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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第二話 賢者司る灰色の街
7/41

[02-2]

 そしてシナツは、暗闇に差し込む光に目を細めた。

 持ち上げた両腕には電子ロック式の手枷が()められている。

 移送車、後部コンテナの扉が開かれた外で、二人の少女がこちらを覗き込んでいる。


「シナツさん、到着しましたよ」


 穏やかな声で話しかけてきたのは、サイドテールの少女、ルシエノ・アルファだ。

 その隣に立っているのは、長髪のディゼ・エンジである。

 セフィロト機関特務課という組織のことは聞いたが、その任務は幅広いようだ。自分の担当まで押しつけられてしまったらしい。


 生物隔離施設で警備兵の制服を借りたシナツは、檻に入れられた猛獣のごとく気だるげに移送車を降りた。

 身が竦むほど晴れ渡った青空が、血のような赤色に変化している。施設襲撃から数時間、これが日没の夕焼けかと胸を竦ませる。

 頭上を仰ぐシナツにディゼが声をかける。


「ついてきて」


 彼女が促すのは、都市の中心に(そび)え立つ巨大な塔の入口だった。

 シナツの視線を察し、ルシエノが親しげに語る。生気を失ったシナツを気遣ってのことだろう。


「このセントラル・タワーは、漂着した戦艦を移築した物です。セフィロト機関の紋章にある(やじり)の部分は、漂着船を象徴しているんですって。戦争の過ちを忘れないように――という意味が込められているとか」


