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4話~謎多き佳人と夢見る若人達~

第四話

 戦闘後意識を失ったシギルをディスターが背負い、森の外まで歩くメレスとパーティーメンバー。しかしディスターでは大男であるシギルを背負い、足場の悪い森の中を歩き続けるには限界があり、途中で根をあげてしまう。



仕方のない事だろう。ディスターのシギルとでは身長も体重も大きく違い、なおかつシギルは前衛として十分と言える装備で身を包んでいる。シギルの体重は今百を超えるだろう。それを比較的細身な後衛の弓士が担ぎ続けるには限界があった。



そのため代わりにメレスが背負う事になった。身長さと体重差はディスターのときよりも大きくなったがメレスは軽々と持ち上げる。しかもその足取りは先程となんら変わらない程滑らかなものだった。改めて三人はメレスが只者ではないことを知る。



 シギルを背負ったメレスと三人は黙々と帰路を辿る。疲労と困惑でまともに喋る気力がなかったのだ。



 まさかの二次職持ちとの遭遇。死線。シギルの覚醒。そして何よりメレスの豹変と圧倒的な力。今はあの時の雰囲気は一切感じ取れず、丁寧な物腰のメレスだった。



 馬車まであと少しの所でメレスの後ろから身じろぎする感覚が伝わった。シギルが目を覚ましたのだろう。



 「…ん、ん?あれ、……ん!?え!なんでだ!?」



 起きると同時に騒ぎ出すシギル。



 「目が覚めたようですね」



 「な!…なんで俺背負われて!?」



 シギルの顔は目に見えて真赤になっていた。体の大きな男が口をパクパクと魚のように動かして動揺していた。目を覚ませば絶世の美女の横顔がすぐ隣にあったのだ。それは思春期真っ盛りの健全な男子からしたら夢のような話だ。しかもなんだかメレスの体が柔らかい気がした。顔を赤く染めるのは当然といえた。



 「ゴブリンモンクと戦ったあと気を失ったんだけど、覚えてない?」



 「そうよ、それでディスターがあんたを背負って歩いてたんだけど根性無くて今こうしてメレスが担いでくれてんのよ。感謝しときなさい。ディスターもよ」



 「…すまん」


 「え…あ、そうか……そうだったな。俺勝ったんだよな、あいつに」



 シギルは確認するように、さっきの戦いが夢ではないと知りたいかのように。



 「えぇ、勝ったのよ。文句なしの大勝利よ!」



 「そうか」



 シギルはその言葉を聞いてもどこか現実味無いものかのような気持だった。あのゴブリンは強かった。雑魚の代名詞でもあるゴブリンでも、職持ち、しかも二次職ともなればその強さは決して馬鹿に出来るものでなかった。



確実に自分よりも強かった。現に圧倒され、仲間が窮地に追いやられるまで力の差をつきつけられたのだ。



しかしメレスの言葉で自分の中で何かが湧きあがり、そして何かが目覚めた。それは力となり、あのゴブリンモンクと同等以上の戦いを繰り広げることが叶い、そして打ち勝つ事に成功した。紙一重の戦いだっただろう。今もこの体にあの拳につけられたおびただしい程の痣が黒々と残り、厚い筋肉を越えて内臓までダメージがいっていた。状況が何か一つでも違っていたら地に伏せていたのは自分だったのかもしれない。



しかしシギルは勝利をもぎ取り今もこうして仲間のもとに居る。それが結果だった。


 「しかしほんとに凄かった。あのゴブリンはCランク冒険者の中でも上位の者が相手にするべき相手だったかも知れない」



 ディスターはゴブリンモンクの強さが二次職の中でも飛びぬけているのを感覚的にメレスを除く誰よりも精確に感じ取っていた。それはシギルに感化され目覚めた才能なのだろうか。ディスターの中にも何かが芽生えていた。それは他の女子二人もそうだろう。不明瞭ながらもそれは己の内にしっかりと存在するのが二人にもわかっていたのだ。今まで無かった感覚に皆多少戸惑うが悪いものではないと直感的に理解しているため騒ぐ程のものではなかった。



 「確かにあれは強かったですが、貴方達はあれを倒せるだけの素質をすでに持っていた。それを土壇場でようやく発揮できたのであって、まぐれや奇跡の類ではないのですよ」



 メレスはそういって微笑む。心が解されるような笑顔だった。



 メレスはあくまで実力だと言う。しかもそれはすでに持っていて発揮できていなかったのだと。



 「貴方達はこれからめきめきと強くなっていくでしょうね。もしかしたら最強の証である開闢者の地位にも届くかも知れない」

  


 開闢者。



 人類最高峰の力を武器に、未開拓の地を開拓し人々に繁栄をもたらす人類の導き手。ギルドの最高ランクであるSランクに登りつめた傑物に贈られる栄誉ある称号。その者の名は確実に歴史に名を刻まれるであろう大偉業である。



