7話~無垢な佳人と心優しい狸王子様~
毎日更新したいなぁ(願望)
カーティスの護衛として旅を同行すること三日目。つまり目的のソヴァージュ王国まで残り半分近い所まで来ていた。途中何度か魔物と遭遇戦を繰り広げたが、大きく時間を割かれることはなく、道のりは順調そのものだった。
今メレスは最初に乗り込んだ時同様、王子であるカーティスを目の前に、そして自分の隣をメイドが座る形になっている。メイドは主人であるカーティスの機微を長年培った眼で伺い、主人が望んでいる事を即座に実行するが、それ以外は特に何かを喋ることはしない。そしてカーティス自身も寡黙なため、車内は基本静かだ。襲ってきた魔物がどんなものなのか、メレスは戦った事があるのか、そう言ったことは時折聞いてくるがそれ以外は特に聞いてくる様子はなかった。車輪が地面を蹴る音と、馬の鳴き声だけがここ一時間ほどメレスが耳にした全てだった。
カーティスの雰囲気が非常に落ち着いているためか、不思議と気まずさをメレスは感じなかった。王族と護衛という立場がはっきりと線引きされているからかもしれない。
気づくとカーティスがこちらへと向いていた。ここ一時間の沈黙を破るようにカーティスはメレスに話しかけた。
「メレスさんはこの国をどう思われていますか」
その突然の質問にメレスは内心首をかしげた。王族としてはごく当たり前の質問かもしれないし、よそからきたメレスだからこそ聞く価値があるのも理解できる。しかしどうしてこのタイミングなのだろうかという疑問があった。そしてその質問の内容も漠然としていた。まるでこちらを探るように。
「それはどういった意味で、でしょうか?」
「単純ですよ。ヴィーグリーズからきた貴方がこの国をどう思っているのか知りたくて」
「…」
その言葉に一瞬メレスは言葉を失った。自分がヴィーグリーズの出身であることはシギル達にしか教えていないし、それは僅か三日前だ。しかもあのメンバーがメレスの事を言いふらす事はあまり考えられなかった。これはメレスの勝手な印象でしかないが。事実シギル達はメレスの事を言いふらすようなまねはしていない。本来大陸を渡るのはメレスがシギル達に説明した通り一部の人間のみだ。ただのCランク冒険者が渡ってこられる道理はない。それをシギル達は悟ったためメレスの事を誰かに話そうとういう意志はなかった。
しかしこの男の口ぶりはヴィーグリーズから来たものと決めてかかっていた。メレスはどう切り抜けるか頭を必死に捻るが元々そんなに頭の回る方ではない。なにも思いつかなかった。
「その反応からすると本当にヴィーグリーズから来られたのですね」
メレスは口角を僅かにあげて笑うカーティスにしてやられたと内心嘆いた。カマをかけられたのだ。とんだ狸だ。
「どうして私がヴィーグリーズからきたとお考えに?」
してやられたメレスは内心あまり穏やかではなく、その口調は慇懃無礼なものだった。
その言葉に隣のメイドの目線がきつくなった。このメイドはいつもこんな眼をしてきつね目になってしまわないかとメレスは少し心配になった。
「そんな怖い顔しないでください。ちょっと気になっただけですから。そうですね。まず貴方の戦いの動きは独特です。剣の振りはもちろん足運びなんてこちらの国、いや大陸のものとはまるで違う。そして容姿も一目でこちらとは違うのがわかります」
「それだけでどうしてヴィーグリーズからきたと?」
その言葉の通りそれだけでは普通、異大陸からとは考えない。それほど異大陸はまだ身近ではないからだ。交流なんてほとんどないようなものだ。通常ならシギル達のようにこの大陸の東側から来たと考えるのが当然だ。
「私は自分の部下を使い、最近魔物の勢いが増した森を見張っておりました。」
その言葉でメレスはまさかと思ったが、あの時自分たち以外に誰かがいる、または見張られている気配はまるでいなかった。メレスの索敵から逃れられる存在などそう多くない。そんな実力者があの場に居たとは考えにくかった。