 シナツの感覚では、ザトウ号の破滅から一日も経っていない。ネガティブな単語を拾い上げて、表情を険しくしてしまう。


 眠っている間に大気圏外戦争が終結し、大量に出た残骸が地球を破壊し尽くした。そのせいで人口は激減し、文明レベルは後退してしまった。

 知ったことではない。

 カザネたちが死に、九一○号は亜空間に呑まれたきり、自分だけが生きて地上に降り立った。それが全てだ。


 シナツは肩を落とすルシエノに気づかない。

 先で待っていたディゼが「ほら」と急かした。


「ダアトが待ってるわ」

「……誰だ、それは」

「この都市、エデナスを管理する十賢者ね」


 共に歩きながらも、怪訝そうな顔を向ける。

 彼女は『分かっているとも』と言わんばかりに大きく頷いた。


「ぴんと来ないのはあたしも同じよ。人里離れた山奥に隠れ潜む老人――なんてイメージだけど」

「イメージ? 会ったことがないのか」

「賢者の素性は誰も知らないわ」

「よく、そんなやつの管理を受け入れられるな」


 率直な不信感に、彼女は肩を竦めてみせた。同意はするが思うところもある、という態度らしい。


「整えられたシステムを維持してるだけよ。彼らの存在を意識している市民なんてほんの一握り。別に、思想やら何やら、統制されているわけでもないし、ね」


 ロビーへ入ると、その場に居合わせた職員たちに好奇の視線を向けられる。

 手枷を嵌めているせいだ。

 煩わしさを感じたシナツは彼らを無視しようとした。ところが、エレベータ・ホールですれ違った者には、思わず身構えて後ずさってしまうのである。


「おや、七班の諸君」


 気さくに話しかけてきたのは、オフィススーツ姿のトカゲだった。

 頭に被り物をしているのではない。挨拶で上げた手は人間と同じ五本指だが、褐色の皮膚は見紛うことなく確かに鱗である。

 いうなれば、トカゲの鱗を移植された人間だ。

 彼は「うん?」とシナツをまじまじと観察した。


「重要参考人か何かかい? 観測所がやらかした漂着物を担当してるって聞いたけど」

「ま、そんなとこね」

「あまり深くは尋ねないでおくよ。お疲れさん」


 はっはっは、と大口を開けて――舌は人間に近かった――トカゲは立ち去る。

 ディゼが待機していた籠に乗り込もうとして、ようやく唖然とトカゲ男を見送るシナツに気づいた。


「どうかした?」

「どうかしたって……あのトカゲ男は何者だ。人間なのか?」


 その呻き声を聞いたルシエノが、ぎょっと跳ねた。


「し、シナツさん!」


 彼女は大慌てでシナツの正面に回り、籠の中へと押し込もうとする。

 しかしながら、彼女の細腕では青年を動かせない。ともかく、自分が何かまずいことを言ったのだろう、と理解したシナツは振り返りがちに従った。


「もうっ、なんてことを! 今のは差別的発言ですよ!?」

「……差別的?」

「彼はどこからどう見ても人じゃないですか!」


 エレベータのドアがゆっくりと閉まり、かすかな振動の後に動き出す。

 三人だけの密室となったところで、シナツの知る限り普遍的な――肌の色、民族などは横に置き――人間であるディゼは口を開いた。


「あなたの時代には、サウリアンはいなかったのかしら」

「サウリアン? 初耳だな」

「さっきの『トカゲ男』のことよ」


 同僚の怒りが向けられそうになって、ディゼはやんわりと手を持ち上げた。

 壁に背を預け、説明を続ける。


「大災厄からしばらく経って、新たな特性を獲得した人たちが現れたの。身体的特徴だけじゃないわ。私の発火能力だってそう。大気中に洩れたナノマシンの影響で、遺伝子が変化してるって話だけど――」


