6話~側仕え佳人と平和な国の暗黒面~
毎日更新できたらいいなぁ
Ⅰ
メレスは中堅規模の武器屋から顔を出した。そこそこに古い歴史をもつのか店内の至る所に補修がされているような店だった。メレスの腰には質素な大量生産品の剣ではなく、意匠をこしらえた剣が携えられていた。
ここら一体の敵のレベルならメレスは装備を選ぶ必要はないのだが、体裁というものがある。王族の護衛ともなれば最低でも見栄えの良いものを、若しくは機能を重視した業物でなければ失礼というものだ。メレスはぽっとでの抜擢だ。メレスを気に入らなく思う者も出てくるだろう。いらぬ面倒を起こさぬための出費であった。
メレスはヴィーグリーズから出てくる時そのことを全く考えていなかったため自分の思慮の浅さを多少なりとも嘆いていた。そのための路銀を贅沢に使ったためそれなりの武器を買うお金など残っていなかったのだ。それを補うため昨日面倒なクエストに出る羽目になったわけだ。しかしそのおかげで面白いものを発見できたわけだが。
メレスは先に防具を変えていたため見栄えの良い軽鎧の姿になっていた。完全に性能より見栄えを気にしており、昨日の報酬分だけでは機能を兼ねそろえた物は買えなかった。まあこれで騙されてくれればいいだろう程度の考えだ。いざとなれば自分がいつも使う装備を整える手段はメレスにはあった。
メレスはまだ暇を持て余しているためぶらりと街を歩き回る。
この大陸は近年戦争もなく、飢饉もなければ流行り病もないため、市民の表情に曇りはほとんど見られない。中には暗い顔をしている者もいるが大抵は日々の悩み程度の問題だ。平和だからこそ抱える事の出来る悩みだろう。戦争や飢饉、流行り病など国を脅かす問題を前にすれば人々はそのような悩みも抱えることはできない。だからそう言った一面も平和の証拠ともいえた。この国は、この大陸は平和だ。表面側だけを見たならば。この大陸には悪しき法が存在した。
―――奴隷制度
中世程度の文化のこの世界はその制度を許容している。許容しているか、していないかの判断なんてもちろん支配側の一歩的な考えでしかない。
主に奴隷として扱われるのは亜人種族。エルフや獣人と言った人間とは違う容姿や特性を持った種族たちだ。
こういった種族たちはべたなB級ファンタジーのごとく、当たり前のように人間から迫害を受けていた。
この王都でもそれはまかり通り、街の奥深くまで行けば奴隷商を見ることができた。
メレスは再び周りの街並みを見渡す。
平和だった。
皆が笑い、小さな事で悩み、また笑う。まるで裏の世界の事は目に入らないかのように。それもそうだろう。そう言った教育を受けているのだ。この大陸は純人族至上主義でありその他の種族下等な者として扱っている。教育を受けきった大人達は特に亜人種に対して冷たい感情しか持ち合わせていない。メレスにはそれが多少なりとも悲しかった。しかし今のメレスにはなにもできない。
メレスは王都の闇である商区の奥深くに足を踏み入れる。日差しが良く入り、綺麗な景観が一転する。だんだんと人通りが少なくなり、身なりに怪しいものが増えていく。石畳の路装はただの土の道に変わり、澄んだ空気は鉄のにじんだ悪臭へと変わっていき、メレスの表情も厳しいものへと変わっていく。
一つの商館へと着いた。
そこはみすぼらしい外見の建物中では飛びぬけてまともな佇まいであった。
メレスはその建物の中へと入った。
「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご用件でしょうか」
建物の中に入ると恰幅のいい中年の男が声をかけてきた。男の表情は下卑たものだった。大金を持っているとでも思ったのだろうか。メレスの見た目から貴族か何かだと勘違いしたのだろう。今は幸い身なりも見た目重視で整えたばかりだ。美しい容姿もあって安物の装備でも十分に気品があふれているように男の眼には見えたのだろう。つまり男の眼はその程度の審美眼もない小物だという事だ。メレスは心中で男をそう評価する
「一通り見て回りたいのだが」
メレスの口調は外用のものではなかった。本当なら王都の中では丁寧な口調で通したかったのだが、気分の良い所ではなく取り繕う気持ちにはなれなかったためだ。その声音は聞く者によっては男を感じさせる程度には低い声音だった。
中年の男はその言葉に乗る不快な感情に気づくことはない。気分を良くした男は満面の笑みで「どうぞどうぞ」と奥へと案内を始める。
商館の奥は酷い有様だった。照明は少なく錆び臭い空間。いくつもの鉄格子が並び、その中からは呻き声が聞こえてくる。いくらかは掃除をしているのだろうが、隠し切れていない糞尿の匂いが僅かに漂う。王都の中でも大きな商館だ、恐らくこれでも衛生面には気をつけてはいるのだろう。この王都に来る前もこうして奴隷商を見てきたが、メレスは相変わらずこの空間にはなれないでいた。
メレスは歩いて見て回った。エルフの男女、獣人の男女それぞれを見た。人間の奴隷は少なかった。中の奴隷達の眼は様々だった。生気のまるで無い者。どこを見ているのかわからない者。こちらを憎らしそうに睨んでくる者。泣いている者。中には声を僅かに漏らして笑っている者すらいた。
