついた。
紫乃花さんが眉をひそめる。
「お行儀が悪いですよ」
「たまにゃいいだろ。もう家に帰るだけだし」
俺は自分もスイカバーをくわえて、彼女に袋を差し出した。
龍神のお姫さまは、照れくさそうに笑う。
「そうですね」
お行儀の悪い三人でマンションの入り口へ向かっていたら、高校の方角から歩いてくる見知った顔に気がついた。
七尾さんだ。この人、電車通学だっけ。駅に続く道を歩く彼は、なんだかひどく不機嫌そうだった。
スイカバーを口から出して、俺は頭を下げる。
「ちわっす」
「……乾。龍神姉弟もいるのか」
そういや紫乃花さんのこと、知ってるんだよな。
七尾さんはマンションを見上げる。
「お前ら、一緒に暮らしてるのか?……クソ」
へ?
七尾さんの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
紫乃花さんが、七尾さんに駆け寄った。
おい紅太、紫乃花さんがミカンバー渡したのは、やるって意味じゃねぇと思うぞ。
ナポリタン味食い終わったからって、シームレスで口に入れるな。
てかミカンバーと一緒に渡された紫乃花さんの鞄、スルーして地面に落としたままにしてんなよ。
いい加減拾え!
俺はぼんやり思いながら、マンション前の道路にしゃがみ込んで泣きじゃくる七尾さんを慰める紫乃花さんを見つめていた。全身が痺れたようになっていて、頭が働かない。
だってコレ。なんなんだよ、コレ!
俺らが同居してると誤解して、なんで七尾さんが泣くんだよ!
そんで、なんで紫乃花さんが慰めてんの?
ふたりは前から知り合いみてぇだし、あのときの『ケダモノ』って、そういう意味だったりすんのか?
突然の衝撃に硬直した俺は、ミカンバーを食い終わった紅太にスイカバーを奪われても、小指一本動かせなかった。