 現在この国に籍を置くSランク冒険者はわずか四パーティー。何十万人にも及ぶ冒険者の内僅かの四パーティーである。



 ギルドが新しい制度の元、冒険者の生存確率や平均レベルを底上げさせたが、真の強者を生むにはその制度はいささか過保護とも思えた。



 事実ここ十年以上どの国からもSランク冒険者は生まれていない。



 「開闢者」



 四人が憧れ、自分達が冒険を目指すきっかけになった存在。シギル達がまだ幼いころにも最後の開闢者達がこの国で誕生した。街は、国はお祭り騒ぎとなりその開闢者達は盛大に祝福された。そして子供達は強く影響を受け、その世代の子供達は皆冒険者に憧れた。それもありここ近年の若者の冒険者登録は昔に比べ多くなっていた。当然、シギル達も影響を受け、冒険者へとなった口だった。



 四人はメレスの言葉を励ましや、お世辞の類だと思って信じてはいなかった。



 ここ二年で現実を見たからだ。確かに同年代の中ではシギル達のパーティーは頭一つ抜けていた。



 しかしただそれだけだ。上を見ればきりがない。今日のメレスのように力の底がまるで見えないような存在を知ってしまえば、追いつけるなどと夢にも思わないからだ。それほどまでに実力がかけ離れすぎているのだ。まるで空がどれだけ高いのか、その上には何があるのか想像もつかないように、一般的な人間はそれを知らず、見ることすらかなわず朽ちて行く。



 それが当たり前で、ここ最近までの四人の共通的な認識だった。シギルが嘘のように強くなったが、言ってしまえばCランクの魔物に勝っただけである。それより強い存在などいくらでもいる。それを証明するように、覚醒したシギルでも、メレスの底を覗き込む事は出来なかった。



 「貴方達には才能があります。それはたったの二年でDランクにまで駆け上がったことからもわかると思います」

 


 メレスの言う通り何の実践経験もない素人がゼロからスタートしたならばDランクに到達するのに平均で五年はかかる。その倍以上のスピードでシギル達はランクを昇格させてきたのだ。それは天才に相応しかった。



 「しかもそれは君達の才能の一部でしかないんですよ。今回のように君達は大きな危機に対して乗り越えて行くことのできる力を持っています。貴方達は強くなる。断言しますよ」



 メレスは自信を持ってそう告げるとにこりと笑う。



 それを見た四人は今まで以上の自信が漲ってきたように感じた。強者からのその言葉は、先の戦闘で失った自信をいくらか補うくらいにはなった。



 「でも今回は本当にぎりぎりというか、完全に負けてましたね。私が戦闘に加わってなかったのもありますが、別のCランク相当の冒険者が代わりに戦闘に参加していても結果は負け濃厚でしたね」



 メレスが二匹の職持ちのゴブリンを瞬殺し、シギルを後押ししたからよかったものを、それがなかったとしたら恐らく四人と、もし代わりに参加していたCまたは、Dランクの冒険者の命は失われていただろう。



 受付嬢の言った言葉は二次職のゴブリンが平均的な強さだと仮定しての、最低限五人という意味だったのだ。今回のゴブリンモンクは中でも最上位、三次職を目前とした強さだった。これではCランクパーティーの中でもそこそこの強さがなければ厳しい内容だった。それを無理を言ってクエストを受けた。最初にゴブリンモンクをキチンと認識できていれば、逃亡の手段もとれたが油断しきったメンバーは勘違いした挙句逃走の手段も潰してしまった。あまりに粗末な内容だった。



 「しかし今回はあまりに無謀でしたね。これからはギルドの職員の言う事をキチンと聞きましょうね」



 「うっ、悪かった」



 「えぇ、身の程っていうのを実感したわ」



 「ごめんなさい」



 「……次から無茶はしない」



 メレスの言葉が四人には痛かった。受付嬢は自分達を過小評価していると勝手に思い込んでいたがそれは大きな間違いだったようだ。メレスの代わりに誰か実力の近い冒険者を助っ人に呼んで最初から五人で戦ってなおかつ、ゴブリンモンクが平均的な強さだったとして本当にぎりぎりの戦いを強いられる結果だっただろう。受付嬢の言葉はキチンと的を射ていた。



 「わかればいいんです。これからの貴方達期待していますよ」



 そう言ってメレスは二コリと笑った。その笑顔と言葉は心身共に疲労しきった四人には温かく感じられた。特に真横でその笑顔を浴びたシギルは再び顔を真っ赤にする羽目になった。茹でダコのようだった。



 メレスのお説教も終わり四人は森の近くに止めてあった馬車に辿りついた。



 馬車に乗り込んだ五人は帰路に着いた。見張りをデビィが就こうとしたが、シギルの次に前線で疲弊したデビィを気遣ってディスターが代わりに就くことにした。



 「てか、あんた強くなりすぎじゃない?」



 「もう確実にCランクの実力はあると思うよ?」



 デビィとミエルの二人はシギルの進化に少し焦りを感じていた。それは見張りに着いているディスターも同じだった。



 足並みが同じだった仲間が一足飛びで強くなればそう思ってしまうのは仕方のないことだった。しかもさっきのシギルの戦闘は実力の幅の大きなCランクの中でも上位に位置するものだった。それは将来を買われBランクパーティーにスカウトされそうなくらいに。



