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2016年/短編まとめ

来世で逢おう、子猫ちゃん

作者: 文崎 美生

「生まれ変わったら猫になりたいんだよねぇ」


パラリ、雑誌を捲る手が止まる。

先程言葉を発した彼女の視線は、相変わらずテレビに釘付けで、俺の方を見ようともしない。

彼女が熱視線を送るテレビの中では、画面が真っ赤になるシーンに突入していた。


スプラッタ映画を見ることが趣味だと言ってしまう彼女は、今日も今日とてスプラッタ映画を見ている。

休日になると一本は見るんだよなぁ、と思いながらも取り敢えず、先程の言葉にいきなりどうした、と返しておいた。

独り言かもしれないが、あまりにも大きな独り言なので、俺に向けられているような気にもなるのだ。


「猫になりたい」


「生まれ変わったらじゃなく?」


雑誌を閉じてローテーブルの上に放り投げる。

高めの音が響いたが、彼女は一人用のソファーに身を沈めたままマグカップを傾けるだけ。

俺と色違いのマグカップからは、細く白い湯気が上へ上へと立ち昇っている。


「猫に生まれたかった」


「話が見えてこないんだよなぁ」


無残な殺され方をしているテレビの中の人間を見て、彼女の口元が歪んだ。

スプラッタ映画を楽しそうに見たり、ホラー映画を真顔で見ていたりする彼女の感性は、少しばかりぶっ飛んでいる気がする。

まぁ、楽しそうで何よりだが。


「猫、好きなんだよね」


「知ってるけど」


俺もマグカップに手を伸ばす。

テレビのスピーカー部分から、血糊が撒き散らされる音がした。

派手な死に方を見て、彼女は楽しそうにクスクス笑っているが、やはり悪趣味な気がする。


「黒猫になって不幸を呼びたいなぁ」


「うーん」


彼女の唐突な話は今に始まったことじゃないが、今日のはなかなかに分かりにくい。

分かりにくいと言うか、主語がないというか……回りくどいのだ。

あえてそういう言い方をしているのだろうけれど、彼女のそういう話になると無駄に頭を使う。


彼女曰く舌が麻痺するブラックコーヒーを見下ろして、何か甘いものでも取りに行こうと立ち上がる。

ここは彼女の一人暮らしをしている部屋だが、勝手知ったる、というところだ。


猫猫言っている彼女を見れば、こちらを見ずに飲み終えたらしいマグカップを差し出している。

持って来いと、新しく淹れて来いと。

聞くまでもなく、ココアをリクエストされるので、はいはい、と呟きながらマグカップを受け取る。


見終えたらしいDVDを止めた彼女の膝の上に、見覚えのあるようなないような、微妙な革の表紙を見かけた。

何だっけなぁ、あれ。

首を傾げながらココアを淹れる。


お湯を沸かしながら冷蔵庫を開けると、チョコムースが二つ並んでいた。

ココア飲みながら食べるのか聞いてみたが、当たり前だろう、というような答えが返って来る。

また別のDVDをセットしているが、またスプラッタらしく溜息が漏れた。


「あ、それさぁ」


「んー?見たいの?」


「……いや、DVDじゃなくて。その、アルバム」


台所から顔を覗かせると、彼女は動きを止めた。

視線はDVDデッキに落としたままで、新しいDVDのディスクをセットしようとしている動きをキープしている。

横髪が落ちているから、表情が見えにくい。


何も言わない彼女に続けて「あれだよね」と問いかけてみたが、ほぼ無反応。

あのアルバム、一度だけ見たことがある。

いつだったか、年末でもないのに、彼女が気まぐれに始めた大掃除。

積み上げられた本に混ざっていたアルバムだ。


「猫の……」


「もしも生まれ変わったら、あの子と同じ時間をもっと過ごせるのにね」


静かにDVDをセットした彼女。

彼女のこの部屋に猫はいない。

その代わり猫がいた。

いた代わりに残ったのが、彼女が大切そうに抱えているアルバム一つ。


生きる時間の違う生き物なんだから、どうしようもないことがあるのに、彼女はズルズルズリズリ、それを引きずっているようだ。

スプラッタ映画を笑いながら見るのに、その差は一体なんだというのか。


「はー、黒猫になりたい」


ピッピッ、とテレビの音量を上げている彼女に、淹れたてのココアとチョコムースを差し出す。

クドそうな組み合わせをしながら、スプラッタ映画を見続ける彼女の膝の上には、相変わらず革の表紙を持つアルバム。


まぁ、猫は可愛いよなぁ、なんて外れた答えを返す俺を、彼女は笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。彼女の猫なりたい気持ち、めっさ分かります。猫は、可愛いです。最強です。何よりも、この世の宝です。 そんな彼女と作者さんに、プレゼントを送ります(笑)
2016/01/08 03:54 退会済み
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