海
そこは一面水で覆われた世界だった。
どこまでもどこまでも続く水面。
太陽の光を緩やかに吸い込み、どこまで続くかわからない深い水の底を幻想的に照らしていた。
そのなかでただ一つ、異色の存在を放っていたのが黒い彼と、赤いあたしだった。
…というかあたしだった。
「待って、待って待って?いくら夢だとはいえ、え?あたしなんで水の上?というかなんで一面水なの??え?」
「…麗紅落ち着け?」
「だだだだって…っ!!」
「お前…少し見ない間になんかキャラぶれてるぞ」
「な、何よ!そんな事あたし知らないわよ!というか何この状況?」
「前の夢から移動する時に咄嗟に思いついた場所だ….というかイメージなんだが…それがここ、“海”だったんだよ」
「うみ…?」
「お前と離れ離れになる前、お前と行きたいって言ってた場所。一面が水で、磯?の香りがして…波というやつがあるらしいが本物を見た事がないから…まぁイメージだな」
「そっか…」
キラキラと光る“うみ”はあたしには少し眩しくて、思わず少し目を細めた。だけど完全に目を背けることは出来なくて、その青に目が奪われていた。
「綺麗…」
そんなあたしを横から微笑みながら見ている彼に気づかないままあたしは暫しの安らぎを手にしていた。
「俺の名前は海。お前の……」
「お前の……?」
「…仲間だ」
一瞬言い淀んだように見えた彼は、その時だけはあたしの目を見ずにうみを見つめていた。
「俺達は能力者だ」
「能力者?」
「あぁ。大小持つ力の大きさはあるが本当に様々な能力がある」
「…あたしは夢を渡る能力?」
「それはお前の能力の一部だ」
「いち…ぶ?」
てっきりそうだろうと自信満々に聞いた手前、なんかあっさり遮られて言葉に詰まる。
「あぁ。お前の、いや、“俺達”の能力はこんなもんじゃない」
“俺達”の能力はこんなもんじゃない?それはどういうことだろう?あたしが質問を重ねようとした時、それを遮るように苦笑いしながら海は話し始めた。
「お前の能力の根本的なモノは“夢”だ。だがそれは“渡る”力がメインじゃない」
益々訳のわからなくなったあたしは多分面白い顔をしているんだろう。海は吹き出しながらあたしの頭をよしよしと撫でた。
「っ!!」
多分、無意識だったその行動に海も少し慌てながらあたしの頭に置いた手を宙で泳がせる。ほんのり赤くなった顔が頭一個分ある身長差からはっきり見えて、あたしは思わずくすくす笑ってしまった。
「笑うなよ!と、とにかく、お前の能力の最大のポイントは夢の具現化だ」
「夢の……具現化?」
「お前は夢を自在に操り、その夢を現実のものとする力がある」
「それって……」
ある一つの疑問が頭を過ぎる。一つの予感。急に頭が回り始め、冷や汗が額を伝う。喉が急にからからに乾き、張り付く。聞きたくないけど聞かなければと、本当はどこかでわかってる疑問を、謎を。それに気づかず海は話を続ける。
「問題はお前が能力を使っている間、お前自身が無防備になることだ。だがそれは俺らの能力で…「海…」」
そっと彼の名を呟くと、はっと気づいた彼は一目であたしの様子が変だと気づいたらしい。そういう所は確かに彼とは親しい仲なのかもしれないと思わせた。
そしてあたしはそっと聞く。
「あたしがいる夢で死んだ人は現実になるの?」
「どうした?」
「いいから!」
あたしの急な変化に戸惑いを隠せないのか
はたまた心当たりがあるのか
だがしっかりと、彼は頷いた。
「お前にその“意志”があるなら……可能だ」
できると、彼は、そう言った。
それなら……
もしそうだとするならば……
だったらだったらだったら!!!
「菖蒲…っ」
彼女を殺したのはあたしなのか?
先程までは綺麗だと、見たこともない景色だと.見蕩れていたその場に座り込み、あたしは思わず叫ぶ。声の限り。
そんなあたしに慌てた彼は近づこうとする。いや、したのか?
麗紅が叫び出したその瞬間。確かに海は麗紅に近づいて落ち着かせようとしたはずなのに、そこから5m程吹き飛ばされていた。
海が黒く染まり、風が麗紅を周りを取り囲む。
気づいていないのは本人だけ。彼女の意思に反して彼女の感情で世界が彩られる。
「麗紅っ!!!やめろっ」
咄嗟に彼女を守ろうと一歩前へ踏み出す。
だが
そんな彼の前に彼が現れる。
否、彼と似て非なる者が…黒い髪に黒い瞳、黒い洋服を着る、どこまでも黒い海に対し、どこまでも白くて白い、彼が……
「霄…」
「だめじゃないか、海。彼女は…麗紅は僕が捕まえたんだ。僕のモノなんだよ?」
「…っ……麗紅はお前のモノじゃない。麗紅を返せ!!」
「何を言ってるんだい?僕から逃げたのは海の方だろ?」
そう言って彼は、ゆるりと笑う。
「僕はいつでも君を歓迎するよ?」
そう言って霄は麗紅を抱き上げる。いつの間にか気を失っていた彼女は容易くその腕に収まる。その額に口付けを落とし、霄はくるりと踵を返す。
「麗紅は僕のモノ。だから奪いにおいでよ?本当のこの子の所へ。そしたら君も、僕の玩具に加えてあげるよ」
最後に見たのは多分遠のく2人の後ろ姿だった。
「霄ぁぁぁぁ!!!!」
また、遠ざかる。また、助けられない。
彼女はまだ、あそこにいる。
あいつの、霄の大切な実験として……
「「「海っ!!!」」」
崩れゆく世界の中で、確かに自分の名前を呼ぶ仲間の声がした。
4月から本格的に働き始めたのもあって凄く亀更新です。申し訳ない!通勤時間が長いのでそこで出来るだけ進めれたらいいなぁ