 ナノマシンという単語に、シナツは反応を示した。

 散布された微細機械を直接吸い込んだとは限らない。生物濃縮によって変異が進んだとも考えられる。


「エデナスに集まった色んな人は、学術的に分類されるようになったの。薬の副作用の出方とか、共通点があるかもしれないじゃない?」


 遺伝子変異の影響はまだ詳しく分かっていないようだ。

 特異能力(シンギュラリティ)と呼ばれる力についても、『利用できるものはなんでも利用しろ』の精神から適材適所に使われているのだろう。


「あいつが人間なのは分かった。俺が悪かった」


 シナツは二人の少女に向かって両手を持ち上げ、謝意を示した。


「元の――身体的特徴に変異が出ていない人間はどう分類されているんだ?」

「あたしはオリジニアンね。原種って意味よ。それでも、さっき言った通り、ナノマシンの影響はかなり受けてると思うわ」


 へえ、とシナツはもう一人の少女に視線を移す。

 ルシエノは自分の長く尖った耳を控え目に撫でた。


「私はフェアリアンです。妖精みたいに美人なので、そう名づけられたんです」

「なるほど」

「――なんて、本当は……あれ」


 彼女はしばしばと目を瞬かせる。

 そして、シナツが冗談を大真面目に受け取ったことの意味を理解し、見る見る顔を上気させるのだった。


「も、もう、シナツさんったら!」

「また何か、怒らせるようなことを言ったか?」

「違いますよう!」


 ルシエノは頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。

 少女の機微を、シナツが理解できるはずもない。頭の上にクエスチョンマークをいくつも浮かべていると、軽快なベル音が鳴った。

 エレベータが最上階に到着したのだ。


 外縁通路の片側は一面ガラス張りとなっていた。

 籠から降りたシナツは、息を呑んで地上を見下ろした。

 夜の藍色へと移り変わろうとしている空の下に広がっているのは、星々のような光が瞬く灰色の街だ。

 高層ビル群、繁華街、住宅街と区分けされた、ザトウ号の何隻、いや、何十隻分はあろうかという大都市が足元に存在しているのである。

 光の数よりも遥かに多い命に溢れた世界が、シナツには眩く見えた。

 無性に息苦しさを覚え、ガラスの傍から離れる。


「こっちよ」


 じっと待っていたディゼが、囁くように名を呼んだ。

 ああ、と返事をしたつもりなのに、声が出ていない。

 シナツはかぶりを振って、呼吸を落ち着かせた。


 案内されたのは、通路を半周してようやく見えてきた部屋だった。

 ちょうど、エレベータ・シャフトと背中合わせの空間である。


 扉の前には奇妙な格好をした人間が立っていた。

 体をすっぽりと隠す白いローブに、深く被ったフード。顔には樹と十球体の紋章が描かれた仮面を着けている。

 白ずくめの背はルシエノと同じくらいで、こちらを見上げる形で出迎えた。


「シナツ。会えて、嬉しい」


 鈴が鳴るような声から判断するに、若い女だ。

 顔から人となりを想像できず、シナツは彼女との間合いを測りかねた。歓迎されても、曖昧に頷くことしかできない。


 一方、ディゼとルシエノは額に指を揃えた手を当て、彼女に挨拶した。

 特務課式の敬礼はシナツにとっても馴染みのある形式だ。


「あたしたちはここで待機します」

「ディゼ・エンジ、ルシエノ・アルファに感謝を」


 彼女は末端構成員の名前を記憶していたらしい。

 これにはディゼも僅かに驚いたようで、眉が上がった。


「こ、光栄です」

「さあ、入って。ケテルがあなたとの対話を望んでる」


 ゆったりとした動きで扉を押し開けた彼女は、自分よりも先にシナツを招いた。

 広い室内の中心には、大きな円卓と宇宙船の物に似た十席のシートが置かれている。

 しかし、見たところ、シナツを待っていたのは一人だけのようだ。

 一番奥の席に座る、やはり白ずくめの大柄な人間である。


「来訪者よ、よくぞこの星に辿り着いた」


 空気を震わせる、低い男の声だ。

 第一声から感じられる威厳に、初めて相対するシナツでも気を引き締められる。

 しかしながら、必要以上に委縮するほど権威というものに(さと)くはない。


「来たくて来たわけじゃない。……あんたが、賢者だな」

「然り。(われ)はダアトが一人、ケテルだ。(なんじ)を出迎えたのはマルクトである」


 背後の女がローブの裾を軽く摘み上げ、頭を揺らした。

 微笑んだのだろうか。


「……二人だけか?」

此度(こたび)は我が汝と相見えたいと場を設けたのみ。だが、他の者も我らの会話は聞いておろう」


 だったら姿を見せればいいだろう、とシナツは苦々しく思う。もっとも、この白ずくめだ。隠れていようがなかろうが、どちらでも同じか。

 欝々と溜息をついて、賢者へと向き直る。


「訊きたいことがある。亜空間から脱出できたのはなぜだ?」

「不明。推測に過ぎぬが、綻びが生じたのであろう」


 船の超長距離航行には、亜空間トンネルが利用されていた。

 遠く離れた距離の入口と出口を設定し、通常空間とは異なる次元を通過することで時間と燃料を節約するのである。

 しかし、亜空間の内部ではトンネル間の距離を測定できない。人間や船の記録装置が三次元の物体であり、上位の次元を認識することはできないためだ。

 では、出口を設定せずに飛び込んだ場合はどうなるか。

 船はひたすら亜空間の水面下で息を止め続けることとなる。しかも、時間の流れが存在しない次元だ。潜航時の状態で、氷漬けにされるようなものだった。


 にもかかわらず、シナツは再び通常空間へと浮上した。

 氷結した湖面にヒビが入るように、だ。


「亜空間の洞穴(ほらあな)が永遠に閉ざされているという観測はなされていない。しかし、長い年月を経て、這い出る者が現れたとするなら――」


 シナツは首を(かし)げて、続きを引き継いだ。


「運が()ければ通常空間に浮上できる、という事例を作ってしまったわけだ」


 ケテルは、シナツの言を疑う素振りがない。亜空間を利用した一方通行の時間旅行といえば、もう少し驚きそうなものなのに。

 シナツは手枷を円卓に乗せた。


「次の質問。大気圏外戦争はどっちが勝ったんだ?」

「勝者なき戦いだったと記録されている」


 円卓の中心から光が洩れたかと思うと、ホログラム・スクリーンが宙に投影された。

 映し出されたのは荒れ果てた自然、都市、そして漂着物だった。


「国は滅び、大気圏外へ離脱する術を失った人類は安住の地を求めて流離(さすら)った。だが、この星のいずこに楽園があろうか。いや、あるはずもない。我らが頭上には漂流物の存在があるのだからな」


