来世で逢おう、子猫ちゃん
「生まれ変わったら猫になりたいんだよねぇ」
パラリ、雑誌を捲る手が止まる。
先程言葉を発した彼女の視線は、相変わらずテレビに釘付けで、俺の方を見ようともしない。
彼女が熱視線を送るテレビの中では、画面が真っ赤になるシーンに突入していた。
スプラッタ映画を見ることが趣味だと言ってしまう彼女は、今日も今日とてスプラッタ映画を見ている。
休日になると一本は見るんだよなぁ、と思いながらも取り敢えず、先程の言葉にいきなりどうした、と返しておいた。
独り言かもしれないが、あまりにも大きな独り言なので、俺に向けられているような気にもなるのだ。
「猫になりたい」
「生まれ変わったらじゃなく?」
雑誌を閉じてローテーブルの上に放り投げる。
高めの音が響いたが、彼女は一人用のソファーに身を沈めたままマグカップを傾けるだけ。
俺と色違いのマグカップからは、細く白い湯気が上へ上へと立ち昇っている。
「猫に生まれたかった」
「話が見えてこないんだよなぁ」
無残な殺され方をしているテレビの中の人間を見て、彼女の口元が歪んだ。
スプラッタ映画を楽しそうに見たり、ホラー映画を真顔で見ていたりする彼女の感性は、少しばかりぶっ飛んでいる気がする。
まぁ、楽しそうで何よりだが。
「猫、好きなんだよね」
「知ってるけど」
俺もマグカップに手を伸ばす。
テレビのスピーカー部分から、血糊が撒き散らされる音がした。
派手な死に方を見て、彼女は楽しそうにクスクス笑っているが、やはり悪趣味な気がする。
「黒猫になって不幸を呼びたいなぁ」
「うーん」
彼女の唐突な話は今に始まったことじゃないが、今日のはなかなかに分かりにくい。
分かりにくいと言うか、主語がないというか……回りくどいのだ。
あえてそういう言い方をしているのだろうけれど、彼女のそういう話になると無駄に頭を使う。
彼女曰く舌が麻痺するブラックコーヒーを見下ろして、何か甘いものでも取りに行こうと立ち上がる。
ここは彼女の一人暮らしをしている部屋だが、勝手知ったる、というところだ。
猫猫言っている彼女を見れば、こちらを見ずに飲み終えたらしいマグカップを差し出している。
持って来いと、新しく淹れて来いと。
聞くまでもなく、ココアをリクエストされるので、はいはい、と呟きながらマグカップを受け取る。
見終えたらしいDVDを止めた彼女の膝の上に、見覚えのあるようなないような、微妙な革の表紙を見かけた。
何だっけなぁ、あれ。
首を傾げながらココアを淹れる。
お湯を沸かしながら冷蔵庫を開けると、チョコムースが二つ並んでいた。
ココア飲みながら食べるのか聞いてみたが、当たり前だろう、というような答えが返って来る。
また別のDVDをセットしているが、またスプラッタらしく溜息が漏れた。
「あ、それさぁ」
「んー?見たいの?」
「……いや、DVDじゃなくて。その、アルバム」
台所から顔を覗かせると、彼女は動きを止めた。
視線はDVDデッキに落としたままで、新しいDVDのディスクをセットしようとしている動きをキープしている。
横髪が落ちているから、表情が見えにくい。
何も言わない彼女に続けて「あれだよね」と問いかけてみたが、ほぼ無反応。
あのアルバム、一度だけ見たことがある。
いつだったか、年末でもないのに、彼女が気まぐれに始めた大掃除。
積み上げられた本に混ざっていたアルバムだ。
「猫の……」
「もしも生まれ変わったら、あの子と同じ時間をもっと過ごせるのにね」
静かにDVDをセットした彼女。
彼女のこの部屋に猫はいない。
その代わり猫がいた。
いた代わりに残ったのが、彼女が大切そうに抱えているアルバム一つ。
生きる時間の違う生き物なんだから、どうしようもないことがあるのに、彼女はズルズルズリズリ、それを引きずっているようだ。
スプラッタ映画を笑いながら見るのに、その差は一体なんだというのか。
「はー、黒猫になりたい」
ピッピッ、とテレビの音量を上げている彼女に、淹れたてのココアとチョコムースを差し出す。
クドそうな組み合わせをしながら、スプラッタ映画を見続ける彼女の膝の上には、相変わらず革の表紙を持つアルバム。
まぁ、猫は可愛いよなぁ、なんて外れた答えを返す俺を、彼女は笑った。