表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
13/50

13・涙雨がやまなくて

 ダメだ。

 マジで俺は、『は』で始まって『い』で終わるアレっぽい。

 ひらがな四文字、漢字二文字の……『初恋はつこい』ってヤツだ。

 紫乃花さんの部屋の前、聞こえてくる泣き声に胸が締めつけられる。

 泣かしたヤツをボコボコにしてやりたい。つっても俺なんだけど。


「紫乃花さん」


 泣き声がやんだ。

 室内から緊張した空気が漂ってくる。

 返事は戻ってこないが、言葉を続けた。


「さっき俺、紫乃花さんが怖くて腰抜かしたわけじゃないんだ。……自分でもすっげぇ情けねぇけど、アンタが泣いてるほうが嫌だから言う。……だ」

「……え?」


 この期に及んで、俺はなんてみっともねぇ男なんだ。

 アイツらの名前を口にするだけで怖くて、唇が震えて声にならなかった。

 勇気を振り絞る。……昔から良く、この言い回しで親父にからかわれたなあ。


「ナ、ナ、ナ……ナメクジが怖ぇんだっ!」

「……くすっ」


 あ、笑ったな? でもいい。

 泣いてるくらいなら、俺のこと嘲笑ってくれ。……つってもMじゃねぇから!


「……わたしも」


 天岩戸が開く。

 世界が光に包まれた。


「わたしもナメクジ嫌いなんです。あの方たちが仔猫にひどいことしたと思い込んでいたから、一番イヤな生き物に変えてしまいました」


 晴れのち曇り。廊下に出てきた太陽の女神が、しょぼんとうな垂れる。


「もう少し落ち着いて、勇気さまの制止を聞けば良かったのに。……わたし、ダメな子なんです。紅太が生まれて良かった。わたしじゃ立派な龍神の長にはなれませんもの」


 鼻を啜り上げる音がして、俺は腕を伸ばした。

 今日の昼、喜んでくれたよな?

 しなやかな黒髪を優しく撫でる。

 慰めるつもりだったのに、最高のサラサラ感に俺のほうが気持ち良くなっちまう。


「呪いは紅太に解いてもらったから安心してくれ。今日のは、俺が全部悪かったんだ」

「っ! 勇気さまはなにも悪くありませんっ!」

「いいや、悪ぃのは俺だ。俺は親父にアンタたちの世話を頼まれてるんだぜ? なのに昨日引っ越してきたばっかりで、慣れない学校に疲れてて、おまけに徹夜明けのアンタを連れ回しちまった。疲れてるときに失敗すんのは、よくあることさ」

「わたしが、わたしがお買い物に行きたがったんです。勇気さまのせいじゃありません」


 泣きじゃくる彼女の頭を撫で続ける。

 やがて涙が止まったのか、紫乃花さんは顔を上げた。

 腫れ上がった赤い目元が痛々しくて、俺のほうが泣きたくなる。


「……あのね、ダメですよ?」

「ん?」

「悪いことをしたわたしの頭をなでなでしたりしたら、わたしは勇気さまになでなでしてほしくて悪いことをする、イケナイ子になってしまうかもしれませんよ?」


 ちょっと膨らんだ赤い頬→1HIT!

 上目遣いの潤んだ瞳→2HIT!

 白いパーカーを脱いでるから、俺の身長から見下ろすと、ちょうど目に入る胸の谷間→3HIT!

 なんだか色っぽい『イケナイ子』の言い方→HITHITHIT……!

 俺の心臓はキューピッドの矢で穴だらけになった。


「紫乃花さん、お、俺はっ!」


 彼女の両肩をつかむ。

 少し力が強すぎるかもしんねぇ。

 けどどうしようもねぇんだよ! だって初恋なんだぜ? 心も体も止まんねぇ。

 俺が想いを口にしようとした瞬間、


 きゅるっ!


 紫乃花さんのお腹が可愛く鳴いた。

 デニムのポケットから霊力封じの腕輪を出して彼女に渡し、俺は尋ねる。


「……一緒に飯の用意すっか?」

「はい! わたし、すっごくお腹減っちゃいました」


 台所へ向かう俺を追い越して、彼女が振り向く。

 恥ずかしそうに俯いて、俺から視線を外す。


「……勇気さま、わたしのこと、嫌いになってしまいましたか?」

「んなわけねぇ」

「良かった!」


 紫乃花さんは満面に笑みを浮かべる。


「わたし、勇気さまのこと大好きなんです!」


 へ?

 ままま、参ったなあ。

 女のほうから告白させるなんて、男が廃るぜ。

 で、でもまあ、うん、俺も……顎を撫でて緩んだ口元を隠していたら、彼女はキューピッドの矢どころか、ミサイルを撃ち込んできやがった。


「だって、生まれて初めてのお友達なんですもの」


 ……オ ト モ ダ チ?


「わたしも紅太も長の子どもだから、周りはみんな家臣だったんです。同じ年ごろでも友達じゃなくて侍女や従者で……今は勇気さまに頼りっぱなしですけど、今に勇気さまを助けられるようになりますから、そのときは頼りにしてくださいね! お友達ですもの!」

「あ、ありがとな」


 うふふ、と笑って、彼女は踊るような足取りで進む。

 それを追う俺の足は重い。すげぇ重い。

 紫乃花さんが泣きやんでくれたのは嬉しいんだけど、今度は俺の心に涙雨が降り注ぎ始めていた。

 ……お友達、かあ。

 お友達から始めるとか、たまに聞くんだが、それってマジで恋愛につながんの?

 お友達って時点でアウトオブ眼中なんじゃねぇの?

 お友達から恋人へのスライドなんて、恋愛初心者の俺にできるわけねぇし!

 俺は、紫乃花さんに気づかれないよう、そっと溜息を飲み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