 ケテルは円卓に乗せた拳を強く握り締めた。

 白手袋の軋む音が室内に響く。


「ダアトは我が身を守るための知識を蓄えるべきだと考え、セフィロト機関、そして新都市エデナスを興したのだ」

「エデナス――エデンの楽園か。物語として聞いたことはある。ここは宗教国家なのか?」

「……ふ」


 溜息とも笑みともつかない吐息だった。


「象徴以上の意味はない。しかし、市民には我らを神の御使いと思い違いをしている者もいる」

「あんたたちに思い上がりがないと、言い切れるのか?」

「他の者に代わり、我、ケテルが誓おう」


 ケテルは目前のシナツに対し躊躇いなく即答した。


「生命樹が枯れぬように見守るのが我らの役目。過ぎたる力は不要だ」

「どうだか。システム維持のためならなんだってやる、という意味だろ?」


 賢者は沈黙を選択する。否定ではない。人類の脅威となりえる、と判断されれば、シナツをも殺そうとするだろう。

 そのとき、自分はどう行動すべきなのか。

 自分をここまで案内した特務課の少女たちとも、交戦することになるかもしれない。

 ふう、とシナツは長く息を吐き出して、顔を挙げた。


「こちらの質問は終わりだ」

「よかろう。我から汝に問う」


 ケテルは円卓に肘を突き、両手を顔の前で組んだ。


「汝はフォービドゥンと酷似しているな」

「同じナノマシン体だな。交戦して分かった。あいつらも漂着物から現れたのか?」

「あるいは、研究所から脱走した可能性も考えられる。正式名称は知らぬ。我々はあやつらの細胞をルキフェル因子と呼んでおる」

「……禁断の果実フォービドゥン・フルーツをそそのかした堕天使、だったな」


 おかしさに口を歪める。

 物語になぞらえるなら、ナノマシン群の化け物は楽園から追放された者だ。にもかかわらず、楽園に住む市民は化け物の襲撃に晒されている。


「この有様をザトウ号の科学者が見たら、どう思っただろうな」


 シナツは自分の足を見つめ、肩を細かく震わせた。

 自分がなぜ笑っているのかも分からず、荒んだ声色で呟く。


「ナノマシン研究が作り出したのは、死にかけの星じゃないか!」


 円卓に両手を叩きつけて叫ぶシナツの激情に、背後のマルクトが肩を跳ね上げた。

 ケテルは「むう」と低く唸り、淡々と説き伏せる。


「負の面ばかりではない。現に、ナノマシン研究は我ら人類に新たな力を授けた。価値と向き合わずして、人類の再興もありえぬ」

「そうは考えられない。こんな力があっても、誰一人救えなかった」


 仮面の奥から深い吐息が洩れた。

 失望というよりは、嘆きの色が強かった。


「望みを絶つには早いのはないか、シナツよ」

「……なんのことだ」

「汝は共に脱出した少女を探しておると聞いたが――考えぬのか? 汝に続き、少女がこの星を訪れる可能性を」


 シナツの目に光が戻った。

 たとえ奇跡的確率でも、二度目が起きないとは限らない。

 過度の期待は抱くな、だって?

 拳を強く握り締める。

 無理な話だった。

 その反応を確かめて、ケテルはなおも続けた。


「フォービドゥンが生物隔離施設を襲撃したのは、汝との接触を図ってのことだ。少女の同様の危険にさらされるだろう。セフィロト機関なら、少女の漂着をいち早く察知できようぞ」

「……回りくどいな。何が言いたい」


 シナツは獣のような唸り声を喉から絞り出した。

 ふっ、と笑いの吐息が仮面から洩れる。


「汝には機関に加わり、人類の再興に貢献してもらいたいと提案しておるのだ」


 ケテルはもっともらしい口実で、シナツを都市に縛りつけようとする。

 狡猾な男だ。九一○号の名を出し、機関の保持する技術を提供すれば、シナツ――強力なナノマシン体を手元に置けると心得ているのである。

 シナツは拳を握り締め、全身から怒りを滲ませた。

 神経パルスが昂ぶり、肌に光の紋様が浮かび上がる。


「何が人類の再興だ。俺があんたらの言うことを聞かなかったら……九一○号は助けないと、そういうことか? 人類の中に九一○号は含まれないのか?」


 シナツの中で、目の前の男を『敵』と認めかけている。かろうじて残された理性で変異を抑え込んでいた。カザネたちを殺した変異体のようにはならないという矜持だけが、ケテルの命を奪わない理由だった。


「あいつは俺と違って人間だ! オリジニアンだのなんだのと……宇宙人は歓迎していないってわけか、ええ!?」


 ついに堪えられなくなったシナツは円卓を叩き、大股に部屋を飛び出す。

 後には二人の賢者が残された。


   ○


 マルクトは茫然と立ち尽くし、彼が立ち去った扉をいつまでも見つめている。

 その背中に、ケテルは穏やかな声で話しかけるのだった。


「すまぬな、マルクト。だが、これでよかったのか?」

「……彼に多くの選択肢を与えるには、時期尚早。これでいいと思う」

「見せかけの光は、あまり褒められた手段ではない」

「本当にね、お父様」


 振り返ったマルクトは小首を傾げる。

 悲しげに微笑んだ、のだ。

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