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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第十話 そして、行く先へと向かう者たち

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[10-1]

 ディゼ、ルシエノの二人は車から降りて、ほぼ同時に溜息をついた。

 地下トンネルはまだ鎮火が済んでいない。

 その場に残されているのは二人が乗ってきた物と同型の車と、機械の残骸、スプリンクラーの水に押し流されたナノマシンの塵だ。

 フォービドゥンの気配がなければ、シナツとマルクトの姿も見当たらない。


「どうなってるの……」


 ディゼは額に手を当て、掠れ声で呻く。

 シナツもナノマシン体だ。塵の中に彼が混ざっていないとは限らない。

 いや、もしかしたらマルクトと共に逃げ回っているのかもしれない。最悪の可能性を思い描いてから、希望的観測で動悸を抑える。


「遅かったか」


 後部座席から降りた第三の人物が、転がっている仮面を拾い上げた。

 ずたぼろとなった白装束を纏う大男、ケテルだ。


「素性を知られたな。フォービドゥンにさらわれたのであろう」

「……分からないわね。人間はあいつらにとって苗床よ。どうしてマルクトは生かされてると思うの?」


 エデナスを管理する〈ダアト〉にも物怖じしない語調に、ケテルは気分を害した様子もなく、即座に答える。


「マルクトは、極めて希少な特異能力の持ち主だ」

「だったら、フォービドゥンにしちゃえばいいじゃない」

「未だかつて、特異能力を有したフォービドゥンは確認されていない」


 ケテルは袖の中にマルクトの仮面を忍ばせた。


「我ら〈ダアト〉は、ルキフェル因子は特異能力をもたらす細胞をも書き換えてしまうゆえと推測している」

「まずは一安心」


 ディゼはにこりともせず、むしろ疑惑の目を賢者に向けた。


「で、マルクトはどんな力を持ってるの?」

「汝らが知る必要はない」


 む、と眉をひそめたディゼが車のボンネットを平手で強く打つ。

 管理者を前に、ただでさえ緊張しているルシエノはびくりと肩を震わせ、視線を往復させながら見守るのだった。


「こっちは、仲間が一人、行方不明になってるのよ!? あなたたちの勝手な都合でシナツ一人を護衛に回して、このザマ! なのに『知る必要はない』ですって!?」


 一息に言い切った彼女は、肩を上下させるほど呼吸を乱し、真っ直ぐにケテルを睨みつける。

 ルシエノもおずおずと手を挙げて主張するのだった。


「街中のカメラの記録を使って、マルクト様の行方を追っています。作戦を立てる際、イレギュラーが発生しないとも限りませんし、マルクト様にもご協力願うかもしれません。……ケテル様、お願いします」


 ケテルは両手を腰の後ろで組んで、少女たちの視線を横顔で受ける。

 沈思の時間は数秒。

 セラミックの仮面が鈍く震えた。


「我らがマルクトを保護したときのことだ。周囲のオンラインにある電子機器全ての制御があの者に奪われた」

「ハッキング系の特異能力ですか?」


 ルシエノの質問に、ケテルはゆっくりと首を横に振った。


「機械とのテレパシーとでもたとえようか。ありとあらゆる機器を直感的に操れるらしい」


 大人しく耳を傾けていたディゼがぽつりと呟く。


「一人でエデナスを麻痺させることもできるわね。逆にフォービドゥンが通信を使っていたなら、人類の切り札になっていたかも」

「だが、あやつはそのとき、まだ四、五歳の幼子だった。善悪の判断すらままならぬ者に人類の未来を背負わせられようか。〈ダアト〉は協議の末、あやつを社会から隠匿すると決めた」


 ディゼはボンネットの上に座り、「ふ……うん」と考え込む素振りを見せた。

 マルクトの姿は、シナツを連れていったときに見ただけだ。物静かな佇まいは記憶に残っている身長はサバテと同じくらいだ。

 ルシエノなら平均身長や声紋から年齢を割り出せるかもしれない。

 そう考えたディゼは、しかし、同僚に尋ねるまでもなくケテルに確かめるのだった。


「十五歳で賢者の一員だなんて、大した子ね」

「……ほう?」

「逆から考えていきましょ。フォービドゥンはセントラル・タワーにいる最重要人物、つまりケテル。あなたを襲撃した。警備を分散させるために、民間施設を襲ってる。その前は、ベンティスが殺されたわ。何か情報を持ってたみたい」


