森と炎
夢で意識が覚醒するのは何だか現実で目覚めるよりも現実らしい。水中で浮上するようにあたしの意識が浮かび上がっていって、その先が誰かの夢に繋がっているのだ。
そして今回は目覚めた瞬間からやばいと思った。
耳を劈くように響き渡る咆哮。揺れる地面。周りは炎で満ちていた。あるの者は逃げ惑い、ある者は勇敢に立ち向かう。何と?
もう一度天高々と声をあげたそれはそれだけで天を揺るがす。体の表面は赤い鱗に覆われ長い尻尾、鋭く長い牙、口から炎―――そう、ドラゴンだ。
「嘘でしょ……」
誰だよこんな面倒臭いものを創造したのは。あたしはとりあえず今のあたしの身の状況を把握しようと身体を見回す。
胸と腰だけに巻き付けられた白い布。首と腕にはめられた石のアクセサリー。頭にはドウヤラお面のような物が付けられていて、腰に小型のナイフがくくり付けられている。そして裸足。
いやいやいや。どこの原始人だよ。
あたりを見渡すとみんな似たような格好をしていて、それがここの衣装なのだろうと納得する。
そして周りの状況。
まずドラゴンはここからだと見えるけど遠い。と言ってもこんなに離れていてこんなに大きいのだから実際はかなり大きいのだろう。
そしてここはどうやら森、しかもかなり大きな森のようだ。辺り一面緑とそれを覆うように赤しか見えない。
最後にこの夢を見ているであろう人……は残念ながらそれらしき人は見当たらない。
「うわぁぁぁ火を吐いたぞーっ!!!」
「女子どもを先に逃がすんだ!戦える者は武器を!!」
「くそぉ殺ってやる!!」
「ママァァァアア」
戦える者は武器を……か。口々に叫ぶ人達を見ながら冷静に周りを観察してるあたしは冷酷な人間なのだろうか?別に心が痛まない訳では無い。だけど救う人間はただ1人でいいと割り切っている。所詮この人達は夢を見てる人のオーケストラに過ぎないのだから。
次にこの世界でのあたしの力がどの程度か試してみたけど……結構いけそうだ。物は創造して具現化しやすい。問題は身体能力だけど……まぁぶっつけでどうにかなるかな。
よし!じゃあ行こうかな。
走る、走る、走る―――出せるスピードを駆使して走る。
「ふふ」
思わず笑みが零れる。どうやらこの夢はあたしと相性がいいらしい。思い描いた通りに身体が動く。
木々の間を全速力で走り抜け、倒れている家々を飛び越し、人の間を縫うように避けて走る。どんどんスピードを上げ、このままどこまでも―――
「おいっ!!」
ぐいっと身体が引っ張られる。物凄い速さで走っていたあたしは思わずその人を巻き込んで転びそうになるのを身体を捻って避ける事で免れる。
「ちょっと危ないでしょ!!」
「それはこっちのセリフだ馬鹿っ!!」
「なっ……」
初対面でいきなり馬鹿呼ばわりされた……
全速力で走ってきたのか顔が赤く、息も切らして両手を膝についてはぁはぁと息を整えてる真っ最中な青年はなんだか全体的に真っ白だった。まず髪。ふわふわしてそうな白い髪。そして肌。凄く透明感のある白い肌。そして洋服もあたしと同じ、真っ白だった。
「愛羽の……はぁはぁ………場所を……聞きたかっただけなのに……なんでこんなに走らなきゃ……」
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろこの馬鹿っ!!」
「あんたねぇ、人の事馬鹿馬鹿言い過ぎよ!」
「馬鹿を馬鹿って言って何が悪いんだ。大体お前は俺が止めなきゃ死ぬところだったんだ。むしろ感謝してもらいたいね!」
「はぁ?」と怪訝気に尋ねると、青年はあたしの後ろを指さした。
「あっちは迷いの森だろ。近くを通った人をフラフラと迷い込ませ二度と出られない。話によると何も知らない人が通ると気分が高揚して自分から入っていくって聞いたけど…本当みたいだな」
そう言ってじろりと睨む。
口は悪いけどいい人……なのかな?
「一応……ありがと?」
「一応かよ」
瞬間で反論されるけどそこは無視。
「それで?あたしに何の用だったの?」
「人を探してるんだ。年は16、身長は146cm、髪はミディアムで藍色、目が青とピンクのオッドアイ、ついでに言うとかなりの泣き虫」
「見てないわね」
と言うかそんな子がいたら忘れられないだろう。
「ちっ」
そう言って彼はすぐ様駆け出そうとする。瞬間的に袖を掴み引き戻す。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「あーもう!急いでるんだよ俺は」
「いいから、その子どうしたの?」
「突然泣き出して、理由を聞いたら、「私が変なもの創造しちゃったから皆が死んじゃう……」って」
「変なもの?」
「そう。それで何創造したのか聞くとドラゴンって言うから笑い飛ばしてやったんだけど本当になっちゃうし」
「その…藍羽ちゃん?はその後どうしたの?」
「私一人じゃ抜け出せないとかなんとか言って走ってどっか行ったんだよ。それ自体はいつもの事だから落ち着いた頃に迎えに行ってやろうと思ったらこの騒ぎだし……」
「間違いない……」
「えっ?」
見つけた。夢を見ている子。その藍羽ちゃんがそれだ。それに多分自分が夢を見ていることに気づいている。そういう子は助けやすい。
「あたしも探す」
「きょ、協力してくれんの?」
「うん」
「でも藍羽、あいつがいつもいるような場所は全部調べたんだ」
「大丈夫。あたしなら見つけられる」
この子はきっと藍羽ちゃんにとって1番身近な子なのだろう。だから自分を探すように働きかけてる。でも無意識の部分で見つかりたくない気持ちの方が強いのだろう。だから見つけられない。
「貴方、名前は?」
「……伊織」
「じゃあ伊織はあっちを探して、あたしはこっち」
「わかった。頼んだ」
伊織はくるりと背を向けると走り出す。
よし。じゃぁあたしのする事は創造。藍羽ちゃんに続く道。もし、彼女が夢を見ている本人なら見つけられないのも無理はない。本人が見つかりたくないと望むなら見つけられないだろう。あたし以外には。
教えて貰った見た目を頼りに藍羽ちゃんを想像し、そこにあたしがいる事を想像し、そこまでの道を創造する。
そして一歩踏み出し―――