 「心配しないでもさっきいったように君達もすぐ強くなるよ」



 メレスが言うように三人には言い知れぬ者があの光景を見た後に自身の内側に湧くのを感じ取っている。しかしそれでも心配はすべて払拭されるわけではない。



 「確かにさっきは自分でも驚くほど調子が良かったがまたあんな風に戦える自信はいまは無いぜ?」 



 確かにさっきの戦闘は火事場の底力のようなものだった。



 「ま、そんなすぐ上に通用するもんでもねーよ。だから心配すんなよ。ランクあげる時は当然このパーティー全員でだ」



 シギルは仲間の不安を感じ取ったのか、皆の励みになる言葉を投げかけた。



 その言葉に三人は確かな安心を覚えた。十年以上の付き合いのこの男の性格は三人もよく知っている。この男はそんな安い嘘はつかないと。



 するとシギルがメレスの方に体を向けて胡坐をかいた足に両手を付けて床すれすれまで深く頭を下げた。



 「遅くなっちまったが今回は助けてくれて助かった。あんたがあの時こいつらを助けてくれなかったら俺は…」



 シギルが最悪の結末を想像したのか声がかすれていた。



 「それにあんたがあいつに止めを刺さずに俺に譲ってくれたを感謝する。お陰で恥を払拭することが少しはできた」



 シギルの顔は真剣だった。来る前とは違う男の顔になっていた。それは他のメンバーも同じだった。引きしまった顔をしている。しかしゴブリンモンクはシギルが一人で倒してしまったため三人の顔はどこか晴れないでいた。



 「みんなもすまない。俺一人でこんなまねを。それでも俺はリーダーとしてあんな窮地にまで追いやった責任を取りたかったんだ。すまない」



 「あんたが謝ることないよ。責任はみな平等にあるだろ?」



 デビィがシギルの肩に手置いて頭をあげさせる。

 


 「そうだよ。それにシギルがああやって戦って見せてくれたから私達も自分に自信を持つ事が出来たんだよ?それはメレスさんが強くなれるって言ってくれたからなのもあるけど……シギルが強さを見せてくれたからなのは確かだよ?」



 二人の言葉がシギルの胸に染みた。



 「だが次に同じゴブリンモンクを見つけたら今度は俺がやるからな」



 馬車の先頭で話を聞いていたディスターが強い意志を込めて言った。ディスター達の中ではまだあのゴブリンは恥の印なのだ。次は自分の手でその恥を拭い払いたいとデビィとミエルの二人もシギルに顔を向けて頷いた。



 「わかってるさ。当然だ」



 シギルも仲間に早く追いついてもらいたい。あの戦闘のような同じパフォーマンスを見せるのは今のシギルでは難しいだろう。同じ火事場の馬鹿力が出せるような環境でなければ。しかしそれでも今のシギルの実力は三人よりも確かに上だった。しかしこれから三人も強くなるとシギルは思った。メレスの言葉を借りるまでもなく三人の生まれ変わった顔がそれをシギルに強く訴えてくる。



 このパーティーはもっと強くなる。子供の頃夢にまで見た憧れの存在が遠いものではないと思える程に可能性を感じた。




 「それにしてもあんたはいったい何者なんだ?ヴィーグリーズ大陸から来たって言っていたがあの大陸の人間はみんなあんたのように強いのか?」



 「そうですね。それについて今はお答えできません。もし貴方がたがAランクまで強くなれたら一度ヴィーグリーズまで来てみてください。その時私についてもお教えします。きっと世界の広さを知ることができますよ」



 その言葉に四人はより強くなることを決意する。恩人の秘密。Aランクになってなお広さを知ることになるというその言葉の意味。知りたかった。その両方を。



 強くなろうと思ったのは小さいころに憧れた開闢者達だった。しかしその夢は冒険者として活動し続けて現実を見たことで摩耗してしまっていた。しかし今回のことで、そしてメレスの言葉でまた目指そうと思うようになった。だから虫がいいかもしれないが四人はまた開闢者を目指すことを第一の目標と再び掲げた。



 それとは別にもう一つ目標を立てた。開闢者になる前にひとつ。それはヴィーグリーズに行くことだ。



 ヴィーグリーズに行くには今はほとんど手段がない。いけるのは一部の金持ちと権力者、そして高ランク冒険者のみだ。

 

 ヴィーグリーズに行ってメレスの秘密を知る。そしてヴィーグリーズという世界を知る。そこに何があるのか。広さを知るとはどういった意味なのか。自分達の機転になった人物の故郷に強い関心が湧いた。だから四人はヴィーグリーズに行けるだけの実力を付けることを目先の目標にした。



 この四人が自分の故郷に来る事を想像してメレスは少し楽しみになった。


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