11・先輩トリオ、三度(みたび)現る。
スーパーからマンションへの道を辿る。
そろそろ部活が終わる時間だ。同じ高校のヤツらが近くの駅に向かっていた。
夏のことで日は長いけど、それでもそろそろ空が赤らみ始めている。
「わたしも持ちますよ」
「大丈夫だ。紫乃花さんの白くてすべすべな腕に跡なんかつけるもんじゃねぇ」
両手にショッピングバッグを抱えた俺の言葉に、紫乃花さんが視線を逸らす。
照れてんのかな、なんて思った俺は甘かった。
「……すべすべ……」
呟く彼女は、眉間に皺を寄せていた。
ええぇぇっ? すべすべダメ? スケベっぽかった?
紫乃花さんが首を傾げて、ひとりごちる。
「……モフモフ……」
なんでいきなり。
でもちょうどいい。
「し、紫乃花さんは猫好きか?」
「猫? 猫又ですか?」
「いやフツーの猫。この辺りに地域猫のエサ場あんだ」
俺は、ブロック塀の先にある路地を指差した。
地域猫には賛否両論あると思うが、この町は上手く行ってるほうじゃねぇかな。
うちのマンションの大家さんが猫好きで、ちゃんと排泄物も処理してくれている。
ノミやダニの除去、予防注射に手術、里親探し──大変なのに、立派な人だ。
エサやってるだけじゃ自己満足だもんな。
鍵っ子だった小学生のころは、よく大家さんを手伝ってたっけ。
……一緒にいたとき、何回職務質問されたかなあ。
要するに、大家さんはその手の顔の老年男性だ。
またヒマ見つけて手伝いに行こう。
「春に生まれた仔猫がいる。見に行かないか?」
「仔猫……はい!」
ふう、良かった。
俺は禁止ワードとして、すべすべを心に刻み込んだ。
スーパーの冷気で冷えた体に、夏の夕暮れの熱気が心地いい。
紫乃花さんは元気そうだ。念のために持ってきたタオルと、吹きつけると氷になるスプレーは用なしで終わるな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うおおぉぉぉっ!」
町が震えるような叫び声が聞こえた。
地域猫のエサ場のほうからだ。
紫乃花さんが顔をしかめている。
「……血の匂いがします」
「へ?」
俺らは角を曲がり、路地へ足を踏み入れた。
大家さんがこまめに掃除してくれてるので、悪臭はない。
この路地を囲む家の人たちにも許可はもらってる。
紫乃花さんを背中に隠す。
なにかヤバイことが起こってたら、すぐに彼女を逃がそう。
俺? 俺は対処できる。不良だからな。
あ、でも買い物どうしよう。紫乃花さんに託すにゃ重すぎるよな。
いつものように冷凍するつもりで買いすぎた。
紅太が食いしん坊でも、お袋ほどは食わねぇだろうし。
「あ」
路地には三人の人物がいた。
見飽きた先輩トリオだ。
叫び声を上げたのは、いつも妙な発言をするヤツのようだ。
「なんかあったんスか?」
三人が囲んでいたものを覗き込む。
仔猫だ。仔猫が死んでいる。刃物で腹を裂かれていた。
胸クソ悪ぃが珍しい事件じゃねぇ。
ここは駅から高校への通り道だ。世の中には、不良よりタチの悪い学生もいる。
駅が近いから、うち以外の学校の生徒も通りかかるしな。
社会人だって信用できねぇ。
ああ、くそ。ゴリ先輩の配下になっときゃ良かった!
ここらが俺の縄張りだって知れ渡ってれば、妙なバカは入り込まなかったのに!
背後の紫乃花さんが動く。
「ダメだ、見るもんじゃねぇ!」
俺の制止は遅かった。
紫乃花さんは俺の隣に並び、それを見てしまった。
「……あなたたちですか?」
静かだが重い声が言い、枝分かれした角が黒髪から突き出る。
昨夜ネットで調べた。東洋風の龍が持ってんのは鹿の角なんだ。
性別は関係ねぇのかな?
龍神のお姫さまが先輩トリオを睨みつける。
「悪い方たちではないと思っていましたのに」
「おい、紫乃花さん、落ち着け。違ぇよ。コイツらも今来て驚いてたんだ」
さっきの叫び声は悲しみに満ちていたじゃねぇか。
しかし、俺の説得は間に合わなかった。
紫乃花さんはうっすらと銀色に煌き、そして、
「うわあぁぁっ!」
俺は目の前で繰り広げられた光景に尻餅をつき、そのまま後退する。
叫び声を聞いて俺を見た紫乃花さんは、泣きそうな顔で走っていった。
彼女がいた場所には、霊力封じの腕輪が落ちている。手首が細いから、滑り落ちちまったんだ。
立ち上がる気力も追いかける元気も俺にはない。
龍神のお姫さまの呪いを受けた三人が縋るような目をして近づいてくる。
「や、やめろ、やめてくれ、近寄るなっ!」
紫乃花さんが人間と違うことなんて、角や尻尾でわかってる。
龍神というからには強いんだろうなって予想もしてた。
だけど、だけど──
「ナメクジだけは、ナメクジだけは苦手なんだぁ!」
先輩トリオは、三匹のナメクジに変えられていた。