「大丈夫ですよ。覗きなんて真似はしていませんから」
「ならどうして」
「現場を見れば一目瞭然ですよ」
どうやらカーティスは直接現場を覗いたらしい。王子自ら危険な森に行くとは随分酔狂に感じた。
カーティスは少し楽しそうに人差し指を立てて説明を始める。
「現場の一次職のゴブリンは両方とも一撃の元倒されていました。しかも一方はどのような武器で殺されたかわからず、もう一方は隠れている最中のゴブリンアーチャーを木の上で一刀で瞬殺。どちらも常人離れした技量です。二次職のゴブリンモンクは接戦を繰り広げたのを体の傷から推測できます。つまり一次職とはいえ、職持ちのゴブリンをあれだけ圧倒できる存在が二次職程度にてこずるわけはありません。そうしたらゴブリンモンクを倒したのはそれとは別の人物です。そしてあの時あの森のゴブリンの討伐依頼を受けていたのはシギル・レイルノット率いるパーティーと急遽参加したあなたメレスさん達だけでした。そしてあのパーティーにあれだけの腕を持つ者はいない。つまりあの二匹を圧倒したのはあなたと言う事になります。私は実力のある冒険者パーティーの名前は一通り覚えていますがもちろん私は貴方の名前を存じて居りません」
カーティスの推測は正しい。一次職とは言えあの死体は異常だった。剣で行われたとは思えないゴブリンファイターの体の損傷率に、周りの木、ゴブリンアーチャーを覆い隠していたはずの枝すらも傷つけることすらせず、落とされた首。それは人間離れという言葉でも収まるものではなかった。
そんな事ができる人間はAランク冒険者の中にもいない。そう、その人外じみた技は、人類最高峰のSランク冒険者やアルフォード帝国騎士団の各軍団長に匹敵するものだった。カーティスはこの情報を聞き、実際に自身の眼で確認した時は正直信じられなかった。もしこれが全力でないなら信じたくはないがアルフォード帝国が唯一保有する最強の称号。臨界者と呼ばれる救国の英雄、近衛騎士隊長その人に匹敵するかも知れないとすら考えていた。それを想定した時は背筋が凍る思いだった。もしメレスがヴィーグリーズからの刺客だと考えると王都は大混乱に陥っていただろうからだ。
しかしカーティスはそうは思わなかった。いやそれは正しくはなく、それに賭けたのだ。王や、王を惑わす宰相達はその情報をしらない。せいぜい多少腕の立つ冒険者程度の印象だ。だから今回護衛に引き入れる事に成功したのだ。
「すごいな。そんなところまでわかるなんて」
メレスは敬語を忘れて感嘆の気持ちを口にしていた。現場をそこまで注意深く見ることができるなんて大した洞察力であるし、なによりこの僅かな時間で国に対しても干渉を許さないギルドの情報を集めるなど、並大抵の情報網ではない。確かにそれだけの情報網を気づけるだけの手腕があるならあの凱旋の人気も頷ける。
敬語を使わなかったためかメイドの眼付がさらにキツイものになっている。
「すみません。とつぜんだったもので」
メレスは強く否定するつもりはなかった。ばれた所で何かが変わるわけではない。もしカーティスがなにかするつもりなら戦力の整っている王城で事を構えるのが道理だ。しかしこうして護衛として、しかも同じ馬車の中に置くなんて何かを利用しようと企んでいるに違いない。そしたら身の危険は考えなくてもいいだろう。なにがあってもメレスが動じることはあり得ないが。
「いえ、もとよりそれが望みですから」
カーティスのむしろ少し喜んでいるように見えた。
「お気づきの通り私はヴィーグリーズから参りました」
メレスは素直に白状した。特に隠す必要はもうあまりないし、隠した所でカーティスはもう確信づいている。ごまかしたとしてもこの男のは通じないだろうからだ。
「どうしてこの大陸まで来たのですか?」
