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龍の姫に恋してから、俺の不良ライフが変なんです!  作者: @眠り豆
第一話 隣のあの娘(コ)は龍の姫
10/50

10・お姫さまは大胆素敵。

 予想通り、紅太は留守番を主張した。

 カードと一緒に渡した、雑誌付録のルールブックを夢中で読んでたな。

 カードゲームもいろいろあるが、これは漫画が原作だ。

 漫画も家にあるから、一緒に持ってきてやれば良かった。

 ルールブックは漫画の連載が終わる前、アニメ開始時の付録だったから、ちょうど小学校でウサギが──

 いやいや、懐かしくても思い出に浸ってる場合じゃない。

 今は紫乃花さんとふたりで買い物の最中だ。

 なにもかもが珍しいのか、彼女はスーパーの店内を見回していた。

 天井から垂れ下がった安売りチラシに目を奪われ、ショーケースに顔を突っ込み、ところどころに置かれたワゴンを踊るようにして避ける。たまにワゴンの中も覗き込む。

 今日は南国風の派手めのワンピース。

 肩ヒモがなくて、白い半袖パーカーを上に着ている。

 なんだか海に来た気分だ。

 俺はカートを押して、翻るワンピースを追いかける。

 おーい、待てよー。なんて心の中で呟きながら。


「エビ」


 海鮮売り場の前で、彼女が立ち止まる。

 俺は心の中でほくそ笑む。

 予想通り。女子はエビ好きだもんな。

 抜かりはねぇ。もうひとつの好物も用意してるぜ?


「エビ買いましょう。マヨネーズでアボカドと和えると、美味いっすよ」

「アボカド?」


 俺が指差したカゴの中の野菜を確認して、彼女は頷いた。

 冷凍エビのパックを取って、カゴに入れてくれる腕が細い。霊力封じの腕輪をした手首も細くて、俺がつかんだら折っちゃいそうだ。


「あ、そうでした! お支払いの三分の二、帰ったら払います。わたしったら、お財布持ってくるの忘れてました。お買い物だっていうのに、バカですね」

「んなことねぇっすよ。それに半額でいいです。紅太は子どもだし、巽さんはそんなに食わねぇじゃないですか」

「……紫乃花」

「はい?」


 俺の横に回りこみ、彼女が顔を覗きこんでくる。

 うへえ、まつ毛が長ぇぜ。潤んだ瞳に吸い込まれそうだ。


「巽さんじゃ、わたしか紅太かわかりません。わたしのことも名前で呼んでください。それと……」


 ほんのり頬を染めて、顔を逸らす。


「しゃべり方も普通にしてください。……頭なでなでしてくれたとき、みたいに」

「た、巽さん、いや、し、し、紫乃花さんがいいなら、そうしま、する」


 緊張して、妙なしゃべりになっちまった。

 紫乃花さんは、良かった、と小さく微笑んだ。


「うふふ。頭なでなでされるの、生まれて初めてだったから、とっても嬉しかったです」

「し、紫乃花さんの親父さんはしてくれなかったんです、のか?」


 しばらくはこの、妙なしゃべり方が続きそうだ。


「お父さまがわたしや紅太の頭を撫でようとすると、どこからともなくお母さまが割り込んでいらっしゃるんです」


 彼女が溜息をつく。

 龍神の長は、恋愛脳ってヤツかな?


「そりゃ大変っす……だな」

「お父さまとお母さまが仲良しなこと自体は、嬉しいのですが」


 紫乃花さんは、俺のしゃべりに突っ込まない。

 育ちのいいお姫さまだからか、慣れるまで待ってくれるつもりなのか、わからないが、一々指摘されないおかげで気は楽だ。


「乾さま」


 ふえっ?

 なな、なんでくっついてくんの?

 腕、パーカーの半袖から伸びた素肌の腕が、俺の腕に当たってんですけど?

 なんで? 寒いから? 海鮮売り場はショーケースから冷気があふれて寒いから?

 すべすべー。パーカーよりも白い腕はすべすべー。

 てか、このワンピース胸元が開きすぎじゃね?

 紫乃花さんが見上げてくる。上目遣いが凶悪すぎっぞ、ゴラァ!


「わたしもお名前で呼んでいいですか?」

「お、おう。てか、紫乃花さんも、その、フツーに」

「ゴメンなさい、勇気さま。わたし、このしゃべり方が普通なのです」


 弟の紅太にも基本丁寧語だもんな。

 てか! てか『勇気さま』って! 紫乃花さんが俺のこと『勇気さま』って!

 それだけ言って、紫乃花さんは俺から離れた。

 ふわりとした動きが蝶を思わせる。

 ショーケースを覗き込んで、彼女はひとり言のように呟く。


「……さっきすれ違った人に、新婚さんは可愛らしいわね、って言われました。わたしと勇気さまが夫婦に見えたのでしょうか?」


 しし、新婚? ふ、夫婦っ?

 なにそれ、ちょっと通行人、なに言ってくれてんだ。

 もっと言えよ! お似合いね、とか、ラブラブね、とかよう!

 つうか、だれか俺に情けない顔を隠す仮面をくれ。

 このままじゃ顔が緩むだけ緩んで、鼻の下が床についちまう。

 ああ……俺、本当に『は』の字で『い』の字なのかもしんねぇ。

 ベトナムの首都じゃねぇぞ。四文字だ。鍋にぴったりの淡色野菜でもねぇからな!


「勇気さま、お刺身コーナーです」

「おお、おう!」


 ちょっと期待してたんだが、ショーケースを覗き込んで刺身を選ぶ俺に、紫乃花さんはくっついてはこなかった。

 新婚さんって言われて照れちまったのかな。


 ……くそう、通行人め!


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