離脱
唖然とするあたしを他所に剣を片手に暴れまくる同い年ぐらいの男。その身のこなし方は“この世界での戦い方”を熟知しているかのようだった。
現実では有り得ない剣の捌き方。身体を最大限使い、一瞬の間違いが命取りとなる。最もこの世界で慣れてくると怪我を怪我としなくなるのだけど。
まるで鬼神の如く、荒れ狂う嵐の如く、“彼”は“殺し続けた”――――
「藍羽っ!!何をやっている、早くトドメを!この世界から抜け出せ!!」
「でも……それじゃあ麗紅とまた離れ離れになっちゃう!」
「このままだとお前だけじゃなく“俺ら”もやばい!」
クールな顔に似合わない彼の焦った声に藍羽は何かを感じ取ったように目を細める。
「…向こうで何があってるの?」
「“奴ら”に襲われてる。お前が目覚めないからもしかしてと思って能力を使った。あっちでは伊織達が俺とお前の身体を守って戦っている」
「伊織が…」
「だから早くしろ!麗紅の事は俺に任せろ」
「で、でも……」
藍羽ちゃんはちらりとあたしを見上げる。未だに状況が飲み込めないあたしはただ呆然と彼の戦い方に見入って……魅入っていた。
彼が何度目かのトドメを刺した後、未だに無限に広がる夢から距離をとったその瞬間を狙い、藍羽ちゃんがバッと駆け寄る。どうやら内容はあたしのことだったらしく、「何?」と呟く彼の声とちらりとこちらを伺う鋭い目線で妙に落ち着きを失った。
2,3言、言葉を交わし藍羽ちゃんが大きく頷くと彼女はくるりとあたしの方を向きだーっと全速力で走ってくる。
まさしくデジャブ……はぁ……
あたしが思いっきり後ろに倒れた所は割愛し、何か吹っ切れた表情の藍羽ちゃんを見下ろす。
「あのね、本当は嫌だけど、麗紅と離れるのは本当に嫌だけど、でも現実世界の方であたしの仲間が襲われてるの。だから……っ!!」
「うん。よくわかんないけど、藍羽ちゃんはここから無事抜け出せるんだよね?ならあたしのことなんて気にしないで、目を覚まして」
優しくそういい頭を撫でると、藍羽ちゃんは何だか切なそうにあたしを見つめた。
「……やっぱり本物の麗紅だ」
「え?」
「いや、何でもないよ……じゃあ……」
「あいつを殺らないと……だね?」と小さく呟く。周りの空気が一気に氷点下まで下がったかのような錯覚にとらわれる。
…いや、実際に下がったのか?吐く息が白く周りに靄がかかり始める。
「あ、藍羽ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。あったかくしてあげないとね」
そう微笑んだ瞬間下からふわっと温かい風に包まれる。あたしの驚いた姿をにこりと笑いながら確かめるとそのまま前を向き右手を前に上げる。
あたしは次の瞬間またもや驚く事になる。巨大な氷、しかも先が凄く尖った細長い氷。それが藍羽ちゃんの上空に出現したからだ。
「藍羽はお前が好きでよくお前の能力を使って遊んでたからな」
驚くあたしにいつの間にか横に来た黒い男が言う。
やっぱり…と言うべきか?夢を見ている張本人と言うだけあって夢を自由に操ってると言った方が正しい気がする。そのくらい藍羽ちゃんはこの戦いを制していた。ホントさっきまでの怯えた女の子はどこに行ったのか?この子には驚かされてばかりだ。
「麗紅……」
隣で物凄い破壊音が鳴り響きドラゴンの叫び声や戦いによる衝撃波が広がる中で彼の声はすんなりと耳に入ってきた。「何?」と言いながら相手を見返すとその漆黒の瞳に捕らわれる。
「…会いたかった」
世の中にイケメンにそう言われ赤らめない女性がいるのか?います!あたしだ。ただし内側から激しく胸を叩いてるやつはいましたが。あたしは相変わらずポーカーフェイスで相手を見返した。
「ごめん。あたしなんか…」
「記憶がないんだろ。藍羽から聞いた」
苦々しげに舌打ちすると彼は「それでも」とそっぽを向きながら続ける。
「俺の事覚えてなくても、それでも無事な姿を見れて…よかった…」
あたしの頬に手を添えながら悲しげに微笑む彼をあたしはなんとも言えないような顔で見上げていたと思う。
数分後。
あたしは掠れゆく世界と共に消えゆくドラゴンを見ながら泣き喚く藍羽ちゃんを宥めていた。
「…ぅゔ……やっぱ…り、ひっく……私も……ひっく」
「藍羽、何度も言ってるだろ。向こうにはお前の能力が必要なんだ」
「わかってるけどぉ……」
あたしはポンポンと背中を撫でながら「また会えるから」と言うしかなかった。
「ホント?本当にまた会える?」
「うん、ホント。だからね、ほら目を閉じて?貴女の世界へ還って…ね?」
渋々と言った感じで藍羽ちゃんが目を閉じる。あたしの腕の中で丸くなる彼女の身体は徐々に透け始めていた。
あたしはそのまま思い描く。彼女の未来を。現実に還る彼女を。最後には光の粒となり空へ消えた―――
「「っ?!」」
藍羽ちゃんが消えた瞬間に急激に崩壊し始める世界。それもそうだ。今までだって本人が助かるにしろ死ぬにしろ、その時点で夢は終わった。続かない夢は存在しない。夢を見る人が助かるのは久しぶり過ぎてなんだか終わった実感がなかっただけだ。
「麗紅!時間が無い!少しの間しか保てないが俺の夢へ飛ぶ!」
「ゆ、夢へ飛ぶ?!そんなこと出来るの?!」
「出来る!というかお前が使ってた能力だ。本来ならお前も出来るはずだ」
「え?」
「余計なことは考えるな!お前なら出来る。行くぞ」
「行くぞ」と言った割にはその場から動かず何をしているのかとその顔を覗きこもうとした瞬間異変に気づいた。
…闇が迫ってくる?
なんて、気づいた時にはそれに呑み込まれていた。
あたしの執筆している作品を全て見て下さっている人は薄々気づいているかも知れませんが、主人公とそのヒーローとなる男の子は皆似たようなタイプです。イメージカラーも大体一緒。あたしの好みと書き分けがヘタ……ということもあるかもしれませんが、実はきちんと理由もあります。