「お答えすることはできません」
その言葉でついにメイドの堪忍袋の緒が切れたのか、こちらを物凄い剣幕で睨み口を開こうとするが。
「リタ。やめなさい」
カーティスがすぐに制止する。
「しかし!このものはあの戦争大陸から来たと先程言っておりました!でしたらスパイの可能性だってあります!今ここで殿下の御命を狙うことだって!」
リタの懸念は至極当然のものだった。そもそも野蛮な冒険者がいきなり王子と同じ車内にいるのがおかしいというのに、その者が出自を隠して王子に近づいていたことは看過できない。しかもそれが別の国ならまだしも、戦争大陸で知られるヴィーグリーズからとなると戦争を仕掛けるためにスパイを送り込んできたと考えるのが普通だ。
「スパイというなら一人だけを送り込むというのは考えづらいだろうし、彼女の容姿はスパイにあまりに向いていない。それに私を暗殺したいのならそもそもあの暗殺者達から私を救ったりはしないさ」
「しかし…!」
リタが納得できないのは当然だ。そんなの希望的観測でしかない。そもそもそうだとしても同じ空間に置くのは全くの別問題だ。
「リタ。これは私が決めた事だ。異論は認めないよ」
リタの反論をカーティスは強引にねじ伏せた。
「…はい」
「うん。それと今の話は他言無用だ。もしこの話が漏れるような事があれば…わかるね」
当事者であるメレスもカーティスもこの話を外部に漏らしてもメリットはない。一番ありそうなのは納得していないリタが王あたりに密告することだろう。気に入らない女を危険だと、そうさっきの理由を付けたして説明するだろう。
「何を企んでいるんですか?」
「なにも企んでいませんよ。私はあくまで私の身を守って欲しいだけですよ。貴方ほどの実力者なら安心だ」
「…そう、ですか」
メレスは怪訝にそう呟くと外が騒がしいのに気づいた。何かと顔を覗かせると、黒い格好の男達がカーティス一行に対峙するように道を塞いでいた。
「あれは…!」
メイドのリタが驚きの声をあげる。
「あの時の暗殺者でしょうか」
カーティスに慌てた様子はまるで見受けられない。近くに自分の命を実際に救ったメレスがいるしその実力もただの暗殺者にやられるほど甘いものではないとすでに照明されている。
「…」
対してメレスの表情は浮かないものだった。襲われているのだからそんな表情も当たり前のようなのだがそれもどこか違う気がするとカーティスは思った。その表情の意味はカーティスにはわからないが今はそれどころではない。
「メレスさんお願いできますか」
あの時の暗殺者ならこの騎士達では厳しいかもしれない。あの時より精鋭ではあるが、数が少ない。あちらの数が多く、その上実力も伴えば、騎士達の腕では負えないかもしれない。カーティスがメレスにお願いするのも至極当然のものだった。
「私はカーティス様の護衛です。この場を離れればその御身をお守りできないかもしれません。それに、あの程度の敵ならこの場の騎士だけで十分でしょう」
「え?」
メレスの反応は予想とは反対のものだった。このまま戦えばいたずらに兵を消耗してしまうと、そう口にしようとした時
「見ていればわかりますよ」
その言葉でカーティスは戦場へ眼を向ける。
広い平原に馬上の騎士が十、馬車の前に二列横隊で並んでいた。もし敵が抜けた時対応できるよう後ろの兵とは間隔を開けていた。そして相手の数は約二十ほぼ無秩序に攻めてきている。両者は激しくぶつかり合い、怒号が飛び交う。
「ありゃ、雇った側は戦法を知らないな」
メレスは呆れたように呟いたその言葉はまさしくその通りだった。数で押すのは非常に道理に適っているが、相手が格上なら今の数では到底足りない。この世界は人間も魔物も生物の強さがピンキリで、下と上の差は天と地ほどの開きがあるのだ。そのため数が多い方が勝つというのはあくまで同じ土俵のもの同士でなければならない。ここは一騎当千を地で行く存在がごろごろといるのだから、弱い暗殺者を二十人も雇った者は戦いを知らない者の可能性が高い。