その光景をメレスはすべて直視した。その姿を奴隷商の男は真剣に選んでいるものと勘違いしていたのだろう。なにも買わないとわかると明らかな落胆を見せた。やはり三流だとメレスは思った。
「今回はお客様のお眼鏡に適う商品はございませんでしたか。次回はお客様の満足頂ける商品を準備致しますのでぜひうちをごひいきお願いいたします」
男は変わらず下卑た顔を汚い笑顔でゆがめると腰を折って礼をした。でっぷりとはみ出たお腹ではそれすらきつそうにメレスには見えた。
「あぁ、また来るよ」
メレスは商館を出て元の街中へと戻った。
今のメレスには何もできない。なにも考えず激情に任せて力を振るえば奴隷商くらいなら簡単に潰せるだろう。しかし奴隷商はこの国では合法の元経営されている。そんなことをしてしまえば一気にお尋ね者だ。この制度を改めさせるには中身からか、それか外からの干渉が必須だ。
そういえばとメレスは思い出す。こことは別の大陸のメディオ大陸では十年以上も前に奴隷制度が廃止された。その制度に反旗を翻したのは奴隷として扱われた者達ではなかった。おそらくそれと同じことはこの大陸では起きないだろう。
メレスは奴隷制度を無くしたいと強く思った。この思いを持って帰って伝えなければならない。メレスはこの大陸の現状を変えることを決意した。いつになるかは分からない。しかしできるだけ早くと思う、ならばこの任務をさっさと終わらせて我が王に伝えようと胸に秘めた。
Ⅱ
護衛任務当日。
メレスは王城の前に来ていた。もうすでに準備のほとんどが済んでおり、出発も間もなくだった。護衛の者が庭の一か所に集められた。騎士がほとんどの中、装備のまるで違うメレスがその中に混ざる。
集められた護衛の数は約十名。一人一人が精鋭だとしても第二王子の護衛にしては心もとない気がした。
今回の任務の重要性のなんちゃら、王族のけだかさやらなんちゃらを聞かされた後、第二王子であるカーティスが姿を見せた。騎士達は瞬時に最敬礼のポーズをとる。カーティスは騎士達護衛を前に話し始める。
「今回の任務は我らアルフォードの友好国であるソヴァージュ王国への訪問だ。ソヴァージュまでは幸いそう大した距離もないし、危険な魔物も少ない。あまり危険な旅ではないのであまり気を張らないでも良い。しかし油断だけはせず護衛という任務に努めてほしい。私からは以上だ」
カーティスの言う通り距離は馬車で一週間程度の道のりだ。そして魔物も陸路にあまり目立つほど強力な魔物はいない。比較的安全な旅路だ。カーティスの言葉が終わると本格的に出発のムードへと変わる。
カーティスが馬車に乗り込み姿が見えなくなると騎士達も自分達の馬にまたがり馬車を取り囲むように陣を取る。
メレスも馬に乗ろうと思ったが余りの馬がいない。これはどうした事かと首を捻っていると、メイド姿の女に声をかけられた。
「メレス様はカーティス殿下と同じく馬車の中へとご搭乗お願いします」
「はい?」
メイドの言葉にメレスは自身の耳を疑った。どこに出自のはっきりとしない冒険者を王子と同じ空間に居らせるだろうか。それも恐らく一週間もだ。なぜかを聞きたいが、メイドは何も答えそうになかった。
「くれぐれも失礼のないように」
そして言われるがままに馬車の中に入るメレス。馬車の中は広々としていて落ち着いた意匠であしらわれていた。これは王子の趣味だろうか。それなら良いセンスをしているとメレスは心の中で評した。馬車の中は広いと言っても立てる程の高さはないため、確認もとらずに座るが、良かったのだろうかとメレスは少し不安に思う。
「お久しぶりです。メレスさん」
そう思っていると眼の前に居たカーティスが話しかけてきた。朗らかな表情を浮かべてにっこりと笑う。女であればころりといきそうな笑顔だった。
「ご無沙汰しております。今回はカーティス王子の護衛に就かせて頂き大変光栄に思っております。微力ながら御身を守れるよう粉骨砕身の覚悟で臨ませて頂きます」
慇懃な態度にカーティスは苦笑いを浮かべる。
「いいですよ。そんな畏まらなくても。最初に私を助けてくださった時のように気軽に接してください」
確かに最初、賊からカーティスの身を守った時、なれなれしい言葉だったなと思い出す。そのあと騎士が表れて取り繕おったが失敗だっただろうかと考えなおすメレス。
案の定、ここまで案内したメイドはあまり良い顔をしていない。
「大変申し訳ございません。あの時は気分が高揚してましたので、あのような失礼を…」
「気にしないで下さい。私は貴方に命を救われたのですから、命の恩人に王族だからと上から出るようなことはできませんよ。それに貴方も高貴な者のような気がしますので」
カーティスの考え方は王族としては珍しい者だろう。その考え方は上に立つ者としてはあまりの腰が低いような気がした。
「私などただの冒険者にすぎません。しかしカーティス殿下にそう仰って頂けると光栄です」
「では今回ほメレスさんのこと頼りにしますね」
「はい」
メレスはこうしてカーティスの護衛として旅に出ることとなった。