 そこで彼女は突然、表情を強張らせているルシエノに『どうぞ』と手を差し伸べた。

 相方は自分よりもずっと先に全てを結びつけているに違いないと、暗い表情から察していたのだ。

 ルシエノは躊躇いがちに切り出した。


「ケテル様が狙われた理由は、ベンティスさんのお知り合いだから。それに、フォービドゥンの知りたい情報をお持ちになられている。……ですよね?」

「で、あろうな」


 ケテルはもはや隠匿を諦めたようだ。

 自分たちの命を受けて働く、特務課の優秀さを再認識しているところだろう。


「ベンティスさんが過去に関わった任務、全て・・調べました。非常に整理された報告書が残されています」

「早く退職させるには惜しい男だった」

「でも、十年前の漂着物――シナツさんが乗ってきた物と同型のポッドに関してだけ、不明瞭な報告で済まされていました。特に欠落していた情報は『ポッドの中』です」


 ルシエノは声を潜めて続けた。


「ちなみに、シナツさんに関する私たちの報告書も〈ダアト〉によって改竄されていました。よく似た事例ですよね。これは偶然ですか?」


 ケテルは肩を大きく竦めた。


「白状するとしよう。シナツ・ミカナギよりも先に、我らは漂着者なる存在を認めている」

「私たちもシナツさんからお話を聞いています。マルクト様は――」


 と、ルシエノは言葉を切って、大男の反応を確かめた。

 ケテルは笑うでもなく、焦るでもない。天井を仰いで言う。


「ここには『目』も『耳』もない。言いたまえ、ルシエノ・アルファ」

「では、失礼して」


 ルシエノはごくりと喉を鳴らし、上擦り声で指摘した。


「マルクト様は、九一○号さんですね?」

「然り」

「それに、ケテル様。九一○号さんを『保護した』という仰り様から察するに、あなたは現場に居合わせた人間です。しかも、議会室を襲撃したフォービドゥンを、たった一人で撃退してみせた」


 先刻、ディゼが議会室に駆けつけてみれば、塵の塊を前に悠然と立つケテルの姿があった。聞けば、彼の両腕は義手だという。

 対フォービドゥン用の格闘武器を仕込んでいるということは、〈ダアト〉に任命される以前は元特務課の職員だったのだろう。


「ところで、ベンティスさんの同僚、ジヴァジーンさんがMIAになっているのをご存知ですか?」

「当然だ」


 ケテルは重々しく溜息をついて、繰り返した。


「当然だとも」


 ベンティスとマルクトの関係について推測できたディゼも、ルシエノが目の前の大男の正体にまで言及するとは思ってもいなかった。


「ケテル、あなたは――」


 いや、みなまで言うまい、と彼女は口を噤んだ。

 ケテルは最も安全な場所に九一○号を置き、しかも自分の目で彼女を護衛し続けてきたのである。


「我が役目はシナツ・ミカナギのものとなった」


 ケテルは後部座席に戻って、腰を落ち着かせた。


「否。あの者に返上した」


 ディゼとルシエノは視線を交わした。その響きが、何やら寂しげだったように思えたからだ。

 しばし沈黙が流れた後で、ルシエノは後部座席を恭しく覗き込んだ。


「ケテル様。どこかにアクセスポイントはありませんか?」

「外に出ねばなるまい。最寄りの出口は――先にあろう」

「ありがとうございます!」


 体を引いたルシエノが後部座席のドアを閉める。

 もう一つ、ばたんという音に顔を上げると、ディゼがもう助手席に体を滑り込ませているではないか。


 ルシエノは急いで運転席にちょこんと座り、リストデバイスから伸ばしたケーブルをパネルに挿入した。

 彼女本人は免許を持っていないが、補助AIのバスケトには操縦プログラムをインストールしている。運転は任せられる。

 ただし、トンネルは地図に存在しないため、目視で指示を出す必要があった。


 フォービドゥンの塵を踏み荒らして前進した車は、やがて見えてきた脇道を曲がる。その先は例の隠し扉だ。


「しばし待て」


 車から降りたケテルが操作パネルを叩くと、地鳴りのような重々しい音を立てて、壁がせり上がる。

 彼はその場で手を回した。車両誘導に使われる『来い』の合図である。

 白装束の大男が実演するにはいささかミスマッチで、ディゼはぽつりと呟いた。


「〈ダアト〉も人間なのね」


 ルシエノは特に答えず、ただ微笑を返す。

 車が地下駐車場に出てすぐ、リストデバイスの電波受信が正常に戻った。

 ホログラム・ディスプレイを立ち上げ、機関のコンピュータとの連携を図る。


「……あ、これって」


 その後ろで、ケテルがのっそりと車内に戻った。


「して、ルシエノ・アルファよ。二人の行方は如何に」

「は、はい!」


 いつもの命令伝達方式ではない。

 威厳ある声に直接名を呼ばれ、ルシエノは背筋をぴんと伸ばした。


「マルクト様が第七班にアクセスしていました。一秒間に何度もインとアウトを繰り返しています。旧時代の信号……ですね、これ」


 ルシエノはこほんと咳払いを一つ。


「『シナツの消耗が激しい。私は無事。フォービドゥンに拉致』とありました。地下道から南西の方角、エデナスの外に向かう不審車両も確認されています」


 使命感で表情を引き締めたディゼが拳を唇につけた。


「そっちの方向にある大型漂着物の位置を確認して。それが〈ザトウ号〉なら、まだ調査班も立ち入っていないはずよ」

「山岳地帯に、一隻。派遣した調査班の消息不明が続いて、放置されています」


 ルシエノはふと思い出して、ディゼに振り向いた。


「確か、クフィルさんの班が近い場所で調査活動をしているはずです」

「じゃあ、協力要請を出しましょ」


 そう言ってから、ディゼは背後の大男を振り返った。


「〈ダアト〉殿?」

「よかろう」


 即断即決。ケテルが間髪置かずにしかと頷いた。


「特務課第七班、及び警備課の派遣を許可する」

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