16・親分っ!
「「紅太?」」
放課後、高校を出ようとしていた紫乃花さんと俺の声がハモっちまった。
……ふたり初めての共同作業、なんてな。
校門にもたれていた紅太が嬉しげに手を振る。
ランドセルは背負ってない。小学校から直行したんじゃなさそうだ。
「姉上、勇気!」
「どうした?」
カードゲームがしたくて待ち伏せてたんだろうか。
ちょっと教えてやったら、紅太はすっかりハマっちまった。
俺は中学入学を機にカードゲームを卒業してダブリカードを処分したんだが、デッキはふたつだけ残してた。残してたんだけど、なぜか片方のデッキは一枚足りなかった。ダブリと間違えて捨てちまったのかな。
つってもデッキがふたつあれば対戦できる。
揃ってるほうから抜いて枚数を揃えれば、べつに問題ねぇし。
昨日の夕食の後、せがまれるまま何度も紅太と対戦した。
久しぶりだったけど、昔取った杵柄ってのはやっぱ残ってる。
たまに勝たせてやったのを、紅太は自分の実力だと思ってんだろう。最後にゃ泊まってって、紫乃花さんのベッドで川の字になって寝ながら遊ぼうと誘われちまったもんな。
もちろん彼女が意見を言う前に、俺が却下した。
OKされたら男だと意識されてねぇってこったし、NOって言われたらそれはそれで辛ぇかんな。……とほほ。
俺の質問に、紅太はVサインを出して見せる。
「仔猫の殺害犯、捕まったぞ!」
どこぞの会社員だった犯人は、外回りの途中に犯行を企み、騒ぎを起こして捕まえられた。警察は余罪を追及しているという。
「昨日の今日で、よく現れたな」
先輩トリオが近づいて犯行途中で逃げ出したので、昨日は仔猫を甚振り足りなかったのかもしんねぇ。……胸クソ悪ぃ話だ。
「場所は違う、べつの路地だ。今日襲われた猫は無事だぞ」
今日の事件で捕まって、余罪として昨日の事件のことを調べられてるって感じか?
紅太は、しょぼんと頭を下げた。
ああ、そうだよな。犯人が捕まっても、仔猫は生き返らねぇもんな。
「……放火の罪は着せられなかった」
「放火?」
「うむ。昨日、勇気に注意されたからな。余は許容量を超えた霊力を地域猫たちに与えて、火炎を吹く化け猫に進化させたのだ。猫の火で放火罪も着せてやろうと思っておったが、騒いで捕まっただけでもよしとするか」
……なにやってんだ、龍神の坊ちゃんよう。
「紅太!」
紫乃花さんが、弟の名前を呼ぶ。うん、言ってやってください。
「それは良い考えです。猫たちはこれからも、火炎で身を守れるのですね」
「うむ。危害を加えない相手に火炎は吹かないぞ」
「紅太は賢いですね。昨日わたしが考えた、亡くなった仔猫に霊力を与えて復讐させるという案よりスマートです」
……うん、そっか。
そうだよな、紫乃花さんと紅太は龍神だもんな。人間とは考え方が違うわ。
俺も聖人君子じゃねぇんで、火を吹く猫を受け入れた。予防注射のときだけ気ぃつけりゃいい。
「あれはダメだ、姉上。大家殿も言っていた。苦しんで亡くなったのだから、天国では楽しいことだけ考えていて欲しいと。どんなに正当な復讐であっても、人間を殺したら仔猫が悪霊になってしまう」
「ですね」
ん? なんか、胸がちくんとして、妙なことが頭をよぎる。
デッキから抜けてた一枚は『武装兎』ってカードだ。
なんで今、んなこと思い出したんだろう。
「「「親分っ!」」」
通りかかった先輩トリオが、大声で俺の思索を消し去り、紅太の前に五体投地した。
「親分? 余のことか?」
「「「うっす!」」」
「なんかよくわかんねぇんスけど、ひと目見て思いました」
「アンタ、いや、あなたさまは俺らの親分です」
「命に代えても尽くすっす」
やっぱ昨日のことが、なんとなく頭に残ってんだな。
紅太はふーんなんて言いつつも、小鼻が膨らんでるとこ見っと満更でもねぇらしい。
「わかった、子分にしてやろう。それでは連絡先の交換だ」
「「「光栄っす!」」」
先輩トリオは地べたに正座して、ポケットからスマホを取り出した。
揺れてるストラップは亀、鯛、平目──なんだ、そのチョイス。
あ、でもちょうどいいか。龍神の紅太の手下だもんな。
乙姫さまは……俺の隣で目を丸くしてるけど。
連絡先の交換が終わったのを見計らって、俺は紅太に声をかけた。
「んじゃ帰るぞ、紅太」
「うむ」
「悪党が捕まってめでたいし、今日も暑いから、コンビニでアイス買ってやる。紫乃花さんも一緒に食べるだろ?」
「はい!」
校門をくぐる俺たちの背に、正座したままの先輩トリオの声が浴びせられる。
「「「親分、アニキ、アネゴ、お疲れさまっしたっ!」」」
なんなんだかなあ?
つっても呪いのことは打ち明けられない。隣人の正体はトップシークレットだ。このままバックれんのもなんだから、今度適当な理由をつけて、先輩トリオにお詫びの差し入れでもしとくか。
てか、俺も紫乃花さんと連絡先交換してぇんだけど。
ちらりと見たら、にこりとされて、俺は気温以上の熱に包まれた。