それが証明されるように馬上の有利もある騎士達が暗殺者達を次々と蹴散らしていく。
「あの時の暗殺者ではない?」
「でしょうね。あまりに実力が違いすぎる」
暗殺者達の戦闘はあまりにお粗末なものだった。暗闇に紛れて人知れず殺しをするのが本来の生業の彼等にとって正面きっての戦闘を本領とする騎士とのこの戦闘は元より負けが決まっていたようなものだった。暗殺者達は次々と斬り殺され数人だけ捕縛してその戦いは終わった。
この戦いではメレスの出る幕は存在しなかった。騎士達はその実力を遺憾なく発揮したことにより事態は瞬く間に収束を遂げた。騎士達は本来の力はこれなのだ。高い個人技と綿密な連携を駆使した戦術は格下の多勢程度はものともするものではなかった。
カーティスは馬車から降り捕まえた男の前に立つ。男の表情は身柄を拘束された今も、捕まる前とそう変わるものではなかった。カーティスは堂に入った動きで帯剣していた豪奢な長剣を抜き男の首筋に当てる。その冷たい金属が横に引かれれば男は頸動脈を断ち切られ血しぶきをあげて死ぬだろう。しかしそれでも男は顔色をなにひとつ変える様子はなかった。覚悟を決めているのか、または諦観なのか、はたまた別のものなのか。男は何かが要因で命請いをしなかった。
「誰の差し金だ。言え、言わねばこの首、胴体と別れるという事を知れ」
カーティスからは普段聞けないドスの聞いた声だった。しかし男の表情はやはりと言うべきかなにひとつとして変わらなかった。
「切り捨てておけ」
そう冷たく言い放つとその暗殺者の男はカーティスから少し離れた所まで行った後、騎士の一人が男の首を絶った。男の首は地面にごろりと転がった。カーティスは自分の下した命令であってもその光景を直視はできなかった。王族としての使命は、カーティス個人の甘い感情よりもずっと重い。暗殺者に対して決して甘い判断を下してはならないのだ。それは結果的に王族への蛮行を助長させるきっかけになりかねないからだ。
カーティスは馬車の中へと戻る。中のメレスはなにも言わないが、その目はお疲れ様と言っているような気がした。それが何となくカーティスの心を和らげた。
拷問を続けても男はそのままなにも喋らなかっただろう。時間も余裕があるわけではない。カーティスは粗方の予想がついていたため、馬車を進めることを優先することにした。
カーティスは王族として非常に優秀だ。その優れた知恵で新しい政策を打ち出し、結果も出している。その甘いマスクは美男美女の多い宮内であっても一目置かれる容姿だ。そしてその二つがあれば民からの信頼を得るには十分だった。それに優しい情の深い所が民に知れ渡った時は市井のカーティスへの賛美の声が一気に高まった程だ。しかしこの優しい性格、否、甘い性格が前回と今回の暗殺の要因になっている事をカーティスは知っていた。
そしてカーティスは、自身の予想が的中しているのならば、これから先もっと大きな事件が起きる事ことになるだろう。
カーティスはメレスの方をちらりと見た。メレスもカーティスの視線に気づいたのだろう。メレスは僅かに首をかしげた。その仕草と表情はきょとんとしたもので、まるで無垢な少女だ。それを見て誰もメレスが強者だとは思わないだろう。これから先、確実にメレスの力を借りる事態が訪れる。それもこの強大な力を持つであろう彼女の力でも及ぶかわからぬ程の敵が。
そんな自身の運命に巻き込んでしまった彼女に心の底から申し訳ない気持ちにいっぱいになる。しかしカーティスはこの運命を乗り越えなければならない。
王族としての使命はカーティス個人の思想よりも重い。カーティスは自分の中の天秤がどちらに傾いているのかを知っている。
カーティスは国のために民のために、我を殺して、運命に立ち向かうつもりだった。